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名もなきファンタズマ  作者: 佐藤華澄
9/11

図書館では静粛に

 小さな町の小さな図書館。とても平和で、とても静かな図書館です。70番代と380番代の本が並んだ本棚の前に、それは落ちていました。ボロボロのランドセルを背負った、醜い顔立ちの、みすぼらしい女の子の死体です。その死体は、ずっとずっと前からそこに落ちていました。

 しかし、誰もそれを指摘しません。なぜなら、図書館では静かにしなければいけないからです。死体に少しでも動揺しようものなら、静寂に水を差すなとばかりに、すぐさま利用客からの厳しい視線が飛んできます。だから、図書館では静かにしなければいけないのです。


 ある日、身なりのいい少年が、はじめてこの本棚に気がつきました。彼は幼い頃からずっと図書館に来ていたのに、小学校高学年になるまでこの本棚を知らなかったのです。覗いてみると、そこには死体が落ちていました。少年は驚いて、きょろきょろと周りを見渡しました。しかし、利用客のみんながみんな、少年から目を背けてしまいます。少年は仕方なく、司書さんのいるカウンターへと駆け出しました。

 司書さんは、図書館で走るというマナー違反を怒鳴りもせず、少年に優しく声を掛けました。どうやら司書さんは、他の利用客と違って、少年の話を聞いてくれそうです。少年は息を切らしながら、先ほどの本のコーナー名を挙げて、あそこに女の子の死体が落ちていますと言いました。途端に、司書さんは顔を曇らせました。司書さんはちらりと周りを一瞥してから、眉をハの字にしたままこう言いました。図書館では静かにしなければいけません。それからくるりと背を向け、少年がなにを言っても無視するようになってしまいました。

 少年は仕方なく、他の利用客の手を借りようと、カウンターを離れました。しかし、どの利用客も、少年が話しかけようとすると目を背けたり、すっと離れたりして、やはり取り合ってくれません。少年はしばらく館内を回っていましたが、ついに他の利用客に頼ることを諦め、自力で死体を運び出そうとしました。少年が死体に手を伸ばそうとすると、誰かの舌打ちが耳に届きました。ハッと顔をあげると、先ほどまでは懸命に少年から目を逸らそうとしていた利用客の視線が、一斉に彼に向けられていました。その瞳には、怨恨や憎悪や悪意に似た色が宿っています。思わず硬直してしまった少年に、利用客のひそひそ話が流れ込んできます。

 ──ほんとに迷惑ねえ、図書館では静かにしなければいけないのに。

 ──ええほんとにね、図書館では静かにしなければいけないのに。

 ──さっきから目障りなんだよ、図書館では静かにしなければいけないのに。

 少年はようやく気がつきました。図書館では静かにしなければいけないのです。少年は図書館で静かにしなかったから、嫌悪を向けられているのです。少年は、図書館で静かにするべきでした。図書館で静かにしなかった少年が悪いのです。少年は気まずい顔で立ち上がり、そっと死体から離れました。すると、利用客からの嫌悪の瞳は、途端に緩まりました。足音を立てないようにしながら、そっとそっと死体から離れてあとずさります。そうすると、利用客は少年の方すら見なくなりました。図書館で静かにすると、誰も怒らなくて済んだのです。少年はそのまま、図書館から出て行ってしまいました。


 小さな町の小さな図書館。とても平和で、とても静かな図書館です。70番代と380番代の本が並んだ本棚の前に、それは落ちていました。ボロボロのランドセルを背負った、醜い顔立ちの、みすぼらしい女の子の死体です。その死体は、ずっとずっと前からそこに落ちていました。


 死体は今も腐り続けています。

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