ep.8 “あたし”と“あなた”
新しい登場人物が出てきました。
頬に柔らかい風が当たり目を開く
どうやら意識を失っていたようだ
どれ程意識がなかったのか、外にいたはずの私は屋敷に戻りベッドに身体を横たえていた。
ふと横を見ると公爵様が、椅子に座り私の手を握っていた
うとうとと舟を漕いでいる。
“何だっけ?”
何か考えなくてはいけないことがあったはず。
そうだ“1度目のアヴァ”の存在
今、あたしがいる此処が“2度目のアヴァ”だとして
前世だと思っていた“あたし”は何者?
“2度目のアヴァ”の魂は何処にあるの?
“2度目のアヴァ”は今何処にいるの?
哲学のように難しいことを考えている内に何だか漠然とした不安が襲う
“あたし”がこの身体を乗っ取ったから、“2度目のアヴァ”が消えていたりする?
そうなったら、公爵様の望む“アヴァ”の存在はあたしじゃない。
手を絡めたままうとうとしている公爵様の顔を見る
この綺麗な顔の優しい人は“あたし”を望んでいるんじゃない。
“あたし”の居場所はやっぱりここじゃない。
そう思うと自然と涙が零れた
起こさないように声を殺す
なんだ、きちんと彼の事を好きになっていたんだなぁと思う
ストーカー気質の粘着男、いざとなれば嫁も殺すヤバい奴、なんて思っていた癖に、優しくされて愛の言葉を囁かれてコロリと堕ちてしまった。
“原作のアヴァと変わらないじゃん。”
ヒロインが現れたらちゃんと返そう。
彼女の居場所。
“2度目のアヴァ”はもしかしたら消えてしまったのかも知れない。
再び死を経験したくないけれど、それこそがあたしが受けるべき罰なのかもしれない。
“2度目のアヴァ”が受けるべき愛をあたしが奪ったから。
何だか疲れた
ふぅとため息をついて再び目を閉じた
翌朝、目を醒ますと公爵様の姿はなかった
代わりに枕元にいつも通り色とりどりの花束が飾ってあった
本日も手際よく侍女さんが良い素材で仕立てられたドレスを着せてくれた
メイクもヘアもしてもらった
こんなに綺麗にしなくても…と伝えたが「奥様は何をしてもお似合いなのでつい…」と返答された
何となく昨日の出来事があるから顔を合わせづらいなぁと思いながら、食事の席に向かった
「おはよう。アヴァ」
にこやかな笑顔の彼は相変わらずだ。
自分自身の恋心を自覚してから彼の笑顔が眩しく見えた
「おっ、おはようございます。昨日はすみません」
彼からしてみれば告白の最中、突然意識消失された訳で…。
「大丈夫だよ。私こそ急に済まなかったね。頭の整理が出来ずにパニックになったんじゃない?」
全くもってそのとおりだ。
あたしは頷く。
「あの、お時間取れるときに、その件についてお話を伺いたいのですが…。」
そう告げると公爵様はぱちぱちと見開いた目を数回瞬きし、笑顔で頷いた
「もちろん。聞いてくれるなら是非。今夜にでもゆっくり話をしようか。」
そう言ってカップを口元に持っていく
“お願いします。”と私は声をかけた
昨日、倒れた事からも彼女にとっては何かしらのショックが大きいということで、この話はしたがらないのかと思った。
彼女の傍を離れたあと、古い書物を探しに屋敷の奥へと向かった
代々当主のみが許される秘密の書庫
そこで様々な文献を漁った
過去に私のように何度も“生”を繰り返した当主はいない。
“愛”故にやり直しをした人物は何人かは居たが…
「皆、記憶を持ってるんだよなぁ。」
それとなくアヴァに“茉優”だった頃の好み等も促してみたが確信には至らない。
彼女自身が“茉優”と認識していれば、お互いに記憶の穴埋めができるわけだし、パズルのピースがハマるように再び互いの人生がかっちりハマると安易に考えすぎていた。
反対に行動等を見ると“1度目のアヴァ”だった時の苦い記憶が残っているのかその場所へ連れて行ったり、当時と同じ言葉を紡ぐと“何となく嫌がる素振り”が見られた。もしかしたら、“1度目のアヴァ”の記憶があるのでは…と伝えたが違ったのだろうか。
愛する者が記憶があやふやな状態で、術者が記憶を代弁すると“記憶の混乱”が起こり愛する者は死を選ぶとさえ記載されていた。
「流石に4度目は勘弁だなぁ。」
ガシガシと頭を掻きながら、さらに文献を探る
どの文献にもかならず“記憶を遡る強要をしてはならない”と書かれている。
つまり忘れていれば、本人が思い出したくないのなら、強要せず見守れということだ。
ではその結果彼女が自分を選ばなかったら?
