第21話 妹原の意外な反応
俺の注文したカフェモカができあがったので、カップを持って空いている席へと向かう。奥の六人掛けの席を山野と上月が確保してくれていたので、山野のとなりに腰掛ける。
席に着くなり、山野は飲んでいたコーヒー――上にクリームが乗っかった甘そうなやつだ。名称はすまないが知らない――を置いて、
「妹原と会話できているみたいだな」
本来の目的をちゃんとおぼえてくれていたようだ。
「ああ、まあな」
「妹原の方からも話しかけていたからな。今日の戦果としてはまずまずだろう」
そうなのか? 俺としては大したアピールができなくて、あまり手ごたえを感じていないのだが。
「これできっかけができたから、学校でも話しかけやすくなるだろう。これからは八神からも積極的に話しかけるんだぞ」
「ああ。わかったよ」
色々と不安はあるが、いつまでも山野に頼ってはいられないからな。俺もやるときにはやる男だというのを、山野や妹原に見せないとな。
しかし対面のソファに座っている上月は不機嫌そうに頬杖をついて、きっと山野を見やって、
「あんた、何が目的なのよ」
殺人犯を尋問する警察官みたいな感じで言ってきた。
「目的って、何がだ?」
「とぼけるんじゃないわよ。あんたが透矢のとなりでこちょこちょ動いてるのには、理由があるんでしょ」
またかなり大胆に踏み込んできたな。
上月は頭は悪いが、勘の鋭いやつだからな。山野の無表情面から何かを感じ取ったのだろうか。
「あんた。もしかして、漁夫の利を掻っ攫おうとか、思ってるんじゃないでしょうね」
「お、おい、上月」
これ以上は場が悪くなるので、この辺で止めなければ。
しかし山野はそれでも表情を一切変えずに、余裕ある手つきでコーヒーカップを手に取り、
「なぜ上月が俺を疑っているのか、皆目見当がつかないが、俺は、俺が面白いと感じているから勝手に手を貸しているだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「本当にそれだけ? それだけでこんな面倒な企画を考えたりするの? 一度も会話したことのないあたしにいきなり電話して、『俺に協力しろ』とか言ったりするわけ? そんなのあたしは――」
「上月」
山野は上月の言葉を遮って、カップを静かに置いた。
「懐疑主義を信条にするのは悪くないと思うが、無意味に人を疑ってばかりいると、相手から嫌われるぞ」
「うるさいわね。そんなの今は関係ないでしょ」
「それに――」
山野はメガネのレンズをきらりと光らせて、
「俺からしたら、お前たちの関係性の方がよほど疑わしいと思うがな」
「えっ……!?」
山野もすごい大胆に切り返してきやがった。
あまりに唐突だったから、思わず仰け反ってしまった。上月も目を大きく見開いて驚いている。
「べ、別に、透……八神、くんとは、偶然家が近いだけで、それ以上でもそれ以下でもないけど?」
「そうなのか? その割りにはずいぶんと仲がいいみたいだが」
そこでタイミングよく妹原と弓坂がカフェを片手にやってきた。
「あれ、三人とも、どうしたのぉ?」
弓坂が剣呑な空気を察知して首をかしげているが、余計な心配をかけるわけにはいかない。
「いや別に、なんでもない。奥のソファが空いてるから、弓坂と妹原はそっちに座れよ」
「あ、ほんとに? ありがとぅ」
とりあえず適当にごまかしたが、上月と山野が押し黙ってしまったから、場の空気がかなり重いぞ。
上月はこっちを見ないでむすっとしているし、山野は……表情は平年通りにサイボーグ然としているが、口を開いてくれそうにはなかった。
なんでもいいから、とりあえず話題を探さなければ。
「そういえば、妹原に聞いてみたいことがあったんだが」
「うん」
妹原は優しいので、俺の間抜けな言葉にもちゃんと反応してくれる。
「妹原は、前からフルートやピアノを習ってると思うんだけど、いつから音楽を習ってるんだ?」
「うん。……あの、幼稚園の頃から」
そんな小さい頃から習っているのか。
「じゃあ、四歳くらいから、音楽を習ってたのか? 家庭教師を呼んで」
「うん」
「すげえな」
本当に心の底から驚嘆してしまった。だってそんな頃からフルートやピアノとかを習っているなんて、全然想像できないじゃないか。
でも妹原はカップをテーブルに置くと、遠慮した感じで、
「ううん。みんなよりもフルートを吹いてるのが長いだけだから。……別に、そんな」
それだけでも充分にすごいと思うが。
「テレビにも出たことあるんだよねぇ」
弓坂が話をうまく続けてくれたけど、妹原は若干返答しづらそうな感じで、
「うん。……お父さんに言われて、何度か」
あんまり嬉しくないのか……? いや単に遠慮しているだけか。
「何回も出てるんだ!? すごいねぇ」
「う、うん」
「テレビに出るときって、どんな感じで撮影するのぉ?」
弓坂が興味津々に質問するが、それは俺も興味あるな。上月からはミーハーとまた後ろ指をさされるだろうが、さしたければいくらでもさせばいいさ。
「撮影は、普通にテレビ局のスタジオで撮影だったよ。ほとんど収録だったけど、生で演奏してって言われたこともあったから、生演奏したのも、一回だけ」
「すごいな。でも生放送って、かなり緊張するんだろ? よく出れたな」
「うん。すごく緊張した」
緊張はするだろうな。生放送は絶対に失敗できないんだろうからな。
妹原は正真正銘のフルート奏者なんだな。それなのに全然調子に乗ったりしないでお淑やかにしているから、可愛いと思うんだよな。
俺、やっぱり妹原のことが好きだ。この気持ちはもう揺るがないぜ。
「雫ちゃんが出演していたテレビを観た子も、すごいって言ってたよぉ」
そうなのか? あと何気に下の名前で呼んでいる弓坂がうらやましいぜ。
「どんな感じだったんだ?」と俺。
聞くと弓坂は嬉しそうに微笑んで、
「えっとね、プロの人が吹いてるんじゃないかっていうレベルだったんだって。いっしょに出演してた音楽の評論家の人も、なんかね、ベタ褒めだったみたいだよぉ」
音楽の評論家すら唸らせるほどのレベルなのか。そこまでいくと、もう次元が違い過ぎて想像できないな。
そんな別世界の子なのに、今は俺の目の前にいて、いっしょにコーヒーを飲んでいるんだから、なんか不思議な気分になってくる。これは喜ばしいことなのか、そうじゃないのか。
「あたし、雫ちゃんみたいな有名な人と、お友達になれて、よかった。だからまた、いっしょに遊びに行こうね」
「うん……」
弓坂はいつものマイペースな感じで笑っていたが、妹原はうつむき加減で少し複雑そうな顔をしていた。