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祈る娘  作者: オーガ
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第87話



 カンタンの話はこうだった。

 

 食い詰めて都市から都市へと流れるうちに、博打で多額の借金を作ってしまった。その借金の形に下働きをしていたが、今年の春先に王都へ荷物を運ぶ仕事ができるかもしれないから、そのつもりでいてくれと言われたという。

 

 その上荷物を届けたら、今までの借金は無しにするという、破格の仕事であった。

 カンタンは二つ返事で引き受けて、王都に行けと言う指示を待っていた。

 夏になった頃、あの話は無くなったのかと思い始めた時、王都に出掛ける話がもたらされた。

 荷駄を王都の商店に届け、受け取りを貰って帰ってくれば、借金は無しになるはずだった。


「王都に行く前日に、景気づけにと酒宴があって、たらふく酒を飲ませてもらったんだ。その時少し酒の味が変だと思ったんだが、酔いつぶれるまで飲んじまった。王都に向かう途中から、腹を下したり吐いたりと、今王都のはやり病と同じく、具合が悪くなったんだ」


「それを依頼して来た者は何という奴だ?」


「地元の元締めみたいな奴で、悪い事にはほとんど絡んでる奴だよ。顔は滅多に見た事はないが、確かガスパルって言ったかな?」


「そんなに具合が悪くても、王都にやって来たんだな」

「ああそうさ、受け取りを持って行きゃあ、借金がチャラになるんだ。俺だって頑張るさ」


 カンタンが荷駄を運びこんだ商店は、イーザロー国とも取引を行っている店で、表立って目立つ店ではなかったが、これから調べる事になるだろう。


「その荷駄の中身は見たか?」

「いや、堅く包まれていたから、見る事はできなかった。ただ大きさに比べて酷く軽かったし、独特の匂いがしたな」


 侯爵もオテロもカンタンが王都に運んだ荷駄に、意味があるのかと考えた。

 それよりも、カンタンの病状である。

 このように働くのが嫌な男は、自分に都合の悪い事が起きると、それを理由に仕事を止めてしまうのだが、辛い病状であっても、王都に来ると言う熱心さは、借金を返したい一心からだったのだろう。

 

 そうせざるを得なくして、カンタンを王都に来させた理由は、荷駄を届けるのが目的ではなく、彼自身を王都に潜入させる事が目的ではなかったのだろうか。


 ――王都にカンタンが罹った病を持ち込む事が、本当の目的ならば?――


 王都に疫病を流行らせたいと思う者は、今の所一つしか思い当たらない。

 イーザロー国が、このすべての事件の裏にいたのかと思うと、怒りが湧いてくる。

 

 春の小競り合いから始まり、姫の来訪、王太后の復帰、疫病の蔓延、王太子達の暗殺未遂、王の暗殺未遂、あり得ない程の事柄に、イーザロー国の手が及んでいたのだろうか。


 あの国に、それ程頭の切れる者が居ただろうかと、思い悩む。

 ブリニャク侯爵には、こんな事を考えつく男は、一人しか浮かばない。

 だがその男ももう、この世には居ないのだ。

 死者は黙して語らずだ。


 カンタンは自分の情報が助命に値するか、不安げな顔で侯爵を見ていたが、侯爵はなんの回答も顔に出さなかった。


「調べてみる。オテロこの男を頼むぞ」


 言い置いて侯爵は部屋を出て行った。むせ返るような暑さの部屋は、居たたまれない空気だった。




     ***



 ラウーシュは、ポクポクと馬を歩かせ暑いさなか王都の商店街にやって来ている。人っ子一人おらず、店も荷物が入ってこないから、開店休業状態だった。

 

 ブリニャク侯爵から頼まれ、商店を調べに行く所であった。

 無位無官のラウーシュだが、宰相不在の上に、加担した貴族が多く捕らえられている中、動ける若手があまりおらず、彼にお鉢が回って来たのだ。

 

 荒事には全く不向きだが、それでもリリアスの父の頼みとあれば、承知するしかなかった。

 ラウーシュとしては、ここで点を稼いでおきたい。

 

 勿論分隊の衛兵がおり、下士官が付いて来ていた。

 ラウーシュは所謂いわゆる箔付けであり、貴族の存在が平民への押しの強さになるのだ。それに下士官では、想像力が働かず聞き取りには個人能力に差があり、頭が切れる人物が居るのが良かったのだ。


「今回の謀反人に、レキュアの知人は居たのか?」


 勿論ラウーシュも数人の知人が謀反に加担していたのだが、それでも無神経な質問だが、二人の仲なので許されるのだろう。


「いいえ、ブリニャク侯爵閣下にお聞きした名前の中には、知り合いはおりませんでしたが……。我が国でこんな事が起こるとは夢にも思いませんでした。とても、残酷な事件ですね」 


