蠢く黒(殿下side)
今朝、宰相が俺の所に訪ねてきた。急用で重要な事らしい。急ぎ、アル以外の人間を人払いさせる。
「殿下、落ち着いてお聞き下さい」
冷静沈着な宰相ー…エリクには珍しく、焦りが見られた。黙って先を促す。まさかと、今から聞かされる話に動悸が早くなるのを感じながら静かに言葉を待つ。
「現王、ナシュタル・ランスラー様が行方不明になられました」
強く拳を握り締め、目の前を鋭く見据えた。とうとう来てしまった。この時が。
現王が行方不明。
まだ、公に出来ないが、行方不明者は他にもいる。再婚した王妃と隣国の王太子、ナラルディア・サンバスターも行方を眩ませている。しかし、隣国王太子に関しては目撃者がいる。ただ、その情報から特定できず、今も行方が分からず。王妃と現王は行方を眩ませる前の状態をお見舞いで見たが、病は原因不明で、医者もお手上げだった。徐々に手足の先から黒くなり全身を覆う。しかもその黒はまるで生き物のように蠢きながら進行しているのだ。それは、最終的には行方が分からないとなっているが、あの状態から動けることは考えられない。これも信じがたいが消滅したと、俺は考えている。しかし、誰も見届け人がいないことから行方不明となっている。
我が国のあちこちではまた壊滅状態な領土が広がっている。大型の禁忌の魔獣と関係していると考えているが、それ以外はなかなか情報が掴めない。足踏み状態が続いている。受け身な状況に、自分の無力さを痛感する。
「殿下、気持ちは分かりますが、自傷行為は控えて下さいませ」
!
気付けば、自分の両手の甲が爪で食い込み、血が滲んでいた。
早く情報を…自分が動けない身がとても歯痒い。これで身内は弟のみとなった。弟は失いたくない。否、失わせない。そして、犠牲者をこれ以上増やしてなるものか。俺は自分で気持ちを奮い立たせ、現状把握と打開策に勤しんだ。
まずは、王の療養していた部屋…王の私室へ向かう。再婚していた王妃の時のことを思うと、期待は薄いが、何か鍵はないか探しに行く。と、途中である人物がこちらに向かっていることに気付く。
白いローブを頭から足先まですっぽり覆っている。そのローブの特徴からある人物だと気付き、体が硬くなった。
「おや…暫く顔をお伺いしておりませんでしたが、お変わりはないですか?」
穏やかな声音で、自分に声を掛けながら顔を覆うフードを取る。歳を重ねたと分かる白い髪と、顔に刻まれた深い皺。窪んだ薄い紫の眼を声音と同じく穏やかに緩ませ、自分を見てきた。
「御無沙汰しておりました」
しかし、昔からこの男には気が緩めない。いくら目を緩ませようと声を穏やかに掛けられようと。
「枢機卿、ハウンゼルド様」
王の兄、つまり俺にとっては叔父にあたる人物。父とは3歳しか違わないはずなのに、叔父はここ最近特に容姿が衰えてきたように見える。そして、この国の教会の者は殆どそうだが、表情や行動が人間離れしているように感じる。まあ、それを世の人は神の使いらしい、神秘的と、評価するのだが。この男は特にそうだ。中身が何も見えない。何もかもが貼り付けたような、嘘くさい存在だ。
(まぁ、容姿が怪しいと言うだけで目立つことは何もしていないがな)
王の兄が何故、王ではなく、教会に身を投じたか…。それは、本人が譲ったという。自分より弟の方が王に相応しいと。元々、叔父は神に身を肥やすような人で、殆どの日々を神の信仰に費やしていたという。叔父は人柄は良いが、王には向かない保守派な考えだったそうだ。叔父を王にと、望む貴族もいたが、遥かに革命派な考えを持つ弟の方が支持率が多かった。そして、叔父は昔から教会からの人望は熱かったようで、そこに身を投じることになった。
偶然枠があった枢機卿へと。
(この人が枢機卿に偶然なるというのも、なんだか怪しい)
否、しかし自分が毛嫌いしているからそう感じてしまうからかもしれない。この人から悪い噂は聞かないため、本当に彼の言葉で言うなら神のお導きだったのかもしれない。
