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草稿(設定資料集)  作者: Mel.
13/26

【第一幕】皇国潜入篇 第六・五節


【勇者アイリス】



 私は全てを拒み、生きてきた。

 この身に降りかかる理不尽な現実を呪い、それを変えるための力をつけるためにそれこそ血の滲む努力をも惜しまなかった。

 誰よりもひたむきに己を高めてきたつもりだ。だけどどれだけ力をつけても私の心は過去に囚われたままだった。

 どれだけ剣の腕を磨いても、どれだけ魔法を鍛えても、どれだけ苦痛に耐えれるようになったとしても私の心には大きな空があった。そしてそれはきっと私が死んでも満たされることはないのだと思っていた。

 彼女に会うまでは。

 彼女を一目見た時私はなんの根拠もないが彼女こそがこの世に顕現した神様だと思ったのだ。

 だってそうでないと説明がつかないくらいに彼女は美しかったのだから。

 


 リリスちゃんともっと親密になりたい。

 そう思った時、私の心は過去の傷に囚われていた。

 過去にこの身に刻まれた呪いにただ怯え、震えることしか出来ないでいた。

 その時一筋の光が私に降り注いだのだ。



 私が怯えている時、リリスちゃんが私を強く抱きしめてくれた。

 息が詰まるくらい強く。

 彼女の鮮烈な感情が私の中に流れ込んできた。リリスちゃんの持つ甘い香りが私の胸一杯に広がり、私の強張っていた身体がじんわりと解けていくのを感じた。

 ふと私の頰が濡れていることに気がついた。

 人前で泣くなんて初めてだし、ましてやリリスちゃんの前で涙を見せるなんてなんだか恥ずかしいな。リリスちゃん幻滅しないかな。

 なんとなくだけど彼女は笑ってそんなことないよって言ってくれそうだと思った。

 あれ?でも私の頭も濡れているのはどういうことだろうか?

 上目遣いで気味でそっと上方を確認してみると、リリスちゃんが泣いていた。

 彼女はその表情を苦悶に歪ませていて見ていて胸が締め付けられてしまった。

 私が彼女にそんな顔をさせてしまったのだろうか?

 私のトラウマが彼女を苛む原因になっているのだろうか?

 それはダメだ。

 彼女が悲しむのは嫌だ。

 私に何か出来ることがあるだろうか?

 そう自問したが、私は対人経験が無さ過ぎてこういった時の正解が分からない。

 そのことが心底恨めしかった。

 それなら自分がされて嬉しかった事を彼女にもしてみようと思った。

 どうせ答えが分からないなら、せめて私が彼女のためにできる事を全部してあげよう。

 まだ身体は震えていたが、そう思うと不思議と力が湧いてきた。

 私は強張る腕を彼女の背に回した。

 力の限り彼女を抱きしめた。

 ただ私の気持ちを伝えるために。

 彼女にはいつも幸せを感じていて欲しかったから。

 彼女は一瞬驚いた表情を見せたが、その後驚くほど穏やかな顔で私に微笑んでくれた。

 彼女に私の気持ちが伝わったことが分かって嬉しかった。

 こんな私でも彼女を笑顔に出来たことが誇らしかった。



 リリスちゃんの瞳から溢れでるその雫は優しさと温かさで私の心を溶かしてくれた。

 その涙を私が舐めとった時、私の瞳からも涙が溢れた。そしてその温度はリリスちゃんの流すそれととても似ていた。

 彼女の涙が私をただの女の子にしてくれているようで嬉しくて、私の口から嗚咽が溢れでた。

 そんな私を見かねてか、リリスちゃんが私の頭を優しく撫でてくれた。

 彼女の手のひらはとても優しく、その顔は慈愛に満ちたものだった。

 泣きながらその顔を見て私は朦朧とした頭で(やっぱりリリスちゃんは神様だったんだ)と考えていた。

 自分でも矛盾している考えだとは思うが、その時は真剣にそう思っていた。

 しばらく抱き合って泣いていたが、泣き疲れた私はその甘い誘惑に誘われるまま深い眠りに堕ちていった。



 堕ちた先で私は久しぶりに幸せだった頃の夢を見た。

 私が幼い頃、まだお母様が生きていた頃の思い出を夢に見た。

 私はお母様に夢中でしがみつき、今日出会った素敵な女の子のことを話していた。

 私はお母様にその子がいかに可愛いか、いかに素晴らしいかを鼻高々に話していた。

 幼い頃の私は今以上に言葉が辿々しかったが、お母様は私の喋る言葉を真剣に聞いてくれていた。そして話し終わった私にお母様は大事なことを教えてくれた。


 お母様曰く、「貴女が愛する人が喜んだ時は自分の事のように喜びなさい。愛する人が怒った時は真剣にその怒りを受け止めなさい。もしも愛する人が間違った道に進もうとした時はそれを止める勇気を持ちなさい。愛する人が困難に陥った時はたとえ世界中で貴女一人だけだとしてもその人の味方になって支えてあげなさい」


 お母様の話は幼い私には難しかったが、幼いながらに彼女がとても大切な話をしていることだけは分かった。だから私は必死になって頷いていた。

 そんな私を見てお母様は微笑んで、私の頭を撫でてくれた。

 「大丈夫よ、アイリス。貴女はとても素直だもの。きっと貴女が愛する人は他の誰よりも幸せになることが出来るわ」

 そう言ったときのお母様の微笑みがとても優しかったのを覚えている。 

 私は幸せに包まれたまま意識を手放した。


 目が覚めたら誰よりも優しい彼女にお礼を言おう。

 次は私が支えると宣言しよう。

 愛するお母様の大事な教えだ。しっかりと守ろう。

 彼女の敵が誰でだろうと、例えそれが世界であろうと私は彼女と一緒に立ち向かおう。

 彼女を幸せすることが出来るなら例えその結果この身が朽ち果てようとも本望だ。

 夢と現実の狭間で私は私自身にそう誓ったのだった。



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