もふもふしっぽは丸投げされた
「魔法が……使えない?」
今まで己が目指してきた、ただ一つの夢を打ち砕く一言に、イシュカの頭はなかなかついて行かなかった。
「でも、確かにすごく遅かったですけど、ちゃんと……。」
「アタシの魔法は魔力がなくても、ある程度動くようにはできてるんだよ。」
イシュカの思考回路を読み取ったかのようにスキア
は言い、諭すようにもう一度告げた。
「イシュカ。アンタに魔法は使えない。だから、アタシはアンタを弟子にできない。」
死刑宣告も同然だった。
ただ、両親が残してくれた触媒に魔法を入れたい。
それだけがここまでイシュカを支えてきた、唯一の夢だった。
それが叶わないと知って、イシュカの目の前は真っ暗になった。
さすがに言葉を無くして呆然としているイシュカだったが、こればかりはどうしようもない。
精霊がついていないと言われては……。
「……精霊を後からつけるとか!」
「生まれ持ってくるものだからね。それは出来ない。」
「……誰かの精霊を借りるとか!」
「そう都合のいいものじゃないよ。」
「……う、奪い取る、とか……。」
「物騒な子だね。人殺しでもするつもり?」
思いつく限りの案を上げては見たものの全てスキアに却下され、イシュカは項垂れた。
まさかこんなにも早い段階で、生涯の夢を絶たれようとは思っていなかった。
「精霊がいないこと自体は別に珍しいことじゃない。特に、魔力より肉体的な強さが目立つ獣人たちにはついていないことも多いよ。」
スキアの慰めにならない慰めに、イシュカはより項垂れてしまう。
その様子を先程まで黙って見ていたアルフは、深いため息をついてスキアを見る。
「何かの手伝いくらいさせてやったらどうだ?少しでも魔法に係わっていれば、万が一ってこともあるだろう。」
スキアは眉間に皺を寄せ、憚りもせずに嫌がった。
「ダメだね。育つ見込みのない子を世話してやるほどアタシは暇じゃないよ。」
「あんたが忙しいとは初耳だが……。魔法技師として磨いてやるのはどうだ?才能は持っているかもしれないぞ。」
「アタシは魔法使いで、魔法技師じゃない。持ってない知識は教えられないね。」
アルフの言葉に希望を見出して顔を上げては、スキアの言葉に打ち砕かれて項垂れ、それを繰り返していたイシュカの姿にアルフは思わず口を滑らせた。
「魔法について学ばせるくらいなら俺にもできる。あんたに出来ないわけ……。」
アルフはハッとなって言葉を止めたが、時既に遅しということをスキアの表情から悟る。
ニヤニヤだ。これ以上ない程にニヤニヤしている。
「あらぁ、そう? アルフでも出来るのね?」
アルフは気づいた。
己が嵌められたことに。
これを狙っていたのかと。
スキアは最初から、アルフに押し付ける気でいたのだ。
「いや、それは言葉のあやで……。」
「よかったねイシュカ! アルフが面倒見てくれるって!」
スキアによってアルフはますます引っ込みがつかない状況に追い詰められていく。
挙句、暗闇の中に一筋の希望を見いだしたようなイシュカの眼差しが痛い。
「……良いんですか?」
控えめながらも、言葉の裏に拒否を恐れる色を滲ませているイシュカにダメだと言えるほど、アルフの心は強かでなかった。
諦めたように深いため息をついて、アルフは覇気のない声を出す。
「……お前は、俺でいいのか?」
「私、魔法について教えてくださるなら、魔法使いの弟子でなくても構いません!」
イシュカは少しの希望でも追いかけるべく、強く言い切った。
だが、イシュカを見る二人はキョトンとしている。
何かおかしなことを言っただろうか。
イシュカが徐々に首を傾げていくと、スキアは然も当然と言うように告げながら部屋の一角を指差した。
「何言ってるんだい?アルフはアタシの弟子。魔法使いだよ。」
指差された先へとイシュカが視線を向けると、そこには灰色のローブがあった。
スキアはすでに真っ赤なローブを羽織っている。
ということはあれは……。
「アルフさんが……魔法使い様……。」
まじまじと尊敬の念を向けられると、純粋な眼差しにいたたまれなくなりアルフはスキアに確認する。
「俺はまだあんたの弟子だが、その俺が弟子なんてとっていいのか?」
アルフの問いにスキアは追い払うような仕草で手首を振った。
「何言ってるんだい。アタシがアンタに教えることなんてもうないに等しいよ。アンタ自身の成長のためにも、良い経験なんじゃない? 協会は文句を言うだろうけど、そこはうまいことやるしかないね。」
手放しで了承してくれるスキアに、アルフは少しだけ自信を持ってイシュカの瞳を見返した。
若草色の瞳には無条件の信頼が浮かんでいる。
この瞳を裏切らずイシュカの望む知識を与え、万に一つでもその夢を叶えられたら。
重責ではあるが乗りかけた船であるし、己が断ればイシュカは再び露頭に迷うことは必至だった。
つい数時間前までは、人間のことはよくわからないし関わりたくないと言うのがアルフの本音だった。
だが、懸命なイシュカの姿は種族の垣根を超えて、力になりたいと思わせる何かがあった。
小さな覚悟のため息を一つ、アルフはイシュカに右手を差し出した。
「至らない点もあるだろうが、俺にわかることは教える。俺の弟子になるか?」
差し出された大きな手。
人に近い形のそれに肉球はないが、人にはない鋭い爪がある。
イシュカはじっとその手を見た後、顔を上げアルフの槿色の瞳を見る。
何を考えているのか、イシュカにはわからなかったが、責任感は伝わってきた。
「どうか、よろしくお願いします。」
その瞳を真っ直ぐ見つめ返して、イシュカはアルフの手を取った。
珍しい獣人の魔法使いと、精霊のいない落ちこぼれの弟子が、その時誕生したのだった。