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『オリーブと梟』第一部 アスクルムの戦い  作者: 岡田 平真 / オカダ ヒラマサ
〜 アスクルムの戦い
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第86話『孤独な指導者の朝』

ルキウス・ユリウス・カエサルとプブリウス・ルティリウス・ルプスが執政官の年(紀元前90年)十月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス




 翌朝。

 アスクルムの空は、晴れ渡っていた。


 朝早くから商会の屋根上に身を置き、ローマ軍陣営の方角を見つめていると、何となく静寂が心に染み入ってくる。緊張した空気は確かに漂っているが、攻撃を仕掛けてくる気配は感じられない。

 胸の奥で安堵の息が漏れる――どうやらストラボは、昨日の申し出を本当に受け入れてくれたようだ。口約束だけでは信用できないと疑っていた自分が、今になって少し恥ずかしく思えた。


 これからあとのアスクルムにできることは、正式な交渉使者を待つことのみ。アルケウス長老へ白旗掲揚を提案することを思いつき、事前に定めた暗号での連絡を傍らのソフィアに伝えようと彼女を振り返る。部屋で頭を抱えていた俺に、気分転換しましょうと朝日を拝むことを提案したのは彼女だった。確かに、この澄んだ光の下では思考も冴えてくる気がした。

 

 「ここからが本当の勝負ですわね」

 

 ソフィアの言葉に、苦笑いがこぼれそうになる。

 「……相変わらず抜け目がないね、ソフィア」

 

 「当たり前です。甘かったらここまで生き抜いてこれなかったですから」


 朝食に卵を付けるかどうか尋ねてくる、そんな軽やかさで重たい現実を口にする彼女の強さに、改めて感嘆せざるを得ない。本当に頼もしい女性だ――音もなく立ち去る後ろ姿を見送りながら、その存在に頭が下がる思いが溢れてくる。と同時に、心の重石が少しずつ軽くなっていくのも感じた。


 実のところ、昨夜からずっと胃の底に鉛のような重さが沈んでいた。ストラボから命じられた演説――その重責が、身体の芯まで食い込んでくるようだった。

 今日の式典でアスクルム市民に向けて正式な降伏を告げ、この降伏が市民にとっていかに有益であるかを説明し理解を得なければならないる。一万を超える人々の運命が、自分の紡ぎ出す言葉一つにかかっているのだ。そう考えると、指先が微かに震えてくるのを抑えられない。

 

 書斎に戻ると、机上に散らばった演説草稿が目に入る。どの言葉を選ぶべきか、どうすれば市民の心に真っ直ぐ届くのか――感情に訴えかけながらも論理的に、屈辱感を和らげつつも現実を受け入れさせる。その絶妙なバランスを求めて、昨夜は一睡もできずに書き直しを重ねていた。ペンを握りしめていた時の痺れが、まだ指先に残っている。


 まだ完璧ではない――そんな焦燥感に駆られて椅子に座り、ペンを手に取った瞬間、デモステネスが書斎の扉を開けた。


 「若様、昨夜はお疲れさまでした。演説の準備はいかがですか?」


 彼の気遣いに、自分の疲労がどれほど顔に現れているかを悟る。

 「大体の骨子はできた。ただ……市民の感情を考えると、もう少し配慮が必要な気がしてならなくて」

 

 「……そうですか、決してご無理なさらず。ところで本日はストラボ将軍だけでなく、若きポンペイウス殿も式典に同席されるとの情報を得ましたが、もうご存知でしたか?」


 羊皮紙を見詰めていた視線を上げ、デモステネスの顔を見つめる。胸の奥で何かが冷たく震えた――若きポンペイウスも来るのか。あの底知れぬ冷徹さを持つ貴公子が同席するとなれば、演説の内容も根本から見直さねばならない。

 

 「であれば、彼の存在も意識した内容に変える必要があるな」


 「……若様、何かご心配なことがおありですか?」


 デモステネスの瞳に宿る静かな探りを感じ取ると、自分の内心の動揺が表情に現れてしまったことを悟る。若きポンペイウスへの不信感――いや、それ以上の不穏な予感がきっと顔に出てしまったのだろう。慌てて肩をすくめ、別の思いを言葉にした。

 

 「正直に言えば、重圧に押し潰されそうになっている。この演説がアスクルムの未来を決定づけることになるだろうし、一つ間違えば、せっかく救えた命が無駄になりかねない」


 「若様らしいお悩みですね。しかし、これまでの判断に過ちはありませんでした。今回も必ずや成功されるでしょう」


 デモステネスの優しい微笑みと共に告げられた言葉が、胸の奥に温かく染み入ってくる。それと同時に、どこか気恥ずかしい思いも湧き上がった――だいぶ弱気になっているのが見透かされてしまったらしい。そんな時、まるで絶妙なタイミングを見計らったように、ソフィアが戻ってきた。