「古人の知識は大事だが…そればかりを手本にしていて逃げられたら元も子もないな。」
ぱたんと書物を閉じた。
大きなため息をつく
「茉優…。」
1度目のアヴァでも、茉優でも、同じ魂
どちらの記憶があってもなくても良い。
傍に居ることを選んでほしい。
「どうしたら君の心が手に入るのかな」
1度目は君が手を伸ばしてくれた
愛を知らない自分に愛を教えてくれた
2度目は酒に助けられ自分の想いを告げた。了承を得た嬉しさで最初から身体を重ねてしまったが、まさか彼女が覚えていないとは思わなかった。以降大事な話では、彼女に酒を飲ませないようにしたっけ。
湯浴みをして仕事の疲れを取り、酒を飲んでいるとコンコンと扉が叩かれた
「あのっ。今よろしいでしょうか?」
可愛らしい声が聞こえ思わずニヤける
初めから比べると私室まで来てくれるようになったのは感無量だ
「アヴァかぃ?どうぞ。」
失礼しますと声が聞こえ扉が開く音がした
「お疲れの所すみません。」
白いフリルのネグリジェに深紅のガウンを羽織ったアヴァが現れた
ゆるく編んだラベンダー色の髪の毛を横に流している
これは…
控えめに言ってヤバい
風呂上がりの良い香りもする
大事な話をしに来てくれたアヴァには申し訳ないが、浮足立つ。
何となく目のやりどころに困るが気付かれない様にする
「いらっしゃい。今朝の話だよね?」
そう言って隣に座るように促した
“失礼します”と言ってちょこんと横に座るアヴァ
“かっ、可愛いっ…”
恋人なら抱きしめられたのに…そう思いながら必死に耐える
「…。」
「…。」
何処から話しだしたものか。
「あのっ。」
アヴァから話しだしてくれた
「昨日言われていた、“1度目”についてなんですが…。」
「うん。」
「すみません。私には何のことかわからなくて…。」
想定はしていたが、実際に本人が言うと少なからずショックを受けた
「…そうか。」
「教えていただけますか?公爵様の仰る“1度目の人生”について」
思わず顔を見ると真剣なアヴァの瞳と目が合った
「君にとって辛いことだよ?聞きたいの?もしかしたら混乱してしまうかもしれない。」
“死を選んでしまうかも知れない。”
「大丈夫です。だって、“過去”ですもの。私はそんなものに負けたくありません。知りたいです。」
“あぁ、やっぱり茉優だ。”
瞳の奥に前世の茉優を見た気がした
負けず嫌いは相変わらずだ。
1度目のアヴァにはなかった負けん気は、きっと2度目の茉優の人生で得たものだろう。
「そうだね。1度目は、君を街で見かけてね。この間のように求婚したよ。元々は縁談よけの為だ。君には“一目惚れ”だと嘘をついた。」
最低だろ?
