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ヒールレス・ヒーロー  作者: 三月 ニナ
第一章 『英雄再臨計画・序章』
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第一章6  『重なる偶然』


 ゴウッ!!!!


 吹き抜けた風をそう表現する。しかしそれでもなお足りないほどの轟音が於菟のすぐ横を通り抜けていく。


「……良いのぉ? もう結界は解いてるし、ケンちゃんが暴れたら周りの皆が怪我するよぉ?」


「オレの結界があんだろ。それに、忘れたのかよ。――オレの剣は、狙った奴以外斬らねえ」


 再び振るわれた酒瓶の破片。それは寸分違わず先ほどの風の軌道をなぞる。


「ああ……そんな能力だったねぇ。懐かしいよぉ、三年ぶりぃ?」


「シッ!」


 三度みたび振るわれたソレ。しかし三度とも於菟には当たらない。


「どうしたのぉ? 感覚鈍ってんじゃないぃ?」


「うるせえ。――テメエ、オレの後悔かこを弄ぼうとしただろ」


「……いやいやいや、『オペラ座の英雄』にそんな能力ないんだけどぉ!?」


 意味がわからないと主張する於菟だが、興奮する中年オヤジには届かない。好き勝手に暴れる気満々である。


「そら、四度目――だ!」


 ゴウッッッ!!!!


 今度は先の三回よりも強く、大きい奔流を伴った飛ぶ斬撃。それはやはり寸分違わず於菟の隣を通り過ぎ、


「……ああ、今のでリセットってわけねぇ。それさぁ、ちょっと使い勝手悪く」


 ないぃ? と続けようとして、できなかった。

 中年オヤジが於菟に迫り、破片を振りかぶっていたからだ。


「やべ、まず――」


「そら、五度目だ」


 ヒュッと風切り音が鳴り、於菟の右肩口を破片が裂いた。

 浅く、だが細く長い傷が生まれ、英雄因子によって修復されていく。それ自体では於菟にはなんのダメージもない。


「別にテメエに恨みはねえ。……が、腹が立ったんでな。その分の落とし前はつけさせてもらうぜ」


「あちゃー……そりゃ理不尽ってもんよぉ、ケンちゃん?」


「理不尽上等――ッ!」


 明後日の方向に振られた瓶の破片。そこから溢れた衝撃は無理矢理な軌道を描いて先ほど於菟についた傷へと向かっていく。


「クッ……ソォ!」


「二倍!」


 中年オヤジの声に反応してか斬撃が膨れ上がった。そして於菟を襲う。小さな傷ではあったが、確実に先ほどつけられた傷をなぞっている。


「……あーもう、厄介だなぁソレ。なんて言ったっけ。『英雄の秘撃』?」


「さぁな、名前なんてどうでもいい――三倍!」


 さらに膨れ上がった斬撃。於菟は歯を食いしばりつつ甘んじてそれを受けた。

 与えられる衝撃は最初の小さなものとは比べ物にならない。小さかったはずの傷も段々と大きくなっていく。


「そしてラスト――十倍だ」


 元々見えないはずの飛ぶ斬撃が、何倍にも膨れ上がり於菟へと飛びかかる。その瞬間、於菟は確かに光の剣筋を見た。


 ――真昼の商店街に、何度目かの轟音が響いた。



 ==================



 これは世界中の誰もが知るところだが、ヒーローの中にも序列があって、その上位者は『神』の名を冠する。そしてその神ランクのヒーローは『結界』という技能を用いて周囲へと被害を減らすことができる――らしい。


 その結界とやらは実際に見ることはできない。それどころか、その中で起こっていることすら知覚できないため、どこに結界が発生しているのかわからない。その結界内に立ち入るためには、結界を発動した本人の認可が必要。


 そのため、輝義にはその轟音が届かなかった。


「……んん? なんか今、空気が震えたような――」


 相変わらず公園から役所までの道は人通りが多い。一定以上役所に近づけばむしろ閑散としているというのに。

 だから、輝義の独り言は多くの者に拾われる。


「……空気が震えるってなに?」

「うわー、勘違い系だわ……平日なのに私服だし、厨二乙なニートじゃね?」

「見ろよ頭の天辺。赤色のメッシュ入ってるぜ……」


「うっさいわ!!」


 頭の赤色はメッシュではなく地毛だ! いや、後天性のものだから地毛と言うのが正しいのかは知らないが。

 それにしても、もう目立つほどに髪が伸びたのか。また染め直した方が良いだろうか?


