第三章:陰の騎士伝説
ブルクルの偽装作業の間に、シェアナとセラーたちは、互いの近況を語り合った。
セラーは、ファルト老をはじめとする皆が、シェアナとポルを心配していたことや、その為にファルト老たちが工房で色々な魔法機械の修繕をしていたこと等を話した。彼女は外見的に普通の人との差異が少ないゆえに、外の世界へ必需品を入手しにいく役を務めていることもあり、ファルト老たちの贈り物を預かって、シェアナたちをそれとなく探していたらしい。
そうしているうちに、“影の騎士” の噂を聞き、その噂を追ってここに辿り着いたらしい。
シェアナの方は、その実態と噂を助長させるリュッセルのこと等を話していく。
話が進む中、セラーがふと些細な疑問を口にした。
「そう言えば、リュッセルさんは “陰の騎士” と貴方とを混同してこの地を訪れた――って言っていたようですけど…… “陰の騎士” と言うのは?」
その問いにハッとするシェアナ、暫くして彼女は説明を始めた。その表情は何処か暗いものに変わっていた。
「私も、ここがその町だとは知りませんでしたが…… “陰の騎士” の伝説は、私たちフォーサイトの騎士の間では公然の秘密として語られていたことです――」
そう言って、彼女はゆっくりと “陰の騎士” の伝説を語り出した。
それは、古代アティス王国が既に崩壊し、竜の時代も過ぎて幾ばくも経っていなかった頃、新王国黎明の時代の話……
当時、建国して間もないフォーサイトは、古代アティスの遺産を手にした強国センタサイトによる侵略の脅威にさらされていた。ゆえに国家事業として、竜の時代の間に埋もれてしまった古代遺跡の発見と、その中に保管されている遺物の入手を緊急かつ大々的に行っていた。……勿論、その他の諸王国にしても、同様のことは行われていた。
……後の世に言う、「大発掘時代」と呼ばれる時代である。
この時代に各国は、後世自軍の主戦力となる魔法機械の供給源となる、主要遺跡の発見が続くことになる。
“陰の騎士” とは、そんな大遺跡を巡る悲劇の伝説なのだ。
その騎士は、ある辺境の町において、その近郊に遺跡が眠っていることを突き止め、少数の仲間とともに遺跡に入り、数多くの魔法機械類の眠る格納庫の発見に成功した。そして、そこにあったドール数体を連れて王都に凱旋した。
騎士はこの功績からその遺跡一帯を所領として授かり、遺物の数点かの占有も許可され、その遺跡の大規模な発掘の準備を進めていった。
しかし、このような大規模な遺跡の発見の報が、他国にとってどれ程の衝撃であったかは想像に難くない。……ましてやそれが辺境で発見されたことは、隣国の野心を掻立てるに十分過ぎる条件であったと言えた。
そのような背景の元で行われた隣国セクサイトの電撃的侵攻を、遺跡の調査を行っていたその騎士の持つ兵力で防ぎきることは、到底不可能であった。王都への援軍要請の使者が到達した時、彼の騎士は敵軍の刃に倒れた後であったと伝えられている。
それは、大発掘時代の古代遺跡発見の際に生じた数々の悲劇の一つである。……だが、話はこれだけでは終わらなかった。
彼は強靭な肉体と精神を持ち、王国に絶対の忠誠を誓う、理想的な騎士であった。それ等がこの時、災いした。彼の「国の為、この遺跡を死守する」と言う執念は、その強靭な精神力を支えに一つの奇跡を呼び起こしたのだ。
それは冥境の女王、魔王クルガセドアの使徒との契約を結ぶこと……即ち、自らの死を “不死の亡者” となることで乗り越える――というものであった。
幽霊騎士となった彼は、その不死身の身体を駆使して侵攻軍を全滅に追いやった。しかし、彼は魔王の使徒と契約したが故にか、それとも非業の死であったが故にか……狂ってしまっていた。
騎士は使者の報を聞き駆け付けた援軍をもその手で滅ぼし、遺跡の中へと姿を消していったのだった。
以来、遺跡に近い町では毎年、その命日に遺跡の一帯を巡回する幽霊騎士の目撃談が囁かれるようになり……その遺跡への侵入も、彼の騎士の為に試みることすら叶わないというありさまになった。フォーサイトとしても、彼の騎士の説得や排除を数代に渡り試みたが、その騎士としての類稀なる力量と堅固な意思を挫くことは、終には果たせなかった。
そして、時の王が箝口令をしき、彼の騎士と彼の遺跡の存在を隠蔽し、それ等を示す資料等も抹消し……全ては「なかったこと」として扱われるようになったのである。しかし、この事実は騎士団と遺跡近郊の町で、密やかに代々語り継がれていったのであった。
この伝説を語り終えた後、彼女は暫し遠い目をして項垂れた。その騎士の気持が何処か分かるような気がして、悲しくなったからだ。心ならずも彼女の伏せた顔の下の床が、数滴のしずくに濡れる。その時、彼女の裾を引き、慰めるように語りかける声が聞こえた。
「うゅぃぅぅぅ……」
「……ポル」
服の裾を引く感触にシェアナが顔を巡らすと、そのには気遣わしげに自分を見つめる褐色の肌の少女の姿があった。
「…………」
自分を心配するこの少女がいとおしくて、シェアナはポルを抱き締めていた。




