第四章:夜闇の中より来たる者
一方チュザーラ邸は、各所に松明を掲げ、いよいよ警備も厳重になってきている。彼奴の出没するのが、夜闇の訪れた刻限ということは、周知の事実であるが故に……
数体のドールたちを連れたショーネル等は、正門前に陣取っている。今までの事件では、正面から堂々とやって来る場合が殆どだった為に、この場所に張られた陣容が最も重厚である。その場を取り仕切るショーネルは、厳しく正面を睨み付けている。
「……来ますかね?」
厳しいその横顔を窺うようにして、傍についてきていたリュッセルが尋ねる。
「何時かははっきりとは判らない――しかし、これは小さいながらも戦だからな。」
「なるほど…………っ!?」
若き騎士の言葉に、詩人は息を飲んだ。そして再び目を転じた時、詩人は闇の中より漆黒の影を見出した。皆がその影に気がつかぬ中、彼は素早く背に控えた小箭をつがえ、放つ!
……カッ!!
闇に小さく響いた金属音に、騎士たちも一斉に剣を抜き、ドールに戦闘準備の指令を送る。
その剣呑な出迎えの中、闇の中より現れたのは、漆黒の鋼に身を包む一騎の騎士と鋼馬……その漆黒の騎士は、剣を構える騎士たちを睥睨し、動じた様子もなく魔法の輝きを秘めた剣を引き抜き、その刃を手前に立っていた騎士見習いの少年に振るう。
「させるかぁぁぁ!!!!」
その動きを察した一人が、まさに迅雷の如き踏み込みとともに、振り上げた剣で黒騎士の斬撃を受け止める……その者とは、ショーネルであった。
しかし、彼の動きは一人の少年騎士の命と引き換えに、彼の愛剣を犠牲にさせる結果となった。彼の手にしていた伝家の名剣は、刀身半ばで見事両断されていた。欠けた刃が彼の頬をかすめる。
その様子に周囲にいる騎士たちの悲鳴じみた声が上がる。
「ショーネル卿っ!!」
次の瞬間、黒騎士が剣無き彼に斬撃を与えんとした時、彼の前に三体のドールが割って入った。しかし、その三体は瞬く間の内に、一介の鉄屑へと還させられていった。
その僅かな時に、迎撃の態勢は立て直されつつあり、他の持ち場より救援を求める使者も走る。
だが、それらはショーネルの危機を直接救う一手となり得なかった。再び彼の身に、黒騎士の刃が迫る。
「みぃきぃぃぃいぃぃぃ……っ!!!!」
ショーネルが覚悟を決めた時、黒騎士が彼の元から急に飛び退いた。その時、上空からの叫びと伴に一振りの剣が降り来たった。両者――黒騎士とショーネルの間に……
それは、川面の波紋にも似た独特の刃紋を持つ剣……
「ショーネル! その剣を使えっ!」
その剣が突き刺さるとともに掛けられた叫び声に、反射的に剣を掴み取る。そして、その彼の目に、黒騎士の背後より彼奴に向け駆ける紅き煌瞳と白く輝く白刃を伴う影が映る。
「……“影の騎士” っ!!」
“影の騎士” は、気配を悟って背後を振り返った黒騎士に向け、精妙なる必殺の一撃を繰り出した。
二人の黒騎士は激突の勢いも激しく打ちぶつかり……同時に魔剣の凄まじい軋みが響き渡る。そして、その軋みは両者の鍔迫り合いの間続く。
この膠着は、先の黒騎士の側が飛び去ることで終わりを遂げる。騎士たちの囲みを抜け、“影の騎士” から逃れんと黒き鋼馬を操らんとする。
だが、それは不可能に終わった。逃れる鋼馬に向けてシャーフィールが嘶く……すると、逃れし鋼馬はその嘶きに打たれて歩みを止めた。急に制御不能に陥った騎馬を前に、黒騎士の動きは見る間に滑らかさが失われていった。多くの者に、その動きはまさにドールのそれと見えた。
動きの鈍った黒騎士に止めを刺さんと迫る “影の騎士” に、上空より声がかかる。
「しぁみぃぁぁ……!」
「……!?」
その声に “影の騎士” は、反射的に身を翻した。
彼の背後から、柄の半ばより火を噴き加速した短槍――誘導飛槍が襲いかかってきた。飛槍は “影の騎士” に向けて軌道を変え、迫りくる。
次の瞬間、飛槍は騎士を取巻く影色の霞を抜け……同時に金属の拉げた音が響いた。そして “影の騎士” の右の二の腕と白刃が、暗き血の飛沫とともに、影色の霞より転げ落ちる。
あっと言う間の攻防にただ度肝を抜かれる周囲を余所に、両者の攻防に加わる隙を狙っていた者がいた。
狼狽の故にか動きの鈍る黒騎士と、右腕を砕かれた “影の騎士”……その両者の攻防の間隙を縫い、黒騎士に必殺の一突きを繰り出す騎士があった……ショーネルである。
「てやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
ショーネルの気合の声とともに繰り出された一撃は、黒騎士の脇腹から胸腔を抜け、対面の肩へと突き抜けた。
……その一撃に黒騎士は一度身震いした後……
……ゆっくりと……
……座上せる……
……馬上より……
……崩れ落ちた……
そして、動きを止めた黒騎士に皆の注目が集まる中、“影の騎士” は人知れずその場を去っていた。その落ちた腕を含めて……




