第13話
十三夜
「ここは我が家の旧館です。祖父の代に領地が増え、こちらでは手狭になり、新館を建てたのです」
公爵様はご自分のお屋敷から馬で三十分ほどのゆるやかな丘の上にある屋敷をマリエールに案内してくれました。
新館からそれほどしか離れていないのに、二つの建物は丘と森が互いを遮る位置にあり、どちらからもその姿を見ることは出来ないようになっていました。
「わたしも子供の頃はこちらで過ごしたのですよ。今は手入れだけは怠っていませんが、主人を持たないままなのです」
一緒に廊下を歩き、いくつか部屋を見ていった後、庭へ出る扉を開き、公爵様は言いました。
「この屋敷を差し上げましょう、マリエール」
「まあ」
「まあ!」
お嬢様よりも大きく感嘆の声を上げたのは、少し後をついてきていた侍女のリュシエンヌでした。
「わたしの公務はあちらで行わねばなりませんが、それが済めば、わたしもこちらへ参ります。この屋敷はあなたの好きなように手を入れてかまいません。増築も改築もよいでしょう。そして好きな調度を並べてください。きっと父上がよいものを贈りたがることでしょうから、最後に父上に思い切り甘えて差し上げなさい」
「あの!」
リュシエンヌは驚きと感謝に舞い立つような気持ちでしたが、ここは急いでお願いを申し出、きちんと確認をしておかなければと前へ出ました。
「公爵様、この屋敷の召使はどうなさるおつもりなのでしょうか?」
「マリエールのことをよくわかっている人に来てもらった方が、わたしも安心だ。リュシエンヌにはぜひ来てもらえるよう侯爵様にお願いしてみるつもりだ」
「はい。ありがとうございます!」
「他の召使についても、執事とリュシエンヌに任せよう」
「はい!」
「マリエールとよく相談して決めて下さい」
それはもちろんです。リュシエンヌは心を込めて頷きました。
そうと決まったら、このお屋敷をどのように手入れしてお嬢様にふさわくするか、料理人には誰に来てもらうか、考えなければならないことが山のようです。リュシエンヌは有頂天になって庭からお屋敷を見上げました。
古いお屋敷のため若いマリエール様には落ち着きすぎても感じられましたが、軽々しくなくずっと風格のある住まいだと思うと、リュシエンヌも自分のお嬢様がこの上なく丁重に受け入れられたように感じられて感激がいよいよ増すようでした。
「あの、わたし、もう少しお屋敷の中を見てきてもよろしいでしょうか?」
「ええ。行ってらっしゃい」
お嬢様の許可をいただいて、リュシエンヌはすぐさまお屋敷に戻りました。一階は先ほど見て回ったばかりなので、リュシエンヌの興味はそれより上に強くあり、彼女はまず階段を上りました。いったいどのお部屋がお嬢様のお部屋にふさわしいでしょう。寝室と、一階のものとは別のもっと個人的なお客様と親しくお茶をいただく客間と、あれこれ決めていかなければなりません。
公爵様がいらした時のためのお部屋も必要だし。でもアンリは来なくていいの。
そんなことを一つ一つ扉を開けては部屋を吟味し考えていたのですが、最もお嬢様の寝室にふさわしいと思えた部屋では、彼女はずっと奥まで進み、窓を開けてみました。庭が見下ろせます。
古風な様式の庭はもうずっと園丁のざっとした手入れしか受けておらず、新館の庭より寂しいようにも感じられます。けれども今朝の雨で緑がどれもすばらしく輝くように深く色づいていて、その真ん中に、自分のお嬢様と公爵様が寄り添いあっている姿がありました。
公爵様の手が愛おしげにお嬢様の手を取り、お嬢様も安心と幸福に頬を染め、お互いのまなざしを見交わしています。まるで互いの目に宿る思いも、互いの名を呼ぶ声も、一つ残らず受け取ろうとするかのように。
「そうだわ! わたしもこのお屋敷の召使の誰かを旦那様にすれば、一生お嬢様のおそばを離れないでいいんだわ」
あの時わたしの名前を覚えていてくださった従者の方はどうかしら。
素晴らしいひらめきにリュシエンヌは大満足し、次の部屋を見るため、少しだけ名残惜しく窓辺を離れたのでした。
リュシエンヌは素晴らしい刺繍のタペストリーを公爵さまご一家に贈り、その褒美としてある村に四百エーカーの土地をいただくのですが、それはまだずっと先のお話。
十三夜
Fin
お読みいただき、ありがとうございます。
この物語は、2000年代に個人サイトにアップしていたものを加筆修正し、PCを処分するにあたり個人的な保存も兼ねて、こちらに登録したものです。
『十二夜』のタイトルでピンときた方もいらっしゃると思いますが、ウィリアム・シェイクスピアからタイトルと設定をいただきました。
『十三夜』ではトリックスター・小姓アンリと侍女リュシエンヌに暴れてもらいました。




