余章 : “密やかなる……”
ここはホルトの谷……その奥にある隠者の隠れ家の一室。
そこには一人の老人と二人の “見えざる” 者たちがいる。
『かたじけない、ファルト殿……』
「お気になさるなアルバート卿。貴方の国を思う心に打たれた老いぼれの、お節介に過ぎんよ……」
昨晩、この騎士の幽霊とその守護聖霊は現れた。あの世なる者であるが故にフォーサイトの不利を見通し、シェアナに所縁あるファルト老の元を訪れ、老にその尽力を頼みにきたのだった。
彼は、自分の知る遺跡の構造を語り、これをフォーサイトの者に託けるよう頼んだ。
幸い、ファルト老は若い時、ある仕掛けを王城に仕掛けて置いていた。老は、それを利用したのだ。
こうした処置を行った次の晩の明け方近くに、再び彼等の来訪を受けたのだった。
老はこうして、この会戦の勝利と一人の騎士の無事を逸早く知ることとなった。
そしてその朝方、老はもう一人の訪問者を迎えた。
その訪問者とは、全身を神銀製の優美な鎧に身を包む女性……その背には、鎧の一部にも見える神銀の翼があった。その姿は戦神に仕える聖霊の一つ、戦乙女を彷彿とさせる。
老の私室に人知れず現れたその女性は、悪戯っ子を優しく叱るように語り出した。
「ファルト=ミゲラス……貴方は分かっていますね。私がここに来た訳を――」
「はい、猊下……」
老は彼女の言葉に神妙に答える。
「貴方は幾つかの物事に強く干渉しましたね――」
「はい、猊下……」
「私が言いたいことは分かりますね――」
「……神術士たる者、人の歴史にいたずらに関わってはならない……」
女性の問いかけに、老は静かな声で答えを紡ぎだした。。
「分かっているならよろしい。貴方の幾つかのお節介の結果、一つの戦の行方が変わってしまいました……」
女性の言葉に、部屋には暫し沈黙が漂う。そして、長い沈黙の後、ファルト老は何処か確信を秘めた声で言葉を紡いだ。
「……しかし猊下、私はそこにいる人々にほんの少し手助けをしただけだと思っております。」
「…………」
「運命を切り開いたのは、彼等自身だと私は思います。」
老の言葉を黙して聞いていた女性は、暫し黙考した後に言葉を返した。
「……そうでしょうね。しかし、以後自身の行いにもう少し自重を心懸けなさい…………何と言っても、貴方は神術士としては幼いのですから――」
優しげな風情でそう言うと、彼女は部屋の扉を開けた。
「もうお帰りで?」
「えぇ、平原に私の民が待っていますから――」
「……そうですか。それでは、フィーリニーム猊下……」
老は深々と頭を垂れ、聖なる御方を見送った。
その晩、老の元に二つの訪問があったことは、誰も知ることはなかった。
次回より第六部“其は何者か”が始まります。