「まあそれは後々……んー、やっぱヒントの一つでもないと、暗号ってわかんないもんだな」


 まだ拾って二日目だが、とっかかりすら見つからない。山城にも見せてみたが首を捻るばかり。中年オヤジは先ほどの結果。

 これは早くも計画頓挫、か。


「いやいや、諦めるの早いよ俺? あのお姉様絶対強いんだって……この街じゃ少ない成り損ないだし、仲間にするためにもう少し踏ん張れ俺!」


 何より強いと判断するのは、あの回避能力の高さ。直接戦闘には向かないかもしれないが、『攻撃が当たらない』というのは強すぎる。いくら強力な攻撃――例えばあの蒼髪の少年の不可思議な能力であっても、当たらなければ意味はない。


 今後、『英雄再臨計画』を実行するに当たって強力な仲間の存在は必須。昔は一人でもやってやると息巻いていたが、さすがに無理がありすぎるのだ。何よりヒーローめっちゃ強いし。輝義一人じゃ能力的にも負け犬ポジションになっちゃうし。


「いや、負け犬で良いんだけどね? そういう計画だし」


 しかし、ヒーロー達に火をつけられない負け犬は頂けない。どうにかして彼らには再び立ち上がって貰わねばならぬのだ。


「そう、俺が憧れたヒーロー。ソイツが見せてくれた夢のために!」


「厨二じゃなくて夢見る少年だ。……より痛々しいぞ」

「あの歳で、ねえ?」

「それにヒーローって古くさ……」


「うっさいわ!!」


 輝義がいくら威嚇しても効果を示さない。なんと威圧感のないことか。

 そんな輝義の肩に誰かがぶつかった。


「あ、すみませ――」


 つい最近も誰かとぶつかったよな、などとフラグになりそうなことを思いながら振り返ると、そこには、


「……よう、中途半端な成り損ない。夢見る厨二大人」


「昨日の咬ませ犬!」


「誰がだよぶっ殺されてえのか下半身露出狂!」


 何がそこまで興奮させるのか。今日も今日とて隠さぬ、蒼天の如き髪をなびかせる十代後半の少年がいかつい表情で立っていた。白髪の女性がいるかも、という思惑フラグは見事に外れた。


 だがそれでも嬉しいことであり、


「会いたかったぞ、不出来な成り損ない仲間よ!」


「仲間になった覚えないんだけどやめてくんない? ……ほら変な目で見られる! 違う僕はコイツと同類じゃねえ!」


 周囲の視線が気になるのか、荒げる声のボリュームはやや小さい。


「チッ……場所変える。付いて来てよ変態大人」


「え、なんで? 俺別にここでも良いんだけど。っつーか今すぐにでも突っ込んだ話を始めた――」


「場 所 変 え る ! っていうか、アンタも嫌でしょ!? こんな人目につく場所で、恥ずかしいなぁ!」


「いや、仲間がいればそれほどでもないし?」


「だから僕は仲間じゃねえ!」


 そう言いつつ輝義の腕を引き、昨日と同じ路地まで引っ張ってこられてしまった。そういうのは女の子になってもらってからよろしくしたい。


 役所の近くであるため人通りも少ない近辺は、日が差すのも少ないのか薄暗い。これも昨日と同様。違うことと言えば白髪の女性がいないことか。


「なあ少年。ここに来るまでやけに慣れてたけど、よく来るの?」


「別に。関係ないでしょ。……来るようになったのはつい最近だよ」


 関係ないと言いつつ答えるその姿勢は、そのものずばり『ツンデレ』というジャンルに当てはまる。いやだから、そういうのは女の子になってきてもらってからね?