そう言いながら自分のした事を話していく
伯爵家に養子にさせ、娶ったこと
愛していると言った割に白い結婚だった事。
恐らくアヴァ自身は察していたこと。
それでもアヴァは何も望まず穏やかに微笑んでいたこと
そうやって過ごしている内に自分自身がアヴァを愛するようになったこと
それでも素直になれない口下手な自分がいたこと
アヴァと観に行った収穫祭で踊るフローラと出会ったこと
目が合った瞬間
アヴァとの記憶にモヤがかかったこと
彼女がそばにいる時は思ってもいない事を口走ったり
アヴァ自身に憎しみが生まれたこと。
そうして、あの日
「君…アヴァがフローラに呼び出されたと影から報告があり慌てて後を追った。私自身の問題だからフローラと会わなければ、距離を置けば自然と戻るとおもっていたが…」
2人を見つけた瞬間
彼女が自ら階段から落ちるのを見た
そうしてアヴァが助けようと手を伸ばしたのも見た
なのに
「あの女が、私の名を呼んだ瞬間、頭に靄がかかった。あり得ない記憶が現れ、アヴァに怒りが湧いた」
そうして、腰に差した剣を
「私は君を…彼女を殺したんだ。」
アヴァは何も話さない
私の話を静かに聞いていた
「僅かな…最期の力でアヴァは私を呼んでくれた。そこで我に返ったんだ。」
なんてことをしたのだろう。
記憶の中の自分の行動に再び怒りがこみ上げた
「今は…収穫祭前だ。私はあの女の事を調べている。あの女自身も平民だ。だが元々は他国の没落した貴族で、ある程度魔力を保有していることもわかった。…それが魅了魔法であることも。」
「魅了……。」
彼女が魅了を使っていたなんて原作にはなかった
あたしは最後まで読んでなかったから分からないがアヴァは彼女に嵌められたのか…。
“貴女は辛い人生だったのね。”
同情するのは烏滸がましい。
彼女自身、おっとりした性格だったのは“あたし”が覚えている
嘘だと分かっていても助けてくれた公爵様のご恩に報いたかったのかもしれない。
見向きもされなくても微笑んで、少しでも彼の心に平穏が来ますように。居場所となるように。邪魔にならないように。
きちんと身をわきまえていたのかもしれない。
「今度こそ、私は君を守る。君を愛しているんだ。」
真摯な目で見つめられ心臓が跳ねる
「…私がそもそもこちらに嫁入りしなければ、守る必要もないのでは?」
アヴァの事を想うなら諦めてと暗に含んだ
「…ココだけの話だが。あの女の手下が君の周りを嗅ぎ回っている。」
「…えっ?」
まだ、出会ってすら居ない私自身を、ヒロインが?
「私、彼女を知りません。」
そもそも彼女を知らないのに何故?
「…そもそも1度目の時、あの女を見かけた舞台では民衆がかなりの人数居たのにも関わらず何故“私”に魅了魔法を掛けたのか。それも不思議に思っていた。」
“たしかに。”
舞を舞っていたあの舞台の周りは祭りということもありかなりの人々がいた。
「単純に私の事を好いていただけなら魅了魔法を使い私が別れるのを待つだけで済むはずだ。君を追い込む必要はないのでは?…私たちは、当時…そんなに親しくしてはいなかったのだから。」
自分で言っていて虚しくなった。
“なるほど。”と頷いているアヴァをみてさらに虚しくなる。
「仮に私が君を諦めたとしても、恐らく何か別の方法で君を害するのではと危惧している。…それに私自身、君を諦めるつもりが全くない。」
諦めるつもりはないが、嫌われたら元も子もない。
記憶を、ゆっくりと振り返り話をしたが
彼女は、パニックにはなっていないだろうかと様子を見る。
私の言葉を思い返し、“なるほど。”と小さく納得していた
「愛しているのは変わりないんだ。今も昔も。君がどんな姿に変わろうと君だけを愛している。頷いてはくれない?」
困り顔でこちらを見る公爵様
そんな表情すら見惚れてしまう
大きく息を吸う
“アヴァ、貴女は、どうしたい?”
あたしの中に居るのかもわからないが聞いてみる
もちろん、返事はない。
それでも“あたし”の思う通りで良いんではないかと
それが正解な気がした
「公爵様…。その結婚お受けします。」
私も好きです、その一言が中々言い出せない。
「ほんとに?」
半ば想定外と言わんばかりの表情でこちらを見ている
「はい。宜しくお願い致します」
深々とお辞儀する
直後、凄い力で抱きしめられた
「ありがとう!アヴァ。愛している。」
そのまま頬に口づけられた
「っ!?」
頬に手を当て公爵様を見つめる
「今はまだね、君の気持ちを聞いていないから。君が良いと思えた頃にね。唇は楽しみにとっておくよ。」
大事にするよ、奥さん。
そう言って破顔した彼を私は忘れない。
読んでいただいてありがとうございます。
誤字脱字あれば教えて頂けたら嬉しいです。