【第一幕】皇国潜入篇 第八節
お風呂回です!
【魔王リリス】
私、不肖リリスは非才の身ながら一国を統治してきた経験がある。勿論問題は山積みではあったが、それはどの国も同じだろう。
そんな経験がある私は様々な修羅場を見てきたし、それなりに胆力もあるつもりだ。
そんな私をもってしても現在目の前で緊急事態が起こっている。
完全に不意をつかれた形だ。
私の心拍数がことの異常事態を告げている。
今、私は好きな人と一緒にお風呂に入っている!
事の始まりはこうだ。
私の目が覚めた時には既に朝日が差し込んでいた。
相変わらず天幕の外には見張りが居たので精がでるなと感心したものだ。
私たちは無言で朝食の準備をし、大して美味しくもない携帯食を胃に流し込んでいた。
その時私は本当に何気ない調子で(お風呂はどうしよう)なんて事を考えていた。そしていざそのことを考え始めると私たちがそのことを完全に失念していたことに思い至る。
お風呂に対して私達はまったく準備をしていなかったのだ。
え、人族って従軍中は湯浴みとかどうしているんだろう?
体を濡れタオルなんかで拭うくらいで済ませるんだろうか?
疑問が次々と湧いてくる。
そもそも私は今捕虜という身分だ。この遠征軍の中でアイリスの功績が大きい事からこの天幕内で私の自由行動(監視付き)が黙認されている。
そもそも私が天幕の外を自由に歩き回り、この天幕に戻ってくる様を皇国兵に見られでもしたら面倒臭いことになる事は私が保証しよう。そもそも人の口に戸は立てられないと言う。一度でも私がアイリスと仲睦まじそうにしている姿を誰かに見られてしまっては、どこからか噂が回って教会や皇国上層部の耳に入りかねないのだ。現段階でそれらに猜疑心を持たれるのはかなり喜ばしくない。
色々な可能性を検討して見た結果、この天幕内でアイリスと一緒に体を拭い合う必要があるように思う。
非常に遺憾な結果だが、効率的に考えると致し方あるまい。うん。
誠にたの…ゲフンッ!…遺憾である。
しかしそうなってくると別の問題が浮上してくる。
好きな人の前で素肌を晒すことに対して私は言いようの無い気恥ずかしさを覚えている。
いや自分の身体に自信がないという訳ではない(ある訳でもないが…)が、何というか…その、朝っぱらから肌を見せ合うって…なんかもう色々とすごいんじゃないか?
完全に私が許容できる範囲を大幅に超えている。
あ、でもアイリスが脱ぐところは見た…。
いや、見たい訳ではなくて合理的に考えると見ちゃうのも致し方ないというかなんというか。
というか私は心の中で誰に言い訳しているんだ?
予想外の問題発生に動揺してしまっているみたいだ。
うむむ…。そうだな。自分に嘘をついても仕方ない。
私はアイリスの裸が見たい。超見たい!
でもアイリスは一緒にお風呂に入るのを嫌がるんじゃないだろうか?
何となくだけど彼女は他人に隙を見せたがらない気がする。
それは仕方がないが、逆にアイリスは私の裸に興味持ってくれるだろうか?
もし彼女が望むのであれば私は全てを曝け出すことすら厭わない(…と思う)が、少しだけでも興味持ってくれるだろうか?
この考えはダメだ。思考の沼にハマって身動きが取れなくなってしまいそうになる。
この間も自分の想いを自制できなくて彼女を傷付けたのだ。
そうだ。私は邪なことを考えているのではなく、ただこのままでは生活に支障を来す可能性があるからこそ確認をするだけだ。変に意識せずに自然体で聞けばいいのだ。うん。
…よし!アイリスに相談だ!
『リリスって全属性の魔法使える?』
従軍中のお風呂事情について尋ねた私に対し、アイリスはちょっと的外れとも言えるようなことを聞き返してきた。
『簡単なものなら…ええ、まぁ使えるけど』
言外にそれがどうした?と彼女に聞く。
『ならお風呂入れる』
『えっ…?』
そこから私とアイリスの入浴計画はスタートした。
そこからはかなり忙しかった(主に私だけが!)。
人族は(その中でも身分の高い者達は特に)従軍中でも割と清潔さを大事にしているらしい。特に貴族階級の騎士達はその手の事柄には熱心で、風呂焚き専門の魔導師を雇用しているくらいだ。彼らは自身の天幕でいつでも入浴ができるように準備しているらしい。
亜人の兵士達はほっとくと平気で数ヶ月間水浴びすらせずに戦い通す猛者たちがざらにいるくらいに清潔さを保つことに対して無頓着だ。きっと人族とでは価値観が違うのだろう。
勿論私は毎日入るぞ?
