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『オリーブと梟』第一部 アスクルムの戦い  作者: 岡田 平真 / オカダ ヒラマサ
〜 法務官来訪
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第37話『休戦協定』

ルキウス・マルキウス・ピリップスとセクストゥス・ユリウス・カエサルが執政官の年(紀元前91年)十一月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス




 十月下旬、セルウィリウス来訪の報が正式に届いた時、拳を強く握り締めた。この危機を乗り切るにはラビエヌスの協力が不可欠だと感じている。今や黒章隊の存在感はそこまで高まっており、彼らの力なしでは、今のアスクルム市内の不穏な空気を払拭することは難しいと思う。


 ラビエヌスの顔を思い浮かべると、足取りが自然と重くなる。正直気が重い。しかしやらねばなるまいと覚悟を決め、彼のもとに向かう。


 夕刻の訓練場では、いつものように一人剣を振る彼の姿があった。


 「ラビエヌス」


 呼び声に応じて彼は振り返った。やはり表情は冷たいままだな。つらい。


 「また何の用だ?」


 「頼みがある」


 単刀直入に言葉を投げかけた。

 この瞬間まで、何度も頭の中で言葉を練り直していた。プライドを捨て、頭を下げる覚悟は既にできている。


 「セルウィリウス対応には、君の力が必要だ」


 ラビエヌスは眉をひそめた。

 「俺に何ができるというんだ?」


 「黒章隊の協力なしには、市内の秩序維持は不可能だ。もし暴動が起これば、セルウィリウスに武力制圧の口実を与えることになる」


  一呼吸置いてから言葉を続ける。

 「君が俺を嫌うのは構わない。だが、この街の人々のことを考えてほしい」


 ラビエヌスはじっと黙って目を瞑って腕を組んでいた。夕日が彼の顔を赤く染めている。影が長く伸び始める。


 「……具体的に何をすればいい?」


 言葉を聞いた時、張り詰めていた肩の力がすっと抜けた。


 「まず、情報収集だ。セルウィリウス一行の詳細な構成、市内の動向、特に急進派の動きを把握したい。黒章隊のネットワークなら、それが可能だろう」


 「それから?」


 「内部統制だ。特に若者たちの暴発を防ぐ必要がある。パピリウス派が扇動を続けているからな」


 ラビエヌスは考え込む。その横顔には、個人的な感情と公共の責任との間で揺れ動く複雑な心境が刻まれている。


 不信は彼の中に残っているだろうが、街の危機を前に私情を優先することはできないのだろう。しばらく黙っていたが、やがて深くため息をついた。拳を握りしめ、再び緩める。そんな動作を何度か繰り返してから、ようやく口を開いた。


 「……わかった」彼がついに答えた。

 「だが、これは街のためだ。勘違いするな」


 「もちろんだ」

 その言葉には偽りのない真摯な想いが込められていた。それを感じれたことが何より嬉しい。


 「俺も、街のためという想いに変わりはないさ」


 

 △▼△▼△▼△▼△


 その後の日々は、緊張に満ちた静寂の中で過ぎていった。共同作戦の展開が計画され、ラビエヌスの黒章隊は市内各所で情報収集を行い、政治的な調整については俺が引き受けることになった。


 最初はぎこちなかったが、徐々に連携が取れるようになった。互いの能力を認め合う過程で、かつて感じていた敵愾心が薄れていくのを実感する。


 ラビエヌスの報告は的確で、その冷静な観察力と洞察力に改めて感服した。判断材料として極めて有用で、心から感謝している。


 報告を終えた後、彼は一瞬こちらを見つめてから、すぐに視線を逸らした。以前ほど露骨な敵意は感じられないが、まだ完全に心を開いているわけではない。それでも、かつてのような氷のような冷たさは薄らいでいるように思えた。



 「ティトゥス」


 ある日、ラビエヌスが商会を訪れた。


 「気になる情報がある」


 「どんな?」


 「パピリウス派の若者たちが、何かを企んでいる。武器を集めているようだ」


 その言葉に、身を乗り出さずにはいられなかった

 「セルウィリウス到着に合わせて、何かを仕掛けるつもりか?」


 「可能性は高い。『ローマの侵略者を迎え撃つ』と息巻いている連中もいる」


 これは深刻な事態だった。もし武力衝突が起これば、アスクルムは確実に敵対都市と見なされる。胸の奥に不安が広がった。


 「詳しく調べてくれ。阻止する必要がある」


 ラビエヌスはゆっくりと頷き、こちらをしっかりと見る。この時、彼の目に宿っていた以前のような冷たさがないことに気がついた。



 △▼△▼△▼△▼△


 翌日の夕刻、予期せぬ事態が発生する。ラビエヌスと待ち合わせをしていた広場で、パピリウス派の年配者数名に取り囲まれる羽目になったのだ。彼らの表情は険しく、明らかに敵意を露わにしている。