 「ティトゥス様、アルケウス長老から使者が参りました。式典の進行について最終確認をしたいとのことです」


 現実に引き戻される思いで、小さく息を吐く。さて、仕事の時間だ……。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△


 一つ、兵たちは武装解除し中央広場に集まること。

 一つ、市民には絶対に騒ぎを起こさせないこと。

 一つ、市の財産目録をまとめ、後でローマ軍に提出できるよう準備すること。

 

 すべてを、素早く、秩序正しく。


 使者と共にアルケウス本人が商会まで足を運んでくれたことに、まず驚きを覚えた。慌てて応接間に案内し、最終打ち合わせに臨む。

 基本方針への異論はないため、自然と細かい調整へと話が移っていく。老人の顔に刻まれた深い疲労の色が痛々しく、それでもその瞳の奥に微かに宿る希望の光を見逃すまいと、集中力を研ぎ澄ませた。


 しかし、何かが喉に詰まったような、言いにくそうな表情でアルケウスが口を開いた時、嫌な予感が背筋を駆け上がる。


 「ティトゥス殿、今日の式典ですが……実は市民の中には、まだ納得していない者もおります。特に若者たちの間で動揺が見られまして」


 内心で舌打ちしたい気持ちを抑えながら、冷静に問い返す。

 「具体的にはどういう点でしょうか?」

 

 「『なぜ戦わずに降伏するのか』『アスクルムの誇りはどうなるのか』といった声です。ウィダキリウス殿を支持する者が未だ残っており、その一部がまだ市民を煽っているようですが……」


 予想していた範囲内とはいえ、実際にその言葉を聞くと胃の奥が重苦しく痛む。だが、ここで動揺を見せるわけにはいかない。

 

 「この演説で、そうした懸念に必ず答えるつもりです。誇りを失うことなく現実的な選択をしたのだと、心から理解してもらえるよう全力を尽くします」

 

 「お願いします。貴公のお言葉が頼りなのです」


 その敬語に、胸が締め付けられる思いがした。

 「貴公はお止めください、アルケウス殿……」


 ストラボとの会談後から、アルケウスの態度は一変していた。あの敬語、あの距離感――彼がどれほど緊張しているかが手に取るように伝わってくる。一体どれほどの緊張を強いる関係になってしまったのだろう。自らクリスプス商会へ足を運ぶなど、これまで決してなかったことなのに。

 

 しばらく話を続け、アルケウスの表情に落ち着きが戻ったのを見計らって、打ち合わせを終える。長老を見送った後、今度はソフィアとデモステネスを応接間に呼んだ。式典時の警備体制――最後の砦とも言える確認事項が残っていた。


 「ラビエヌスの自警団はどうなっている?」


 心臓の鼓動が少し速くなるのを感じながら尋ねると、ソフィアが的確に報告してくれた。

 

 「黒章隊のメンバーは既に配置済みで、広場周辺の警戒に当たります。ローマ側については先ほど打診があったようで、参加予定者が判明したとのこと。仮に混乱が生じれば、即座にローマ軍のスルピキウス殿に連絡するよう指示を受けております。なおラビエヌスがいないので、副長のデキムスから聞いてきましたよ」

 

 「了解した。デキムスなら上手くやってくれるはずだ。ところでデモステネス、市場や居住区の状況はどうなっている?」

 

 「各所に配置した情報収集班からの報告によれば、大規模な暴動の兆候は見られません。ただし、一部の若者グループが夜中に集まって何かを相談している様子は確認されています」


 眉間に皺が寄るのを止められなかった。アルケウスの話と一致している――やはり油断は禁物だ。街のどこかで、まだくすぶり続けている火種があるのだ。

 

 「わかった。監視を一層強化してくれ。今日だけは、絶対に混乱を起こさせるわけにはいかない」


 その言葉を口にしながら、自分の肩にのしかかる責任の重さを改めて実感していた。一万数千の市民の命――その全てが、今日の自分の言葉にかかっているのだ。


 窓の外から聞こえてくる街の音が、いつもとは違って聞こえる。人々の足音、商人の呼び声、子供たちの笑い声――その全てが、今日という日の重要性を物語っているようだった。歴史の転換点に立っているという実感が、背筋を冷たく駆け抜けていく。

 この一日が、アスクルムの、そして同盟市戦争全体の流れを決めるかもしれないのだ。

 戦いは未だ終わっていない。



 本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。

 なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。


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(全てを計算通りに進めることはできません。人は神に非ず。だからこそ腐らず精進し続ける必要があると思います。上手くいかなくて当たり前。淡々といきましょう)



もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。


第一部の登場人物一覧はこちら↓

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