第71話『地下室の審判』
ルキウス・ユリウス・カエサルとプブリウス・ルティリウス・ルプスが執政官の年(紀元前90年)九月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス
夜明けが近づく頃、十二名全ての拘束が完了した。
黒章隊が実行した作戦は想定以上にスムーズに進み、大きな抵抗もなく終了している。しかしその代償として、アスクルム市内には重苦しい空気が漂い始めていた。
拘束された十二名は市議会の地下室に一時的に収容された。古い石造りの部屋は夜明け前の冷気が染み込み、松明の炎が壁に踊る影を投げかけている。基本的な設備は整っているものの鉄格子と厚い石壁に囲まれた空間は、やはり牢獄に他ならない。湿った空気には汗と恐怖の匂いが混じり、鼻の奥を鋭く刺激する。
重い木製の扉を開けて地下室に足を踏み入れる瞬間、俺の胸に鈍い痛みが走った。これが正しい選択だったのか——そんな疑念が脳裏をよぎる。だが今更後戻りはできない。表情を引き締め階段を一段ずつ降りていく。石段に響く足音が異様に大きく聞こえた。
「諸君に改めてお話ししたいことがある」
俺が地下室に降りていくと、十二名が一斉に視線を向けてきた。その目には、怒り、困惑、絶望など、様々な感情が混じっている。拘束時の服装のままのため顔に汚れがついたままの者もいる。彼らの視線が俺の心臓を貫くように感じられ、思わず喉が渇いた。正直言って環境は劣悪だ。俺はこの状況を作り出した張本人として言いようのない罪悪感に襲われた。
「まず最初に言っておく。諸君は犯罪者ではない。我々も諸君を犯罪者として扱うつもりはない」
「それなら、なぜ俺たちを拘束した?」
ファベルが代表して質問するようなので、彼の方を向き対峙する。俺は彼の鋭い眼光を真正面から受け止めた。やはり一番度胸があるな、大した男だ。こんな状況でも怯まない精神力には敬意すら覚える。
「その理由をこれから率直に話したいと思う。即ちストラボ軍がアスクルムを包囲しようとするこの切迫した状況下で、市内に武装蜂起を起こす可能性がある集団の存在は、市民全体にとって極めて危険な状況をもたらすと判断された」
「武装蜂起? 俺たちがいつそんなことを計画した?」
「こちらが計画を把握していないとでも? まぁ、いい。仮に具体的な計画がなくとも、この戦時下においてはその可能性があるだけで十分だ」
俺は全員を見渡し、それぞれの顔を見ながら言葉を続ける。一人一人の表情を記憶に刻み込もうとしているのは、彼らへの最低限の敬意だった。彼らもまた故郷を愛する心を持っているのだから。
「諸君がパピリウス・ルクルスを支持していたのは事実だろう。そして彼は、武装抵抗を主張していた。その彼が逃亡した今、諸君の中に彼の意志を継ごうとする者がいてもおかしくない」
「それは推測に過ぎない! 推測で人を拘束するなど、都市がやることではない」
別の男が反論してくる。まだ身体拘束を禁止したローマ法はアスクルムに適用されてないんだがな……俺は内心で苦笑いしてしまう。だからローマに帰順すべきなのだ、と。だが同時に彼らの憤りも理解できる。俺だって同じ立場なら同じことを言うだろう。
「諸君は、現在のこの街が独自の法を持つ国家だと思っているのか? ローマ市民でない君たちに、ローマ法の保護がどれほど適用されるかを考えてみてほしい。またアスクルム政務官は、既にこの拘束を認めている」
その言葉に十二名の表情が一斉に変化する。そう、彼らはローマ法の完全な保護下にはない。同盟市民としてその立場は曖昧であり、戦時下においては更にその保護は限定的になる。
「だからといって諸君を永続的に拘束するつもりはない。ストラボ将軍との交渉が成立し、アスクルムの安全が確保されれば諸君は解放されるはずだ。それまでの間、辛抱してほしい」
「解放されるという保証はあるのか?」
