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「まぁ、もう過ぎたことだ。今はお主の力に……」
「好きだったのね、リック王のこと」
私の言葉にジュジュは口を閉ざす。
今でもなお、彼のことを想っているのだろう。私は彼女の想いに胸が痛くなった。
彼女はほとんど永遠の命を持っていると言ってもいい。ただ、私たち人間には寿命がある。
それも、ザイジュたちにとってはとても短い寿命だ。
どれだけ人間が長生きしたとしても、生涯を添い遂げることなど不可能だ。
「………多くの人間を見てきたが、あの男は私が出会った中で一番良い男だった。憧れに近かったのかもしれない。私は奴のような生き方などできないから」
私は何も言えなかった。……いや、何も言わなかった。
ジュジュの切なそうな表情に私はただ黙っていた。
世界とともに生きてきたザイジュの長がこんな表情をするのかと思うと、リック王は本当に偉大な王だったのだろう。
…………私は、きっと、彼のようにはなれない。
「ミジュ、お主は奴を超えるために、この力を授かったのだ」
私の心を読んでいたのだろう。
ジュジュは私を射貫くように見つめた。その視線にドキッとしてしまう。
リック王を超える……?
ジュジュの言ったことを脳内でもう一度再生したが、やはり理解出来なかった。私に初代国王を超える器量など……。
「何を弱気になっておる。これだとリックが泣くぞ」
ジュジュの強い口調に私はハッとする。
「なんのためにここまで泳いできたのだ。この深海の噂は妾も知っておる。それを知って、お主はあの男を助けるために飛び込んだのだろう? ……なら、迷いなどないではないか。他人のために命を投げ出せる人間は多くない。お主が『守りたい』と思っているものを全力で守れるようになれ。その為に、強くあれ」
今、私はヴェルを守れるような力などない。……だからこそ、もっと力をつけなければならない。
初代国王に敵わない、と嘆いている暇などない。
「月光がお主の力の源だ。あの男を……、ヴェルを救ってやれ」
彼女は優しく私にそう言った。
私はジュジュに向かって頷き、その場を後にした。
駆け足でヴェルの元へと行く。裸足でこんな風に駆けたことなど今までなかった。どこか新鮮で楽しい。
私はこれからどんどん新しいことを経験していくのだろう。
世界の当たり前を知らなくて、恥をかくかもしれない。でも、それでいい。
無知なのは悪いことではない。無知を無知で終わらせておく方がよっぽど悪だ。
ヴェル、貴方が私を世界に連れてってくれるんでしょ?
こんなところで絶対に死なせない。