 「ティトゥス・クリスプス!」

 その中の一人が声を荒げた。


 「貴様がラビエヌスを買収したのか? あの若者までローマの犬に成り下がらせるとは」


 周囲に人だかりができ始めた。このまま騒ぎが大きくなれば、せっかく築いた協力関係にも影響が出るかもしれない。冷静に対応しなければならない。


 「誤解だ。俺たちはただ街の平和のために—」


 「黙れ!」別の男が大声で怒鳴り始める。

 「貴様のような商人風情が我々の英雄を堕落させるとは」


 その時、人垣を押し分けてラビエヌスが現れた。状況を一瞬で把握すると、足を止めた。

 彼の表情に迷いが走る。一歩前に出かけて、また立ち止まる。拳を握りしめ、何かを決心したように顎を引いた。そして、ついに俺の前に立ちはだかった


 「何をしている、マルクス?」ラビエヌスが冷静に問いかけた。


 「ラビエヌス、目を覚ませ。こやつはローマの手先だぞ」マルクスと呼ばれた男が激昂した。


 「自分の意志で行動している俺を侮辱する気か、マルクス」ラビエヌスの声に迷いはなかった。


 「また、ティトゥスは街のために動いているだけだ。勘違いするな」


 「何を馬鹿な! 奴は—」


 「十分だ」ラビエヌスが一歩前に出た。

 「マルクス、俺たち子供扱いするな。誰が敵で誰が味方かくらい、自分で判断できる」


 その威厳ある声に、パピリウス派の男たちも言葉を失った。ラビエヌスは振り返ると、俺の肩に手を置く。


 「行こう、ティトゥス。話があるんだろう?」


 人垣が自然に道を開けた。二人して広場を後にする。ラビエヌスの表情は硬く、何度か口を開きかけては閉じている。明らかに自分の行動に戸惑いを感じているようだった。


 しばらく歩いてから、ようやく彼が口を開いた。


 「すまなかった。あいつらは昔から血の気が多くてな」声には、まだ迷いが残っていた。


 「いや、君が庇ってくれなければ面倒なことになっていた」


 その言葉に、ラビエヌスは苦笑いを浮かべた。

 「庇う、か。まさか俺がお前を庇う日が来るとはな」


 「意外だったかい?」


 「ああ」彼は率直に答えた。


 「だが、あの時……」彼は言葉を切った。

 「いや、正確には今日だけじゃない。この数日間、お前の行動を見ていて思ったんだ。本当にこの街のことを考えている、とな」


 少し間を置いてから続けた。


 「最初は信じられなかった。商人が私利私欲なしに動くなどと。ウチだって商人だからさ。だが……」


 夕暮れの中を二人で歩きながら、互いの沈黙が心地よく感じられた。かつて敵対していた相手を公衆の面前で庇うという行為が、ラビエヌスにとって重要な意味を持っていることは明らかだった。


 「ラビエヌス」


 思わず声をかけてしまい、その調子に自分でも面を喰らった。かけた声が少し震えていたのが恥ずかしい。


 「今日のこと、感謝している」


 「礼には及ばん」彼は前を向いたまま答えた。

 「だが一つ言わせてもらうよ。お前も変わったな、ティトゥス」


 「どういう意味?」


 「以前のお前なら、あの場で理屈で言い返そうとしただろう。今日は違った。相手の感情を理解しようとしていた」


 その指摘は的確だった。確かに以前の俺なら論理的な説明で相手を説得しようとしただろう。しかし今日は、彼らの怒りの根源にある不安や恐れを感じ取ろうとしていた。


 「君に教わったのかもな」

 素直に自分の行動をふり返ることができたのも、ラビエヌスのおかげかもしれない。


 ラビエヌスは足を止めこちらを見つめてくる。その目には、もはや敵意を見出すことはできなかった。


 「明日からが本番だ」彼が静かに言った。

 「共に頑張ろう、ティトゥス」


 初めて、彼が俺の名前を親しみを込めて呼んだ瞬間だった。



 △▼△▼△▼△▼△


 運命の歯車が音を立てて回り始めたのは、セルウィリウス到着の前日のことだった。決定的な事件が起こった。ラビエヌスが血相を変えて俺のもとに駆けつけたのだ。


 「ティトゥス、急いでくれ」彼は息を切らしながら言った。


 「パピリウス派の連中が、セルウィリウスの馬車に石を投げつける計画を立てている。明日の午後、南門の手前で実行するつもりだ」

 