 昨日までの友を今日は、裁く事になるのだから、誰も良い気持ちではないだろう。だが謀反が成功していれば、立場は反対になる訳でそれはそれで、困った事になっただろう。

 

 デフレイタス侯爵家が政治的に力が無いのは、本来なら貴族として致命的なのだが、奇跡的に生き残って来たのだ。

 勿論財力という力はあるが、貴族が働くのはよろしくないので、表立ってしていないが、趣味を広げると商売になってしまうのだから、仕方が無い事ではある。


 その商店は扉を閉じて、営業はしていなかった。王都ではどの店もそうなので、不思議ではなかった。

 下士官が扉を叩いて開けるようにと、呼ばわったが中からは返事はなく、人の気配もないようだった。


「どうしますか?」

 下士官は一応、顔を立てて伺って来たが、ラウーシュは首を横に振った。


「お前の考えで動いて良いぞ、後は私が責任を持つ」


 普通の状態ではなく、事件性を考えての訪れなので、下士官は頷いて裏口にも兵を配置してから、表の扉の鍵を壊して、中に入って行った。

 

 薄暗い店の中は空気が淀み、薄っすらと埃が舞い人の出入りが暫く無いように見えた。

 この店は依頼されればどんな商品でも、他国から輸入し取り揃える事で有名で、中も大きなカウンターとその後ろには壁一面に棚が作り置かれていたが、何も残されていなかった。

 あったはずの客用のテーブルと椅子などもなく、広いホールがあるだけだった。

 兵が階段を駆け上がり、扉を開けて様子を見たが、誰も居なかった。店の中も二階もすっからかんで、引っ越した後の様だった。


「逃げられたか。王都が閉鎖される前に、脱出したんだろうな」


 下士官もラウーシュの言葉に頷いた。

 意気込んでやって来たが、ここで手掛かりの糸は切れた。

 ラウーシュは、ほっとしたのかがっかりしたのか、微妙な気持ちだった。

 その顔を見て、ラウーシュの内心が分かったレキュアは、クスクスと笑っていたのだった。





「そうか……すべてが計画された物なら、とっくに逃げているだろうな」


 王宮のブリニャク侯爵の執務室で、ラウーシュは茶を飲みながら報告をしていたが、まるで子供の使いのようで少し恥ずかしかった。


「今国政はどなたが執られているのですか? 結構な貴族が抜けてしまって、陛下はお困りになっておられるのでは?」


 ブリニャク侯爵は胸に顎を埋めて、思案顔だった。

 

 王太子達は命を取り留めてはいたがまだ病床で、補助する事が出来ず王自ら、陣頭指揮を執る形になっていた。運よく軍は機能を失ってはいなかったので、治安維持や他の貴族への牽制となり、王の立場は悪くは無かった。


「我々は安穏な生活に慣れ、全てをあいつに任せきっていたのだ。それでうまくいっていたし、誰も困らなかった……」


 侯爵の口調はまるで宰相を失くした事が、残念であると聞こえるが、まさにその通りで国政は宰相の代わりに誰がなるかで、揉めているのだった。 

 

 誰も後を継ぎたがらなかった。

 国政を牛耳る事が出来るのに、名乗りを上げないのはいかに宰相が優秀であったかの証拠であり、今回謀反を起こした貴族の方が、やる気があったと言う皮肉な結果であった。


「情けないと言うのは簡単だが、あいつに全てを任せて楽をしてきた、我々の怠慢が問題だろうな」


 事務方は宰相の指導宜しく、粒ぞろいで下処理はできるのだが、舵取りがいないのが痛いのだ。


 今は宰相の秘書をしていたカノーが、受け持っていた仕事を取り仕切っているが、新しい案件が出てきた場合困る事になる。


「その秘書官は、大丈夫なのですか? 宰相の息がかかっていたのでしょう?」


「彼は何も知らなかった。表の仕事にしか関与していない。真っ先に、生き残った彼を尋問したからな。それより、あいつの護衛をしていた男が、行方が知れないのだ。屋敷から逃げ出した貴族を、縛り上げ林に転がしたのは、護衛なのだがその後の消息が分からない。護衛こそ、あいつの動きを知っていたはずなのだがな」


 ラウーシュも宰相の後ろで剣を腰に下げて、いつも護衛をしていた男を思い出していた。


 ――たしか、コエヨとか言ったな――


 意志の強そうな、屈強な男という印象だった気がする。






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