大会
気付けば、私はそこにいた。
時は草地も眠る丑三つ時。夜空には星はなく、代わりに大きくて淡い光を放つ、美しい満月が浮かび上がっている。その月の光は大地を覆う白を照らし、一つの芸術を作り上げていた。
銀世界
そう、私が立っているこの地は雪で覆われていた。月明かりに反射してキラキラするその光景は、絶景の一言に尽きる。
暫し、その静かな絶景を身に染みて見つめる。不思議と寒さは感じない。お陰でいつまでもその時を楽しめた。
どれくらいそうしていただろうか。ふと、背後の方からさくさくと雪を踏みしめる足音が、僅かに聞こえる。
そちらへ体ごと視線を向けると、白い少女がこちらへ向かって歩いていた。顔を下に向け、弱々しいその少女は謎めいた存在感があった。
まずは、服装。この雪の中だというのに、白地に赤模様の入った薄汚れたワンピース一枚のみで、その他の防寒の類いは身に付けてない。寧ろ、靴も履いておらず裸足で雪の上を歩いていた。
そして、何か赤い物を少女は大事そうに腕で包みこんでいる。あれは何だろうか。しかし、自分はそれを知っているような気がした。この少女が懐かしく感じた。しかし、明るい気持ちは湧いてこない。そんな少女を眺めているうちに自分との距離が近くなっていた。と、そこで気付いた。鉄の臭いが鼻腔をくすぐる。そして、赤模様のワンピースだと思った物は違った。
血だったー………。
その血の元は、少女が大事に抱えているモノであった。それが何だったのだろうか。原型が分からないほどの赤い塊。
その塊が近付く度に、自分の中でナニかがいつの日か感じたように、ザワつく。黒い感情が体の奥からジワジワと侵略され、溢れ出そうだ。
赤い塊から滴り落ちる血は、少女のワンピースを伝って、白い雪を赤い血痕でポタポタと汚していく。
じわじわと黒い感情が、湧き水のように静かにゆっくり自分の中を満たしていく。
怒り、哀しみ、絶望、失望、焦燥……
「思い出して。この光景を、この気持ちを…」
私の中の黒い誰かが私にそう、声を掛ける。
「忘れてはいけない。自分も、このコをこんな事した人々も。だからー」
白い少女の顔が自分の視界に映る。少女の顔はー…
『 』
黒でぐちゃぐちゃだった。
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ガッタン!!ゴロロロー。
ただいま、馬車の中を転がってます。え?何してるかって?出荷ではないよ。闘技場って所に向かってるのです。ええ、大事なことなので2回言いますが、出荷ではありませんっ!!
うぉおおおぉぉおおぉ~…。
アルさんと馬車に乗っているのですが、転た寝していたら寝ぼけて座席から落下して、転がったのだ。そして、何度も床を馬車の揺れに合わせて右へゴロゴロ~、左へゴロゴロ~と転がっている。
いや、これは遊んでいるんじゃないだよー。捕まる場所とか無いんだよー。てか、アルさんの足に捕まりかけたら振り切られたし。助けないし。見下ろして笑っているだけ。何この人、酷いし、恐い。
助けてよぉおおおぉぉ!
「…クロ様、着きましたよ。いつまで床に這いつくばっておいでですか?」
そして、現地に到着しても優しさの欠片も見当たらず、扉を開けて自分が先に降りて、自分で降りろと目が笑ってない顔で促してくる。何これ、酷い。
そんなに、出掛ける前に私が駄々こねて、アルさんのお気に入りであり、いつも履いている黒革の靴をガジガジしたのが許せないのでしょうか?あ、それが原因で合ってるって笑顔で返してる。やったー、当たったわー。アハハハハハハハハ…………
ごめんなさい。
それは、私がアルさんのお気に入りを、ガジガジした所為でこんなにお怒りであったのだ。普段は酷いながらもフォローはやってくれるのだ。謝るから、馬車から降ろすの手伝って。高すぎると、短い両手をアルさんの方へ伸ばして、万歳の形でお願いした。もう、ガジガジしないから。嫌なことあったら今度は別のでガジガジするから。え?お気に入りのネクタイも駄目?しょーがないなー。
アルさんとじゃれ合っているが、ここに来たのは遊びのためではない。仕事である。私は嫌だあああああと全力で駄々こねたのだが、とある方の陰謀により巻き込まれた。
一年に一度、この国では、特に盛り上がるイベントが開催される。ここ会場、闘技場にて開催される剣技競技大会という物がある。
昔は、自分のお気に入りの武器を使って優勝を競う流れだったが、いつの日かの王が「こればっかりつまんなくね?」と、お言葉されたのをきっかけに、やり方が変わったそうな。それから代々、王と騎士団団長のみでお題を決めて、そのお題に沿った物を使って競うようになったとか。過去の物を挙げると、剣のみとかのスタンダードから、剣と斧や弓と短剣等、違う物を混ぜた物もある。そんな武器のみかと思ったら野菜、というお題もあったとか。
え、何それ。気になる。私もネギソールド!とか言ってみたい。因みに、その時の優勝は大根。2位がカボチャ。3位が玉ねぎらしい。
そして、今年は「獣使」がお題に出された。人がメインでは無く、自分が使役している相手ー…。つまりペットがメインである。
なんか、とあるところのキャップ帽を常に被っている少年が、赤白のボールを投げて、そこから黄色い鼠を出す物が頭に浮かんだ。