俺が言葉を投げかけると、ファベルが鋭く質問を返してきた。その瞬間、俺の心に痛みが走る。しかしその答えは一つしかない。嘘をつくわけにはいかない。率直に答えざるを得ない、かな。
「……ない。戦争においては、何の保証もない。だが、我々としては諸君の安全を最大限確保するつもりだ」
「つまり、俺たちは人質ということか」
「違う立場から言えば、そういう見方もできるだろう」
その時、地下室の階段から足音が聞こえてきた。重い革靴が石段を踏む音に一瞬、その場に静寂が生まれる。そのためか足音がよく伝わる。一歩一歩がためらいがちで、まるで重い荷物を背負って歩いているかのような響動だった。
——やはりラビエヌスだ。
来なくてよいと言っておいたのに……。彼は俯き加減でゆっくりと階段を降りてくる。松明の明かりが彼の顔を照らすたび、その表情の暗さが際立って見える。この作戦に対する複雑な感情が読み取れた。俺は彼の心境を思うと、胸がさらに締め付けられる思いだった。
「ティトゥス・ラビエヌス!」
ファベルが彼の名前を鋭く呼ぶ。
「君は俺たちの隣人だった。君の父親と商売をしたこともある。その君が、なぜ俺たちを拘束する側に回ったのか?」
ラビエヌスが立ち止まる。彼の足音が止まった瞬間、地下室に重い沈黙が降りた。しばらくの沈黙の後、彼が口を開いた。その声は普段より一段低く、震えを帯びているように聞こえた。
「申し訳ない」
「謝って済む問題ではない! 君は街を守ると言いながら、実際には街を分裂させている。友人を敵に回し、隣人を裏切っているではないか、違うか?」
「……そうかもしれない。だが、他に方法がなかった」
ファベルの声に怒りが込められていた。ラビエヌスが静かに答えると、別の男、マルクス・ノニアヌスが烈しい形相でこちらを睨みつけ、立ち上がって吠えた。彼の怒りの炎が地下室の空気をさらに重くする。彼らの怒りを一身に受け止めながら、ラビエヌスは彼らに向き合っている。
「他に方法がない? 笑わせるな! お前たちは最初から、俺たちを排除するつもりだったんだろう。パピリウス殿を追い出し、リクトル殿を逃亡させ、そして俺たちを拘束する。全ては計画的だったんだ!」
その指摘にラビエヌスが微かに動揺する。彼の表情に明らかな苦悩の色が浮かんだ。俺は彼をこれ以上苦しめたくなかった。
「ラビエヌス」彼の名前をゆっくりと呟いた。
「君は任務を完了している。ここにいる必要はない。もう帰れ」
「いや、俺はここに残る。俺が拘束した人たちだ。最後まで見届ける責任がある」
「責任……」
ラビエヌスが首をゆっくりと振り彼なりの決意を述べると、ノニアヌスの顔が引き攣り口の端が斜めに釣り上がった。彼はこちらを指差し狂ったように嘲り嗤う。その笑い声が石壁に反響し、不気味な響きとなって俺たちを包んだ。
「ははっ、……君に責任など取れるはずがない! 君はただの道具だ、ティトゥス・クリスプスという主人に使われている道具に過ぎない」
その言葉にラビエヌスの拳が握り締められる。俺は彼の屈辱と苦痛を感じ取り、言葉にならない怒りが湧き上がった。だが、彼は反論しなかった。そう、ある意味ではノニアヌスの言葉が正しいことを彼自身が理解しているからだろう。それが何よりも辛い現実だった。
「諸君。このような議論を続けても建設的ではない。現実を受け入れ、今後のことを考えよう」
俺が再び口を開くとファベルの嘲笑がとまった。俺は自分の声が普段より低く、感情を抑えた調子になっているのを自覚していた。
「今後のことだと?」
「ストラボとの交渉で諸君の処遇についても議題になるだろう。その時、諸君がどのような選択をするのか。これが重要になってくる」
「……選択とは一体なんのことだ?」
「ローマへの完全な恭順を誓うか、それとも別の道を選ぶか」
その言葉に、十二名の間にざわめきが起こる。
「別の道とは何だ?」
「……亡命だ」
——ファベルの質問に、俺は明確に答えた。
この言葉を口にする瞬間、俺の胸に重いものが沈む。彼らを故郷から引き離すことになるのだ。それがどれほど残酷なことか、俺にも分かっている。この時代に流浪の生活に陥ることは、死よりも厳しい。
