第二十六話 エセル正統教会の教え
ジュナイブは山ゴブリンの危険度が高まっているため定期便を一商隊減らし、傭兵を一部隊運用することにした。
二月ほど収入は減るが、その分アルゴ砦との交易を増やす形で宿、穀物庫、そして教会の建築に着工した。
「わぁ……とうとう教会ができるんですね……」
「やりましたね! ライラ様」
ヤクール族は手早くクルを届けてくれたため、ベイリーに三軒のクルが建った。
一番隊と二番隊が一軒ずつ使い、一軒は建築作業員の寝泊まりする場となっている。
石材があるのなら建築は比較的安くできるとの事なので、他のゴブリン総出で石を運んでいる。
北の城壁はゴブリンのディガーが穴を掘って、土嚢を埋めてお掘りみたいにしている。塹壕と言うらしい。
そして砦の建設が進む中、赴任予定の導師の方も、視察にやって来た。
――
「今度こちらに赴任となる、導師グノシスと申します」
ダンディな髭の導師。ほんの僅かな所作からも古式派らしい厳格な姿勢が見える。
「はじめまして、グノシス神父。ライラ・メディスンと申します」
恭しく礼を交わし、二人は教会予定地へと歩き出した。
「よろしくお願いします。シスター・ライラ、噂には聞いていましたが……本当にゴブリンが住んでいるのですね」
神父の視線の先、石材を運ぶゴブリン達が列をなしている。
「はい、彼らは当主のヴィクトル・アムズフェルトの導きにより、正しき道を進んでおります」
「……私は、開拓地への赴任は何度か経験があります。その多くは異民族、異教徒への導きが必要でした」
「ええ、この地でもヤクール族の皆さんは我々をエセルの民と呼び、互いに尊重し友好にお付き合いいただいています」
「……それはいいのですが……ゴブリンへの教導は些か問題があるとは思いませんか?」
片目を瞑り、慎重に問いかけるグノシス神父。
「私は、無いと思います」
ライラは立ち止まり、真っ直ぐに言い切った。
「魔物は悪しき者。私の目に彼らが映ることは無いでしょう」
「魔物を悪しき者と定めているのは新約聖典です。原典にその記載はありません」
神父の眉がわずかに動いた。
「……不浄なる者、汝触れるなかれ。原典にもある言葉です。不浄とは即ち、毒を持つ獣、虫、そして魔物です」
「ここのゴブリンは温泉で体を清めています。爪も、牙も穢れてはおりません」
「シスター・ライラ、ここで言う不浄とはそういう意味では……例えばスライムや狂犬が身を清めたとて、清浄にはなりません」
「スライムは考え、学ぶ知恵を持たない生物。狂犬はミアズマに侵された犬です。健康なゴブリンは知恵を持ち、家族の死に涙します」
「む……しかし……」
神父が言葉に詰まる。ライラは穏やかに、しかし一歩も引かずに続けた。
「彼らは学び、泣くのです。グノシス神父。正しき手による導きがあれば、正しき道を歩けると私は信じています」
長い沈黙の後、グノシス神父は静かに口を開いた。
「……彼らは言葉を解するのですか?」
「簡単な言葉なら……ただ発声はできませんし、文字も形しか覚えられません」
「それでは……絵で伝わるよう、紙芝居を用意しておきましょう」
「あ、ありがとうございます! グノシス神父!」
思わぬ言葉にライラの顔がほころんだ。
「とは言え……何から導けばよいのやら……」
途方に暮れるように髭を撫でる神父に、ライラは迷わず答えた。
「そうですね……まずは家族の庇護から、教えるべきかと」
――
「教会の神父とはうまくやれそうか?」
その夜、ヴィクトルが静かに尋ねた。
「はい。まだゴブリンを魔物と捉えていらっしゃいますが、いずれご理解いただけると思います」
「別に無理に教導しなくても大丈夫だが……」
「でも、このままだと増えすぎますよ?」
「む……」
ヴィクトルが言葉に詰まる。
「オス・メスで際限なく増えるより、家族を形成したほうがいいと思います……」
「まぁな……しかし、彼らには彼らの社会がある」
「ヴィクトル様は彼らを人の社会に組み込みました。責任はとるべきかと」
「むむ……ライラも言うようになったな」
苦笑するヴィクトルに、ライラは少し照れながら答えた。
「はい、ヴィクトル様の導きのおかげです」
――
翌朝、ブランドルを交えた場でヴィクトルが口を開いた。
「爺、山ゴブリンだが、予想通りゴブリンロードが統率する集団だった」
「……ライダーを従える上位種ですから、キングかロードしかおりませんな。しかし、なぜロードと?」
「通常のゴブリンは50を最大値とする分散型集落。キングはその値を超えるが、ロードは複数の集落を維持したまま統率する」
トントンと机を叩き、ヴィクトルが続ける。
「今回の戦、奴は一集落を捨て駒に使った。キングならありえん」
ブランドルは腕を組み、静かに呟いた。
「……ゴブリンを従える領主同士の対決と言うことですな」
「どちらかと言えば、オレはキングだ。ゴブリン全てを統率してるからな」
「ふむ……」
暖炉の火が揺れた。
「かつて領主の立場で敗北したアムズフェルトが、王の立場で領主と戦うことになるとはな」
ヴィクトルの声に、自嘲とも覚悟ともとれる響きがあった。
「本格的な戦になりそうですな」
――ライラの帳簿
収入
商隊
五台5ダリヴル
傭兵26人×2銀×3日=156銀
約15ダリヴル……食費が5ダリヴル赤字
出費
赤字5ダリヴル
宿60ダリヴル
穀物庫30ダリヴル
256-90=161ダリヴル
だいぶ減っちゃたなぁ




