消えない忘れ物と、雨の日の手袋
雨の日の駅前は、
いつも少しだけ静かだ。
傘を叩く音と、
水たまりを踏む足音だけが続いている。
ゆいは窓の外を眺めながら言った。
「今日は雨だね」
机の上で丸くなっていたクロが、
片目だけ開ける。
「見れば分かる」
「こういう日はさ」
ゆいは雨粒を指で追う。
「何かありそう」
「便利な勘だな」
カラン。
扉のベルが鳴った。
入ってきたのは、
駅員の男性だった。
制服の肩が少し濡れている。
男性は少し迷うように立ち止まった。
「あの……」
ゆいが椅子を引く。
「どうぞ!」
「相談というか」
男性は苦笑した。
「変な話なんですが」
クロが耳を動かす。
「だいたい変な話だろ」
男性は小さく笑ったあと、
言った。
「駅前に赤い手袋があるんです」
「手袋?」
「片方だけです」
雨音が窓を叩く。
「雨の日になると、
決まって同じ場所に掛かっているんです」
「落とし物?」
「そう思いました」
男性は頷く。
「何度か回収もしました」
少し間を置く。
「でも、またあるんです」
クロのしっぽが一度だけ揺れた。
駅前に着く頃には、
雨が少し強くなっていた。
ベンチ横の小さな屋根。
そこに、
赤い手袋が掛かっていた。
片方だけ。
雨に濡れながら、
静かに揺れている。
「ほんとだ」
ゆいが見上げる。
その時。
「みたぞ」
白い犬がいた。
植え込みの向こう。
いつの間にか座っている。
「わたしもみた」
白いうさぎが言う。
「まだだ」
電柱の上で、
白いカラスが鳴いた。
ゆいが振り返る。
「いた?」
「いたな」
クロは面倒そうに答えた。
駅員だけが首をかしげている。
調べてみると、
近くのパン屋の女性が手袋を知っていた。
「ああ、あれ」
女性は懐かしそうに笑う。
「昔の待ち合わせの目印ですよ」
「待ち合わせ?」
「雨の日だけね」
女性は窓の外を見る。
「赤い手袋が掛かっていたら、
あの人は来てるって意味」
「へえ」
「ずいぶん昔の話ですけど」
それ以上は聞かなかった。
女性もそれ以上は話さなかった。
帰り道。
雨はまだ降っていた。
駅前を通る。
ゆいがふと足を止めた。
「あれ?」
クロも顔を上げる。
昨日までなかった場所。
屋根の端に、
もう片方の赤い手袋が掛かっていた。
二つの赤が、
並んで揺れている。
白い犬が言う。
「そろったぞ」
白いうさぎが言う。
「やっとだね」
白いカラスが羽を震わせる。
「おそかった」
ゆいは首をかしげた。
「何が?」
三匹は答えない。
雨の向こうを見ている。
クロもしばらく黙っていた。
それから、
小さく言った。
「待ってたのかもな」
「誰が?」
クロは答えない。
雨の中、
赤い手袋だけが静かに揺れていた。
お読みくださりありがとうございました。