…そういう訳で人族側には土の魔法を使用して浴槽を創り、水の魔法で満たし、火の魔法で沸かすといった方法を採用している。今回はアイリスが火をつけるので薪はいらないが、薪を使用する場合は風の魔法で煙を逃すらしい。勉強になる。
そういう訳で私は今浴槽を鋭意製作中という訳だ。
【大地より生まれし精霊よ我に創造の力を与えよ】
この世界において魔法とは世界中のあらゆる場所に存在する精霊達の力を借りて顕現させる。精霊達に特定の意志は無いとされているが本当のところは定かではない。なにせ我々の文明ではまだまだ理解の及ぶ領域ではないからだ。
以前話した通り魔法には生まれた時より適正がある。この世に生まれ出た瞬間に精霊から祝福を受けるのだ。その祝福を授けた精霊の種類によって適正が決まる。
魔法適性のある分野、私の場合は水と闇は簡単な魔法なら精霊達が手助けをしてくれるから呪文を詠唱する必要もないが、逆に適性のない分野だと呪文を唱えても威力も範囲も魔法を完成までの速度も祝福を持っている人には及ばない。
例えば今私が唱えた魔法【大地創造】は地中にある鉱石を抽出し、好きな形に形成する魔法だが、土魔法に適性の出やすい種族【ドワーフ】(亜人)なら数秒で形成を完了させる(それも特に修学もせずに!)が、適性のない私は数十分かかっているけど完成度はまだ半分程度だ。
それ程までにこの世の魔法とは才能がものを言う世界なのだ。
ただ魔法について真面目に学べば誰でもある程度の魔法は使えるようになる。
人族はこの技術を体系化することで比較的誰でも魔法が習得出来る様にしているらしい。人族は基本的に嫌いだが、そういう発想は素直に感心する。
いつか私もその技術を学びたいものだ。
それに知識はいくらあっても困ることはないのだから。なので私はこれからも魔法学の真髄を極めていこうと思っている!
軽く現実逃避していたが、ようやく完成だ。
風呂釜一つ作るのに実に一時間もの時間を要した。
私は自分に適性がない魔法を無闇やたらに使うべきではないという事を再確認する。適性のない魔法を使用する際に多大な集中力と魔力(生命力)を使うからだ。
なので私は今ものすごく疲れている。
疲れている私はすぐにでもお風呂に入って英気を養いたい。
そう言えば私は何故疲れをとる為のお風呂に入るために朝っぱらから疲れることをしているのだろう?
…やめよう。考えるだけ虚しくなる。
改めて完成した浴槽を見る。
途中で集中力が途切れたせいで形がいびつに歪んでいるが、それもご愛嬌というヤツだ。
ともかく完成はしたことを伝えようとアイリスを探すと…。
「すー、すー」
なんとも可愛らしい寝息を立てていらっしゃる。
へー、ふーん。私に労働させている間にアイリス様はご休憩あそばされていると?
カチンときたのでせめて起こす時はいたずらしてやろうと思う。
私は意識を集中させ、空気中に存在する水の精霊に心の中で呼びかける。
(水の精霊達よ、おいで)
そして小さな水の球を顕現させる。
私は口元をニヤニヤさせながらその、水の球体を使って彼女の口と鼻を覆う。
本来は暗殺なんかに使う魔法らしいが、勿論私は彼女を殺すつもりはない。
ちょっと鼻に水が入って噎せればいいと思うだけだ!
彼女の反応を楽しみに見ていると、彼女の口元を覆った水に変化が起きる。その水が急に沸騰し始めたのだ。そして温度がどんどんと高くなり、水蒸気が部屋全体を包み込む。そしてやがてすべての水が蒸発してしまった。
び、びっくりした!