そんな、彼が何故、ここにいるか。それは、王の治療に当たっていた人物だからだ。又、王妃の時も診てくれた。何人目かの医者からさじを投げられた時、宰相のエリクから提案された。「万能の治癒力を持つと噂のハウンゼルド様にお願いしてみないか」と…。本来は教皇の指揮官。しかも、一時は王と対峙した人だ。そんな人物がその声に応えてくれる可能性は低い。しかし、頼る医者も尽きた。駄目で元々声を掛けると意外にも了解の意を受ける。王妃だけのつもりが、その後王も似たような病状に陥った。叔父は嘘くさい貼り付けた笑みをさせながら、父のことも引き受けた。
王妃で1年、王で15年。全部で16年間。長い月日、診てくれた。
「その顔だと、もう耳に入ったようですね。残念ながら貴方の父であり、我等の王は行方が分からず。私めが付いておきながら…申し訳ない」
「えぇ、身内の不幸がまた起こり、歯痒さを感じております」
「では、以前のように部屋を視ますかね。私めも微力ながら同行致しましょう」
「あぁ、宜しく頼む」
しかし、部屋に訪問しても収穫はなかった。叔父には帰って頂いた。それとすれ違いに、被害届が通告された。
東領土は壊滅した。
状態は、あの黒ウサギを見付けた森の時のようだと思わせる報告を受けた。俺は東領土の領民とその周辺の民に非難と救助の処置に取りかかった。
非難は呼びかけていた。しかし、被害から追い着かないスピードで事は進行している。
まるで成長しているみたいだ。
ふと、そう思った。そして、異常な状態だった王妃と王の姿が浮かぶ。共通した感覚。
まるで生き物のようだ。
「…まさか」
これらのことは、違う件と思っていたが、繋がりがあるのか…?
その事が頭に浮かんだとき、サァと血の気が引いた。思ったよりも事は大規模な問題かもしれない。下手したら国が無くなる。実際、東領土が壊滅している。
(東領土の災害が始まったのはいつからだ…?)
「アル」
傍に空気のように気配を消して付き添う右腕に声掛ける。彼はいつもと違う俺の雰囲気に気付いたようで、いつものおちゃらけた様子は無くし「はっ」と、短く応答する。普段は不安しか感じない態度を取るが、本来は裏の仕事も担って貰ってる。今は裏の顔をしており、普段緩んでいる眼は鋭く俺を見据え、目だけが笑ってない表情をしている。
自身の執務室に入り、口を開く。
「このままでは数年で我が国は滅びる」
残り、西、南、北そして我が城が鎮座する中央。東の領土は約1年前から被害が出始めた。それと今、被害が起こるスピードは速まっている。それらを考えると、俺の予想通りこの国は無くなる。
「再度、調べ直しをしたい」
始まりはいつからか。
「ーナシュタル王と枢機卿の王位争い」
やはり、怪しいのだ。あの人物は隙がなさ過ぎる。立場からそのようにしていることは自分も同じような立ち位置だから分かる。しかし、異常だと時に感じていた。
保守派が静かすぎるのだ。
現王に何も進言してこなかった。勿論、世継ぎのことや賄賂はあったが。王の意見に逆らう者が少なすぎであった。保守派の人間も多数いるにも関わらず。
「後は、被害の情報の整理」
今までそれぞれの災害が運悪く続いているのかと思われた。しかし、全てに共通する何かがあるのならば…?
「禁忌の魔獣の像が見えてくるかもしれない、ということですか?」
「そうだ。」
「そして、その二つの件で何かしらの共通が見付かれば…」
俺は察しの良い右腕に頷く。
とある可能性が、浮かび上がった。
その可能性が真実なら、人間はなんて恐ろしい生き物かと夕陽が小さく見える街並みを照らす光景は、まるで炎で覆われているようだと感じながら、鋭い眼差しで見つめた。
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(………マダタリナイ)
ごぽっと、幾つもの泡が上に浮かんで溶けて無くなる。
(アノコニアウニハ、マダタリナイ)
黒い空間の中、それは存在しようとしていた。
(ムカエニイクノニコノジョウタイジャ、マダアエナイ)
自分の不完全な姿に落ち込み、溜息が漏れる。
(ハァー…ハヤクアイタイナ)
その為には力が必要。たくさんの魔力と欲望が。
(ソシテカナエタイ、コンドコソ)
ごぽっとまた泡が上に上る。それはまた、闇に身を委ねる。
(ア、ゴハンダ…)
それがそうだと気付くとまた闇は蠢いた。
(アァ、キョウノゴハンハイツノヒカタベタノトニテルキガスル!)
そして、何も無いように見えた闇の中、一つの赤い物体が浮かび上がる。
その赤はドクンと一つ、大きく動くと一定のリズムで動き始めた。