 「今から止めに行くぞ」即座に立ち上がり、部屋の外へ向かう。


 「ああ!」ラビエヌスは深く息を吸い、頬を叩く。その後を追ってきたと思ったらすぐに俺を抜き去り、前を走り出した。


 二人の足音が石畳を蹴り、急ぎ足で現場へと向かう。南門に続く街道の途中、建物の陰に若者たちが隠れているのが見えた。


 「何をしている!」ラビエヌスが大声で叫んだ。

 「お前たちのやろうとしていることが、どれだけ多くの人を不幸にするかわかっているのか!」

 

 若者たちは驚いて振り返った。その中にはラビエヌスと同世代の者もいる。


 「ラビエヌス、お前まで奴らの仲間になったのか?」一人が俺を睨みつけ叫んだ。


 「仲間?」ラビエヌスが前に出た。


 「俺はこの街を守ろうとしているんだ。お前たちのような愚かな行為からな」


 ラビエヌスの言葉が胸を打った。彼は自分の立場を危険にさらしてまで、暴力を止めようとしている。同世代の若者たちから裏切り者と罵られる覚悟を決めて、ここに立っているのだ。その勇気と責任感に自然と頭が下がった。


 「もしお前たちがセルウィリウスに石を投げれば、アスクルムはローマから反乱都市と見なされ、報復を受けるだろう。その時、苦しむのは誰だ? お前たちの家族だ、友人だ、この街のすべての人々だ」


 ラビエヌスの言葉には、真剣な怒りと深い憂慮が込められていた。若者たちは徐々に武器を下ろし始めた。


 「帰れ」ラビエヌスが静かに命じた。

 「そして、二度とこのような愚行を企てるな」


 若者たちは渋々その場を去った。危機は回避された。


 「ありがとう、ラビエヌス」心から感謝を込めて告げた。

 「君がいなければ、大変なことになっていた」


 ラビエヌスはこちらを見つめてくる。その目にはまだ複雑な感情が宿っていたが、以前のような冷たさは和らいでいた。


 「ティトゥス」彼が口を開いた。

 「俺も……感情的になりすぎた部分があった」


 「いや、俺こそすまなかった」言葉に込められた悔恨は、偽りようのないものだった。


 「人の心を軽視していた。リクトル殿への言い方も、確かに失礼だった」


 ラビエヌスは少し考えてから答えた。

 「お前の現実的な判断が必要な時もある、ということは……今回の件で分かった」


 ゆっくりと右手を差し出した。

 「当面は、この街のために協力してくれないか? 俺たちの個人的な問題は、セルウィリウスの件が片付いてから、改めて話し合おう」


 ラビエヌスは差し出された手をじっと見つめた。長い沈黙が流れる。彼の中で何かが戦っているのがわかった。ついに、恐る恐るといった様子でその手を握った。


 「……分かった。だが、これは一時的な協力だ。完全に信用したわけじゃない。それでもいいなら」


 握った手に力がこもっていないことからも、彼がまだ完全には心を開いていないことが伝わってきた。


 「それで十分だ」自分の声の暖かさに、我ながら少し驚いた。

 「今はそれで十分だ」


 夕日が二人を照らしている。完全な和解ではないが、少なくとも敵対関係は解消された。セルウィリウス対応において、黒章隊が俺たちに協力してくれることは確実になった。


 二人の間にはまだわだかまりが残っているが、この危機を共に乗り越えることで、真の信頼関係を築けるかもしれない。それは今後の課題だった。



 本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。

 なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。


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(一度感情的になってしまうと、頭ではわかっていても中々素直に会話ができなくなっちゃいますよね。共通の目的があるって素敵ですね)



もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。


第一部の登場人物一覧はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/1/


第一部の関連地図はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/2/

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