「アスクルムを離れ、ローマの影響力が及ばない土地で新しい生活を始める。その道を選ぶなら、我々としても資金面でのある一定の支援は行う」
「つまり、俺たちを追放するということか」
「……そうとも取れるな」
「……」
「ふざけるな! なぜ俺たちが故郷を離れなければならない? 俺たちは何も悪いことはしていない!」
「悪いことはしていないが、市にとっては危険な存在だということだ。つまり諸君の存在自体が、アスクルムの安全保障上の弱点となっているのが分からないのか?」
淡々と事実のみ伝えると非常に冷酷な雰囲気になってしまったが、仕方あるまい。俺は自分が冷血漢に見えることを承知していたが、それでも真実を語るしかなかった。想定外だったのか、別の男が床を見ながら土気色の顔をしたまま呟く。
「安全保障上の……。結局、俺たちは邪魔者ということか」
「そういう言い方は適切じゃないな。ただし現在の状況下では、諸君の理念と現実的な必要性は両立しない、ということだ」
長い沈黙が続いた。十二名それぞれが、自分の運命について考えているようだった。松明の炎がゆらゆらと揺れ、誰もが深い思索に沈んでいる。俺もまた、この静寂の中で自分の決断を振り返っていた。しばらくしてようやっとファベルが口を開いた。
「……分かった。俺たちの運命は、お前たちが決めるということだな」
「そうではない。最終的な決断は君たち自身が下すことになる。我々はその選択肢を提示しているだけだ」
俺が首を振るとファベルが引き攣った顔で苦笑している。その表情に俺は何とも言えない哀れさを感じた。
「恭順か亡命……それが俺たちに与えられた二者択一の選択肢か」
「残念ながら、現在の状況ではそれ以外の選択肢はない」
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その時、階上から慌ただしい足音が聞こえてきた。軽やかだが急いでいることが分かる足音——まるで緊急事態を告げる使者のように、石段を駆け下りてくる。
ソフィアだった。彼女が足音を立てるのは珍しいな。普段の彼女なら、忍者のように音もなく移動するはずだ。……敢えて音を出しているのかな?
「ティトゥス様……」
俺は階段を半分ほど登り、彼女に小声で話しかける。彼女の表情には明らかな緊張が浮かんでいた。何か重大な知らせだということが、一目で分かった。
「何が起こった?」
「ストラボ軍の本隊が到着しました。アスクルムから三ミリア(約30km)の地点で野営地の設営を開始しています」
ついに来たか。思わず心臓の鼓動が早くなった。これは身体によくないな。あまり体験したいものではない。俺は冷静を装いながらも、内心では恐怖と不安が渦巻いているのを感じていた。
「規模は?」
「約二万以上の兵力と推定されます。さらに、大型の攻城兵器も確認されています」
二万。
アスクルムの成人男性の総数をはるかに上回る。これでは、とても抵抗できる状況ではない。俺の判断が正しかったことが証明された瞬間でもあった。だがそれは同時に、もう後戻りできないことを意味していた。
「分かった。すぐに市議会を招集してくれ」
そのまま外に向かおうとすると、ファベルが大声で叫び声を上げた。その声には、最後の抗議とも言える激しい感情が込められていた。
「ティトゥス・クリスプス!」
本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。
なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。
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(引導を渡すのも、優しさの一部ですかね)
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