【第一幕】皇国潜入編 第四・五節
【勇者アイリス】
日もすっかり地平線に沈んだ頃、リリスちゃんと夕食を取りながら色々な話をしていた。
彼女との会話を通じて自分が今までいかにこの世界に対して無知だったかを思い知った。
リリスちゃんの口から語られる亜人の世界は不思議と輝いていた。
特に驚いたのが亜人には神様が一人ではなくて一杯いるということだ。
今までは神様とか運命とかを恨んで生きてきたのだが、そんないっぱいいたら誰を恨んだらいいのか分からなくっちゃいそうだと思った。私が亜人に生まれていたらこのくすぶる恨みも神様ごとに分散されて最後には消えて無くなっちゃうかも、なんて馬鹿らしいことを考えてしまう。
夕食は食料備蓄庫に残っていた干し肉を分けてもらった。
リリスちゃんは簡素な食事で申し訳なさそうにしていたが、私はリリスちゃんと一緒に食事が出来るならなんでも楽しかったので全然気にならなかった。
そもそも私は食に対してこだわったことも一度もないし、好き嫌いもちょっと思いつかない。
彼女と出会う前は空腹が煩わしいから食事を摂っていただけなのだ。
そんな私だけどリリスちゃんが出してくれた食事はどれも美味しく感じられたのが新鮮だった。
それだけで世界が優しく色づいたような気がして不思議だった。
干し肉を噛みながらはリリスちゃんの質問攻めを受けていた。
彼女はどうやら理論的な魔術研究に熱心らしく、その知識は私の理解の及ぶところにはなかった。
そもそも話し下手な私には自身でも理解できているか分からない小難しい魔法についての説明などできる気がしなかったが、リリスちゃんが熱心に聞いてくれるものだから柄にもなく張り切って説明しようと頑張ってみる。
「じゃあ遠隔監視魔法は対象の血を触媒にして対象を追跡するのね?」
「そう。血をとってオーブでズビューンってしたらどこにいるかわかる」
「ず、ズビューン?」
「うん。ズビューン」
そんな説明をするとリリスちゃんは決まって笑ってくれた。
私は真剣に説明をしているというのに巫山戯るなんて…まぁ可愛いから良いか。
きっと私の説明が高度すぎてリリスちゃんには少し難しかったのだろう。
正直私もよくわかっていないのだが。
そう私が一人納得している裏でリリスちゃんが何やら「個人の情報を……誤認…せぐ」「そもそ……は触媒として優…」などと独り言だらけですっかり自分の世界にいってしまった。
だけど何かに夢中になっている彼女を見るのも幸せだと思った。
その後もずぅーーーーーーーーーーーーーーーっと、私が音をあげるまで延々と魔法の話をさせられた。
正直戦闘をしている方が私にとっては遥かに楽だと思った。
好きなことを妥協しないリリスちゃんも素敵だが、今日はもう勘弁してほしい。いや本当に。
また今度話をしようと約束したが、その時の目が本気すぎて少しだけ彼女のことが怖くなったのはここだけの話だ。
私は鎧も服も脱ぎ捨てて、充てがわれた部屋のベッドで一人天井を見上げる。
見上げながら独り考える。
もう明日になったら軍に合流して皇国に向けて出発しなければならない。
皇国に向かう道中は人目につくわけにはいかない。それは皇国についてからもだ。到着してからは試練の連続になるだろう。もしかしたらこんな風に心穏やかに二人で夜を過ごすことが出来るのは今日が最後かもしれない。
そう思うと今この瞬間、二人穏やかに過ごすことが出来るこの時間がたまらなく愛しく思えてくる。
それに私は明日をも知れぬ身だ。
まだリリスちゃんには話していないが、聡い彼女のことだからきっと聖剣の持つ副作用にも気付いているのかもしれない。それに他にも私はリリスちゃんにまだ話していない事がたくさんある。
私にはリリスちゃんに秘密にしていたい事が多すぎる。
それなのにリリスちゃんは私の心の準備が整うまで待っていてくれていると言うのだ。
心の底から素敵な人だと思う。
きっとこんなに可愛くて素敵な人は他にはいないに違いない。
彼女と出会ってからまだ日は浅いが、私の人生はもう彼女なしでは考えられない。
彼女からしてみれば迷惑な話かも知れないが、残り少ない私の人生が燃え尽きるその時まで彼女のそばに寄り添いたいと切に願っている。そしてこれはなんの根拠もない私の浅ましい願望に過ぎないのかも知れないが、彼女はそれを許してくれそうだと感じていた。
彼女のことを考えているとどんどんと目が冴えてくる。
すっかり寝付けなくなってしまった。
それどころか彼女に触れたくて堪らなくなってくる。
きっとリリスちゃんはもう寝ている。明日の朝も早いのだから起こしちゃまずいと思いながらも、この足は自然と彼女の部屋に向かっていた。
寝顔だけでも見れたらいいな。
こんな欲にまみれた私のことを知ったら彼女はなんと思うだろうか。
知ってもらいたい様な知られたく無い様などっちつかずの感情が私の中に芽生える。
部屋の前に着いた私はそっとドアをノックをし、するりと彼女の部屋の中に滑りこむ。
そこにはナイトワンピースを身につけたリリスちゃんが驚いた顔でこちらを見ていた。
彼女は窓辺に座っていたらしく、その妖艶な姿を窓から差し込む月光が反射して幻想的に輝いている。
美しすぎる姿を前にした私は彼女から目が離せなくなってしまった。
喉が鳴る。
このままずっと見つめていたいが、黙って自分のことを見つめる女が同じ部屋にいたら流石に彼女も寝にくいだろう。
そう思いなおし声をかけることにした。
「今、すこしいい?」
彼女にかけた声は少し掠れていたし、上ずっていてそれはそれは酷いものだったに違いない。