一連のおそろしい事件を見てしまった私は今後絶対に寝ているアイリスにはイタズラをしないと心に誓ったのだった。
「んっ…」
なので普通に揺すって起こします。
ええ、ビビってなんかいませんよ?ただ、寝込みを襲うのは王族としての誇りが許さないだけです。本当ですよ?
というか寝込みを襲うなんて最低じゃないですか。人としてそれはどうかと思うんですよね。
そう心の中で言い訳をしてから軽くアイリスを揺する。すると彼女が欠伸をしながら目を覚ます。そして一言。
「おはよ。リリスもうおわっ…ムグッ」
慌ててアイリスの口を押さえる。
寝起きの彼女はいつにも増して残念だ。いや抜けているところも可愛いけど。
彼女もようやく察して口を噤んで頷く。
『終わったわよ』
そう言って形成した浴槽を指差す。
これで不格好とか言おうもんなら絶対殴る。そう思って彼女の反応を伺っていると
『ありがとう。リリス、やっぱりすごい』
なんて事を急に良い笑顔で言ってくるのずるいと思う。
それだけで全て許せちゃうんだから。
それから私が水を浴槽に注いで、アイリスが炎を浴槽の下に出してお湯を沸かす。
お湯が沸いてきたところで最初の疑問が再び浮上してくる。
この後どうしよう。
アイリスの様子を伺うようにチラチラと様子を伺っていると、彼女はなんの躊躇いもなく鎧を脱ぎ捨てた。
その潔い脱ぎっぷりに思わず関心してしまいそうになる。
いやいやいやいや!い、一応ね、アイリスにも聞いておかないとね。
『あー、そのアイリスさん、ちょっとお尋ねしたいことが』
『なに?』
アイリスは全く意識していない様子だ。いや普通そうなのか?もう何が普通かも分からない。
兎に角直接聞いてみよう。
『えっと…私はどうしたら良いのでしょう?』
そう聞くとさも当然かのように彼女が答える。
『リリスは入らないの?』
彼女がそう言うのであれば断る理由も特にないし?
『入るし?』
ウキウキの入浴計画も大詰めだ!
そんなこんなで私達はお天道様の下で生まれたままの姿になって浴槽で好きな人と寛いでます。
いや緊張で体が強張っていてとても寛げそうに無いんですけどね!
私は背中越しにアイリスの体温を感じていた。
逆上せてしまいそうになっているのはきっとお湯が熱すぎるせいだ。
油断すると彼女の裸について妄想が膨らんでいく。
ちょっとだけ彼女の姿を見たい。
でも何故だろう。後ろを振り返るのが怖い。
一度振り返ってしまうと昨晩の焼き直しになってしまいそうで、身体が固まってしまった。
彼女は私の存在を気にもとめず、服を脱ぎ捨てていた。きっと彼女にとって私に肌を見せることは大したことではないのだろう。私にとっては一大事だが…。
いや、これで良いんだ。
また彼女を傷つけるくらいなら少し距離を置いた方が全然いい。
せめて背中越しに感じる彼女の肌の柔らかさを堪能しよう。
こうして小さな幸せを噛み締めて明日からも頑張って生きていこう。
そう気持ちを切り替えて(いや無理だけど)湯浴みを堪能することにする。
しばらく無言でお湯に浸かっていると、なぜか背中に視線を感じる……気がする。
その意味を考えると有り得ないと思っていても背中が熱くなる。
注がれる視線に耐えきれなくなり背後を振り向くと、こちらを見つめるアイリスと目が合った。
その瞬間彼女の上気した頰に、濡れた髪に目を奪われた。
「「キレイ…」」
はっ…しまった。また口に出してしまっていた。
慌てて口を抑えるが、吐き出してしまった声は二度と飲み込めない。
だけど妙だ。今私の声と重なって声が聞こえていたような気が…。
そう思ってアイリスの方を見上げると、彼女も私とまったく同じ格好で固まっていた。
その顔は逆上せただけじゃ説明がつかない程に赤く染め上げられていた。
彼女の頰を見ていると、在る筈のない意味を妄想しそうになる。
そして私の脳も蕩け出してしまいそうな程に茹っていくのを感じていた。
次回も続きます。
アイリス視点で書いていきます。




