第一章:戦の終わった戦場にて
その場所は起伏に富み、豊かな森と清らかな谷川を抱えていた。そこは抱えている地形に多くの恵みを生み出していた。そこは人に陶酔と感嘆を与えるに足る風景をしていた。そこを人は “リラーズ渓谷” と呼び慣わしていた。
「……酷いものになっていますね」
ポニーのような小柄のドールホースに騎乗した男はそうつぶやいた。そこには嘆きと悲しみ、そして一抹の自嘲が含まれていた。
彼の視界に広がるこの “リラーズ渓谷”……この度の魔法兵器の応酬に森は焼かれ、谷はもろくも崩れ落ちた箇所も見受けられる。
そして、その場に散乱した者……いや、物たちがある。それらは即ち、吹き飛んだ装甲、撒き散らされた薬液、飛び散った内部機構……撃破されたドールたちの残骸であった。その中の幾らかには生身の人馬が含まれてはいるが、それはここから見る限りでは判り得ない。
…… “そこに屍はなく、ただ破壊された機械のみが残る”
西方大陸の高官が戦について、他大陸に誇って口にする言葉である。他の大陸では多くの民を戦で失うが、西方大陸は民の代わりに魔法機械が兵となり、いたずらに民が失われることはないと……
しかし、この情景を見てそんな言葉が言えるのだろうか? この場に散らばるドールだった物たちは、彼には充分「屍」に見えた。
どちらにしても、魔法機械の回収の任を帯びた彼には、あまり関わりのないことと言えただろうし……
彼――ジョーナル=ミッドリールは、側に倒れているトルヴシティ側ドールの残骸に目を落とす。魔導砲を内蔵した型らしく、肩部に(魔力増幅用の)共振晶、下腕部に銃口らしき部分が窺える。このタイプのドールの性能を思い出しつつ、この辺りの攻防の要の一端を握っていたのだろうと、彼は推測していた。首を巡らせば、辺りには光条に射抜かれたと思しきフォーサイト軍のドール等が倒れ伏している。
改めて先程のドールに目を落とす。その片腕を切り落とされた後、袈裟懸けに一刀両断されていた。おそらく、接敵する相手に向けた腕を切り払われ、次弾を打つ暇無く斬り倒されたのだろう。
「……しかし――」
これだけの事をやってのけるには、敵の放つ光条を避ける敏捷性か、光条に耐える魔法耐性に、堅い装甲を切り裂く膂力か技量が要求されるはずだった。倒れた友軍の状況と彼の記憶とを照合した彼には、その場にいたであろう者の中で、この条件を満たす者が思い浮かばなかった。
その時、思索に耽っていた彼は、そのドールの傍らに微かに積もった白い塵の存在に気付いた。それを見付けた彼は、思わず鉄馬から下り、その塵の一欠片を摘み取る。摘み取った塵を掌に乗せ、その手触りや塵の形状を見極めていた彼は、暫しの後にその正体が脳裏に閃く。
「こ……これは……!?」
その正体に気付いた彼の脳裏に、ある疑惑が天啓の如く閃いた。遠くから聞こえる、配下である技術師たちの呼び声は、そんな彼の自失を解くことは出来なかった。
“リラーズ渓谷の会戦” と命名された今回の合戦は、当初、膠着した睨み合いから始まった。
そして、トルヴシティ軍の偽装進撃に引きずり出されたフォーサイト前衛隊が、トルヴシティの前衛及び右翼部隊、そして空戦隊の連携による包囲網に壊滅寸前の憂き目にあうことで本格的な幕を開けた。これにフォーサイトは左翼隊の突出と希少な空戦部隊の即時投入により、「壊滅寸前」を「壊滅」へと移行させないことに成功する。
しかし、この包囲作戦自体が大きな陽動であった。トルヴシティ右翼から離陸した高高度専用空戦部隊が、本陣警護に当たっていたフォーサイト空戦部隊の前線投入による間隙を狙い、本陣後方に待機していたフォーサイト国王の直属部隊に空襲を仕掛けたのだ。だが、直属部隊の対応が素早く、即座に対空戦が行われた事で、国王戦死の事態は防ぐことが出来た。
されど、トルヴシティ優勢の流れは如何ともし難く、じりじりと事態はフォーサイト軍の陣容を摩耗させていった。これに業を煮やしたフォーサイト国王は、自身の直属の部隊を率いてトルヴシティ本陣への強行突撃を決断し、本陣と推定される渓谷西方の森林部へと突入していった。そして、残る中央・左翼の隊はこの王自らの進撃に引き摺られるように、トルヴシティ軍との全面対決の様相へと移行していった。
だが、それこそ敵の思う壺となった。長い睨み合いと二転三転する戦局が展開される内に、時は確実に経過していた。夕闇の深まる中、平原での機動戦を得意とするフォーサイト軍は、渓谷や森林と言うトルヴシティ軍の得手とする入り組んだ地形での戦闘に持ち込まれ、トルヴシティ軍に翻弄される形となっていった。フォーサイトの各部隊は各所で自慢の機動力を殺され、トルヴシティ軍に次々と屠られていった。
しかし、この絶望的な戦局は夜半間際に変化する。
まず、地上においては一人の騎士の出現によって……それは噂として囁かれた幽霊騎士 “影の騎士” の参戦である。彼の活躍は森林でのトルヴシティ優勢を覆し、幾つかの部隊の危機を救い、多くのトルヴシティ騎士の心胆を凍えさせることとなった。
そして、それにやや遅れて空では、“不運にも” トルヴシティ空戦隊をグレムリンの小部族が急襲した。このような出来事は稀に起こるとは言え、絶対的な制空権を確保していたトルヴシティ空戦騎士は、その機能を完全に喪失させらせる結果となってしまった。そして、そこに追い打ちを懸けるかのように、“陰の騎士の遺跡” から発掘されたばかりの航空兵器を率いたフォーサイト軍魔導技術師部隊が駆け付け、そのまま戦場の制空権を手中にしてしまったのだった。
多大な犠牲を払いつつも形勢の逆転に成功したフォーサイト軍は、夜明け直前にトルヴシティ本陣を強襲、トルヴシティ軍の将軍等を潰走させる。その後の追撃戦にてトルヴシティの将軍は、フォーサイト傭兵部隊のミントール族の傭兵 “三つ角” のゴルダムによって討ち取られたと言う。
以上が “リラーズ渓谷会戦” の概要である。
故に、魔法機械兵器の回収はフォーサイト側が有利に行える状況にある。魔導技術師団々長ジョーナルは、修復可能な自軍及び敵軍の機械兵器の回収を命じ、それと併せて各所で白色粉末の収集も命じたのだった。この粉末の回収に、配下の技術士達は往々にして首を傾げた。