「殿下はこちらでお先にお待ちでございます」
アルさんに抱っこされて(許してくれた)、殿下のいる控え室へ来た。
殿下は前日まで、別件で出張していたため、そのまま会場へ足を運んでいた。
「殿下、おまt「アル、気安くクロに触るな」仕事ですから」
扉を開けたら、殿下が既に目の前にスタンバイしていた。それをスルーしてアルさんが、お決まりセリフを口にしている最中に、更に自分の存在をアピールするかのように遮るも、アルさん再びスルー。強い。色々強い。
それに対し、殿下は顔面に押しつけられた私をそのままに、固まってしまっている。どうした、殿下。ここで押される貴方ではないはずだ。もぞもぞと動いて様子をうかがう。
「………もふもふ(小声)」
……何?この状況を楽しんでいる、だと…?その証拠に鼻息が荒い。驚きに目が大きくなって顔を自身のお腹に埋めてる殿下を凝視してしまう。落ち着かないぃ。そんな状況を予想してやったのか、アルさんはそのまま私を殿下の顔面に押しつけている。ぐいぐいと押しつける。止めてよぉおおぉ。お腹の毛が薄くなったらどうするのよー。と、そんなシュールで変な空気の中、とある人物が来た。
「やぁやぁ、殿下!失礼しますぞー。そろそろ会場の方へ…って、何してるんだ?」
この大会を仕切る一人、騎士団団長であった。
団長直々の案内により場は移って…。まずは毎年している、大会に当たっての注意事項や説明を団長が、人々が集まる広場全体を見渡せるバルコニーへ立ち、挨拶を含めて話をする。その後、王族代表と言うことで、殿下も挨拶をするという。…と、話を聞いていたが。
人…多過ぎじゃ?え?これ、観覧席の所も満席だけど。会場も隅から隅まで人しかいないのだが。え?ここにどれだけの人が集まってるの?!
「フフフ…凄い数の人々だろ?この広い会場にいる全ての人は、我が国の力に自信あり、挑戦を臨む者たちだ」
なんと、国中の人々!圧倒される光景である。しかし、これだけいれば一日では終わらないだろう。どうするというのだろうか?
「まずは事前に、それぞれの力を水晶で測定し、そのレベルをD~A,Sランクと大まかに6組に分けてそれぞれ競うのだ」
へー。じゃ、私は以前チンピラくんに測って貰ったからAかな?頑張ろー。と、思ったら。
「あぁ、因みにクロはSランクグループだぞ。気合い入れて、優勝取ろうな」
殿下がまたまた爆弾発言してきた。
おぅ…?何故?え?新たないじめですか?ボコボコにやられろってこと?
疑問が私の中で連発した。え?だって、意味分かんないじゃん?
「ん?何を困惑している?クロはあれから大分成長していること…気付いてないのか?」
え?
「もうお前は既に魔力をコントロールすることが出来ている。更に、あれから全体的にステータスも上がった」
な、何ですと…?
「だから…あー、あの辺りだな。あれらと戦うぞ」
えーと…?あれ?皆、もうなんかオーラ纏っているのですが。あれと戦うって?
そこには、戦いの猛者感が溢れる者たちしかいない。きっと、生死がちらつくほどの経験をしてきただろうと、容易く思われる者しかいなかった。
頬に深く刻まれた、十字型の傷を持つ大きな黒い熊さん。喧騒にも気にせず、静かに黙祷するグレーのオオカミ。しかし、やはり大きさからも普通の獣とは違うことが一目で分かる。シュッシュッと切れ味が良さそうな音を出して、戦いに備えている……サルがいる。ボクシングが得意なようだ。
強そうな生き物がうじゃうじゃといた。
私は本当にあんな彼等と戦うのだろうか?戦えるのだろうか?不安が積もっていく。何故、殿下は優勝出来ると思い込んでいるのだろう?私はか弱き生き物。ただ偶然に魔力が普通より多い黒いウサギ。
そう、思考に少しふけっていると、殿下が私を床へ降ろした。そして、俺を見ていろと告げ、国中の人々が集まる広場を見下ろせるスピーチの場へ出る。すると、先程騒がしかった会場が一気に静まりかえり、空気が緊張感に包まれた。皆、殿下を注目し、殿下のお言葉を待っていた。
「…今年も、力に自信ある者。己の力を試したいという挑戦者よ、準備の方は万端だろうか」
殿下は辺りを静かに見渡し、あの圧倒される人々の前でありながら、堂々としていた。その後ろ姿に自然と心臓が高鳴る。
「己の力を信じ、戦い抜け!!ここにはたくさんの挑戦者が集まっている。しかし!一番のライバルは他ではない!己自身だ!自分が負けだと思えば、そこで試合は終わりだ。だが、しかし負の感情にばかり囚われず、それに打ち勝ち挑める者が真の戦いの王者となるだろう。その事を今一度、自身に刻ませ、この場を楽しめ!!」
一瞬の間の後、人々の感情は満場一致した。殿下の言葉に皆が応え、場は生命力に溢れた。
殿下はそれに一つ頷くと、場を後にし、私の元へ戻る。目の前で立ち止まり、殿下は私を見つめる。その眼差しはとても綺麗で真っ直ぐで、星が熱く燃えているように感じた。
「クロ、自分を信じろ」
この人は本当に凄い。
「お前は勝てる。さぁ、行こう」
こんなにも簡単に心が熱く、高まらせてくれるのだから。
自然と私も殿下と同じ瞳へと染まる。
今の私に、先程の負の感情など全くない。
殿下は私を信じてる。なら、私も自分を信じるのみ。
いざ、舞台へ。




