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〈5〉過去

 リオは背中で手枷を嵌められ、狭く薄暗い部屋に、乱暴に放り込まれた。


 足元で、じゃり、という音がする。塵の匂いが濃い。一息吸うだけで、埃が鼻に詰まるような気がした。


 連れていかれたのは人身売買市場だった。


 ろくな説明はされなかった。ただ、「買い手がつくまではとりあえず入れて置け」「競りに出す奴隷は向こうだ」といった、見知らぬ男達の会話が、ここはそういう場所だとリオに教えた。


 薄い壁と、格子が嵌まった小さな窓。部屋というより、牢屋といった方が正しい。

 自分達は"安い商品"なのだと、一見して分かる。

 養子として引き渡されるだとか、どこぞの商家で奉公させられるだとか、そんな恵まれた待遇を受ける事は無さそうな、酷く陰鬱な雰囲気だった。


 当然というべきか、そこはリオの一人部屋ではなかった。

 彼のように売り飛ばされる予定の子供達が、同じ様にたくさん押し込められている。


 時々食事を運びにくる見張り達の会話から察するに、成人している商品は、別の部屋に分けて入れられているようだった。



 それから、何日にも渡り、リオは劣悪な環境に身を置いた。

 不衛生な状態である事に加え、食事は日に一度もらえていたかどうかも怪しい。


 汚れた浅い皿に、具の無い不味いスープを、床に無造作に置かれるだけの食事は、手枷が後ろで嵌められているため、犬のように這ってしなければならなかった。


 リオより前に来た子供達は、買われる以外でも段々と数を減らしていた。

 汚物の匂いに紛れ、とても見られないようになるにつれ、商品価値が無くなってしまうらしい。

 汚れきって全く見向きもされなくなった子供や、買われる前に弱って死んでしまった子供は、いつもの見張りに、部屋の外へと運び出されていく。

 死体と一緒に連れていかれた子供がどうなるか、リオは考えるだけで恐ろしかった。


 また時折、部屋に明かりが差し込んだと思えば、こんな汚ならしい場所には不似合いな、小綺麗な格好の人間達が、リオやほかの奴隷をじろじろと見ていく。


 そういう時は、リオより後に新しく部屋に入った子などが、ここぞとばかりに、「出して、出して」と喚き、部屋の外の人間に「あの煩いのはいらない」という評価を受けていた。


 早めに売れて連れ出される子供の方が、まだましな気さえしてくる。

 売れ残り、長引くほど、身なりは汚れ、買い手もつかなくなる。

 リオがまさにそれだった。


 とうとう部屋の中で、リオは最も古い商品となってしまった。


 馬車から突き落とされてから、もう何日経ったかも分からない。

 家に居た時も虐待されて辛かった。家の中は地獄だと思っていた。だが家の外もまた地獄だった。


 殴られる事は無くなったが、前より腹が減っている。身体中が痒くて、体力も削れきっていて、心も麻痺して、何も感じなくなっていく。もう悲しむ余裕すらない。

 リオを騙して捨てていった家族を、恨むだけの気力も残っていない。

 最後はただ、息をするだけ。


 結局リオは、最後まで買われる事も無く、"最終処分場行き"になった。












 最終処分場とは、つまりゴミ捨て場の事だ。

 売れ残りのリオは、ゴミと同じ扱いであるらしい。彼も、部屋の中で弱って死んでしまった他の子供も、もうすぐ廃棄処分されるという。

 見張りの口からその言葉が出た時、リオの心は再び動きを見せた。


 ここから出られる。


 運ばれる途中で、逃げ出す事が出来るかもしれない。


 だがそれは甘い考えだった。体が弱っていて、激しい動きは出来ない。見張りの目を盗む事も、拘束されたまま逃れる事も難しい。


 何よりも、最終処分場は、リオが頭に思い浮かべたような場所では無かったのだ。


 リオが想像していたのは、ガラクタが積まれたゴミ山だった。

 そこへ死体や売れ残った商品も一緒に積み上げるのだと思っていた。

 もしくは、柔らかい土を掘った大きな穴に、ゴミと共に埋められる。せいぜいその程度だろう、それならば、何とか這い出て逃げられるはずだ。そう考えていた。



 しかし連れていかれてみれば、そこは地面が見えない程深い、険しい崖だった。


 死体と売れ残りを乗せた粗末な馬車は、道を逸れて、崖の側にとまる。

 危険な場所ではあるものの、道路は太く、街へ繋がる通り道でもあったため、それなりに馬車の行き交いは多い。


 馬車を下りたリオと売れ残り達は、絶壁の縁に並んで立たされた。


 御者の男が下りてきて、馬車の中に残った死体を担いで運び出す。「ああ、嫌だ嫌だ、嫌な仕事だよ」心底不快そうに顔を歪めて、御者が言う。

 汚い物を触りたくないという言い方だった。処分される奴隷が可哀想だとは、微塵も思っていないようだった。


 ここまでくれば、リオはもう、自分がどうなるのか理解出来た。


 逃げなきゃ、逃げなきゃ、と思うのに、震えるばかりで、足が一歩も動き出さない。


 リオの目の前で、死体が飛んでいった。

 御者の男が放り投げた死体は、真っ暗な崖の底へ、深く深く落ちていった。








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