【第一幕】皇国潜入篇 第五節
【魔王リリス】
静まり返った部屋にドアをノックする音が木霊する。
驚いて振り返るとそこには鎧も服も脱ぎ捨てた肌着だけのアイリスが立っていた。
ノースリーブのシャツに短パン姿でその妖艷な腕や足を惜しげも無く晒している。
目のやり場に困る。
その姿は私の心臓に悪い。
「今、少しいい?」
ちっとも少しも良くないが!?
「にゃ、ナにが!?」
動揺し過ぎて答え方が少し変な感じになってしまった気がする。だけど今はそこまで気にしていられない。
そんな挑戦的な姿で私を動揺させる作戦なのか?
いやいや私は動揺なんてしていないし?誘惑されてもいない。
少し肩が見えているくらいでそこ凝視とかしていないし?あ、肌すごい綺麗。ちょっとだけ触ってみたいな。いやいやいや!私は惑わされてなんてないし!?艶かしいふとももとかチラチラ見えるお腹とか見てないし!
私がアワアワと動揺しているとアイリスが真剣な顔をして距離を詰めてきた。
彼女が私の手を取って至近距離で私の顔を見つめてくる。
これは…あ、あれだ!噂に聞くキスするときの顔だ!
そこに思い至った私は目を閉じて彼女の柔らかい唇が私に触れるのを今か今かと待つ。
しかし待てど暮らせど彼女の唇は一向に来ない。
代わりに来たのは感謝の言葉だった。
「リリス、ありがとう」
「へ?」
彼女からかけられた言葉が予想外すぎた為、私は情けない反応しかできなかった。最近の私ずっとこんな感じだな。
自分の言葉が全く足りていないことに気づいたアイリスは慌てて言葉を継ぎ足してくる。
「あ、えっと…一緒に戦うって決めてくれて?かな。明日もリリスを敵地に無理矢理連れて行くし…」
それを聞いて私は肩の力が抜けるのを感じた。
期待とは違ったことや、明日への緊張が薄れたことなど色々なことが綯い交ぜになって、不思議な感覚が私を包み込む。彼女が慌てていることも相まって私の心に平穏が訪れた。
むしろアイリスが緊張しているのなら私が彼女を安心させようという使命感すら芽生えたくらいだ。だから私はわざとらしく長いため息なんかもつきながらこう嘯く。
「なんだそんなこと」
「そんなことじゃない。大事なこと。私の我が儘に付き合わせて申し訳ない」
そんなことを考えている彼女も可愛いが、本当に気にしなくていいのに。
確かに同胞が一人もいないところに行くのは怖い。敵に囲まれて皇国に潜入するのも怖い。復讐するという目的がなければ本当は行きたくない。それでも彼女が側にいてくれるなら、彼女と一緒なら乗り越えられる気がするから不思議だ。だけど素直じゃない私はそうとは伝えられない。だからちょっと強がってみることにする。
「私は私の目的があって皇国に行くの!貴女に心配される謂れはないわ」
それを聞いたアイリスはちょっと納得がいっていないようだ。
「そう…なの?」
だからここは断言しておく。
「そうよ!だからアイリスはアイリスの目的のために最善を尽くしなさい。私はその手伝いをするわ。その代わりアイリスも私の目的を達するために力をかしてね」
そう私たちは一蓮托生なのだ。
お互いの目的を達成するためには、お互いの命をかけて助け合わなければならない。
それほどまでに敵は強く、強大だ。だからこそ変な遠慮や気遣いなどは無意味なのだ。
ただ全力でお互いを助け合う。
それだけでいいはずだ。
「私たちは対等な関係よ。私に迷惑をかけるなんて考えはむしろ私にとって迷惑だから今後一切禁止!」
これは私の本心だ。
私が巻き込んだ、なんてそんな風に彼女には思って欲しくなかった。
「うん…。ありがとう」
そう礼を言った彼女の笑顔は何よりも輝いていた。
話がひと段落ついて冷静になって、お互いの格好を思い出すと急激に恥ずかしくなってきた。
アイリスも私も普段は人様にはお見せしない格好だ。
スカートの裾を意味もなく直してしまう。
私が羞恥からモジモジしているとアイリスがおずおずと提案してくる。
「ねぇリリス」
「な、なに?」
「一緒に寝ていい?」
「はぇ?」
へ?アイリスは今なんて言った?
イッショニネル……。え、それって同衾?