「――相良さがら輝義てるよし、二十三歳。職業公務員」


「んぇ?」


「免許証、落としたろ。わざと」


 唐突に何を言い出すのかと思えば、少年の手には免許証大の何かが握られていた。というか、免許証そのものだ。それも輝義自身の。

 取得するだけ取得はしたが、自動車を運転する機会などほとんどないためペーパードライバーの証として機能している。


「え? ……あれ、いつの間に落とした?」


 確認してみると、ポケットの中の財布からちょうど免許証だけが抜け落ちている。おそらくは昨日、転んだ時に、なのだろうが……なぜ免許証だけ。

 少年は何を誤解しているのか「わざとらしい……」と吐き捨てつつ、


「わざわざこっちから会いに来たんだ。これ返すから、そっちも拾ったもん返せよ」


 と、状況説明まったく無しの要求を突きつけてきた。

 テロリストだってもう少しわかりやすい要求を突きつけるぞ、と思いながら輝義は思い当たるものを脳内で探してみる。が、咄嗟には何も思い浮かばない。


「……あの、もう少しちゃんと話してちょうだいよ。ついていけないぞ」


「――――っ、いいから! 昨日ここで拾ったもん返せ! アレがないと僕は……!」


「待て待て落ち着け! 恐い、顔恐いから!」


 歳下の威圧にビビる二十三歳、公務員。情けなくも、それが大人の実情である。


「話を整理させろ! 突然詰め寄られてもわけわからん!」


「……早くしてよ」


 どうにか落ち着きを取り戻した……ように見える少年を横目に、まずはこの話の流れを鑑みる。

 少年が告げた要求は『昨日拾ったモノを返せ』――これに関してよくよく考えてみると、思い当たるものがある。


 数字が羅列してある紙切れだ。


「…………え、あれお姉様のじゃないの?」


 滲み出る丁寧さから女性が書いたものと考えていた輝義。そのため必然的に白髪の女性のものだと考えていたのだが、状況から察するにこの少年のもの……らしい。


 となると、これまで暗号に執着していた輝義の行動は、この少年を仲間に引き込むためのものとなり――


「……うわ、唐突に萎えた」


 この少年も成り損ないであることには変わりない。それに何やら、戦闘に向いた能力を持っているようだ。仲間にするのになんの躊躇いもない……はず、なのだが。


「男と女、どっち取るって言ったら女でしょ。モチベが上がるのも女のためならだし。うわぁ……うん、まあ、仕方ない? 男の仲間獲得のためにモチベを上げ……無理だわ」


 どう考えたってお姉様獲得のために頑張る方がモチベーションも上がる。


「なんなんだよさっきからブツブツと。僕の気分を害したいの? なら殺した上で返してもらうけど」


「ええい、殺すだなんだって物騒だな。悪役にはピッタリだけど」


 答えながら、輝義はこの少年に対しどんなスタンスを取るべきか考える。

 どちらにせよ、このハナブサ市では貴重な『成り損ない』だ。仲間にして損はないだろう。少なくともここであの暗号を渡して、はいさよなら、となるよりは。


 ならば、


「あー、何を探してんのかはわかったけど。悪いな、ソレとある人に預けてるんだよ」


「は? ……誰だよそれ」


「俺が信頼を寄せてる人。預かってもらうにはピッタリでな。そんでさ、ちょっと相談があるんだけど」


「――――」


 少年にとってあの紙切れはそんなにも大事なものなのか、従う意思を見せている。輝義としては正直、ここで暴れられることも想定していたのだが。


 それほど大事なものを利用することに罪悪感を覚えつつ、これも悪役になるための一歩だと考えて、


「そのとある人に、やる気を出させてやってくんない?」


 交換条件を突きつけた。


「……だから、誰なんだよそれ」


 少年の方は、要求のわけのわからなさに苛立っている。最初に説明なしの要求を叩きつけたのはお前だろ、と輝義も開き直る。


「ちょっとした中年オヤジだよ。昼間から公園で酒を飲んだくれるような」


「駄目人間じゃん!?」


 そうそう、駄目人間。

 ……それが、元ヒーローの成れの果てなのだ。


「元々はある一線で活躍していた人なんだけど、今じゃ無気力も良いところでな。ちょっとした暇潰しにさえ目を輝かせるような……腑抜けになっちまった。その人をどうにかしてくんねえか?」


「ちょ、待ってよ。それとこれがなんの関係――」


「今そのオッサンがハマってんの、暗号解読なんだ」


 その一言で全てが通じたのか、少年の顔が渋面になる。


「やっぱ拾ってたのか……」


「まだ数字の羅列としかわかってないけど。解読なんてこれっぽっちも進んでないから安心しろよ」


「安心する要素が何一つない。……じゃあなんだ、そのオッサンが気力取り戻せば、アレからも興味を失って僕に返ってくる、と?」


「そゆこと。理解が早いって良いね、最高」


 少年はしばし考える姿勢となり、慎重に何かを吟味しているようだ。だが少しして、その綺麗な蒼髪揺れる頭をガリガリと搔くと、


「あークソ、なんでこんなことに……で、何すりゃ良いのさ」


「聞き分けも良いとか、有能。やっぱ仲間にしたくなってきた」


「まだ言ってんのかよ。僕にそんな気は――」


「良いの? オッサンの気力取り戻させるには、方法一つしかないんだけど?」


「え?」


 もちろん嘘だけど。


「そんじゃあ、了承も得たし――あのオッサンの気力を取り戻させるためにやることを教えよう」


「いや、あの、話の流れからして読めるんだけど……もしかして」


「頭も良いのかよ、完璧すぎるわ」


 そう、輝義が告げる要求。それは一つ――



「俺と一緒に悪役やってくんね? そのオッサン、元ヒーローなんだ」



 嘘と真実を混ぜに混ぜることでようやく一歩踏み出すことができた『英雄再臨計画』。その序章が、始まろうとしていた。



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