え、でもでも私たち昨日初めてあったばかりだし…そういったコトはもうちょっと親しくなってからの方がいいっていうか。でも嫌って訳でもなかったりするっていうか。少し期待している気がするっていうかなんていうか。
もう自分でも何を言っているのか本当にわからない。
自分でも自分のことがよく分からず彼女を凝視していると、彼女が恥ずかしそうにその訳を話してくれる。
「明日のことを思うと寝れなくて。少し話し相手になって欲しい」
そういうことか!
変なことを考えてしまっていた自分が猛烈に恥ずかしい。
そういうことなら私も寝付けなかったところだし、丁度いいのかもしれない。
「そ、そういうことなら…うん、いいわ」
「ありがと」
そう言って彼女はそそくさと私のベッドに入っていく。
一緒に寝ると言った手前私もベッドに入ることにする。
背中越しに彼女の体温を感じる。
彼女は体温が高いみたいだ。
触れ合う肌が火傷しそうなほど熱を持っている。
その熱が私に染み渡り、私の理性を溶かそうとする。溶け出した理性が優しく私の体を包み込み、それが気持ちとなって私から溢れ出そうになる。
それをなんとか意思の力で押しとどめる。
きっと一度溢れ出したらきっと元には戻れない。
そんな予感があった。
しばらく自分の脈を感じていたが、そういえば会話するっていう建前はどこに消えていったのだろうか。同衾の理由すら消え去るくらい自分が緊張していることに気がつく。
ただ私がこんなに緊張しているのに、心臓が破裂するってくらいに早く脈打っているのに彼女は平気な顔で私の横に寝転がっているということが少し悔しく感じた。
少しくらいアイリスだって緊張しなさいよ。
そんな当てこすりみたいなことを考えながら寝返りを打つ。
そのまま彼女の小さな背中を眺めていると、ちょっとした悪戯を思いつたので試してみることにした。
左手を持ち上げ彼女の肩甲骨のあたりを優しく撫でる。
すると彼女はビクッと背中を震わせた。
その反応があまりにも可愛かったものだから自分の中のなにか衝動めいたものが生まれるのを感じた。
疼く心を抑えながら手を彼女の背に添える。
その時アイリスの背からは私以上に脈打つ鼓動を感じた。
彼女も寝返りを打ち、こちらを向く。彼女の甘い吐息が私にかかり、さらに私を高ぶらせる。
彼女が湿った目で何かを訴えるように私を見つめる。
私も彼女を見つめる。
彼女の瞳は星屑の光を散りばめたように輝いていて、その目を見つめた瞬間に私は自分の中の箍が外れる音をたしかに聞いた。
喉が狂おしいほど乾く。
はやくこの喉の焼きつくような渇きを癒すために彼女を注がなければならないと思った。
根拠はないが彼女もまた私を求めてくれている気がした。
私が顔をアイリスに近づける。
アイリスも私をまた私に顔を寄せてくれる。
次の瞬間には唇が触れ合うその時、アイリスが顔を背けた。
苦悶に歪んでいたその顔を見た時、冷や水を浴びせられたように冷静になった。
「あ、ごめんね…。やっぱり嫌だったよね」
穴があったら入りたい。やっぱりアイリスに私は必要ないんだ。そう思うと何故か死にたくなった。だけどアイリスの反応は予想とは少し違っていた。
「嫌なんかじゃ…」
「嫌じゃないの?」
「そうじゃなくて…私、汚いから」
この子は本当になにを言っているんだろう?そう思った時にはその言葉は私の口を衝いて出た。
「何言ってるの?貴女より綺麗な人なんて私は知らないわ」
そういえば私の初めては彼女に奪われたのだ。
2度目を私が貰っても問題はない筈だ。誰にも文句は言わせない。
そう自分に言い訳をして、私は彼女に顔を寄せる。そして少し乱暴に唇を奪い、そのまま貪るように彼女を求めた。
アイリスも初めは抵抗しようとしていたが、私が一心不乱に彼女を求めていると次第に彼女も応えてくれるようになった。
そこからは二人とも獣になったかのようにお互いの唇を貪りあった。
私はアイリスの愛を欲し、彼女に私の愛を知って欲しかった。
そして二度目のキスをした時に知った。
私は彼女に恋をしていたのだ。
だからこんなにも彼女が愛おしい。
自分の中で渦巻いていた感情に名前が与えられてしまった以上、私はもう止まれそうになかった。
私はその衝動に突き動かされるままに彼女の腰に手を這わせていた。
その時事件は起こった。




