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『オリーブと梟』第一部 アスクルムの戦い  作者: 岡田 平真 / オカダ ヒラマサ
〜 戦争の足音
33/96

第31話『未来を賭けた脚本』

ルキウス・マルキウス・ピリップスとセクストゥス・ユリウス・カエサルが執政官の年(紀元前91年)七月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス



 

 長老宅からの帰り道、胸中は複雑だった。望んでいた協力は得られたが、その代償として表舞台に立つことを約束してしまった。

 商会に戻ると、デモステネスとソフィアが俺を待っていた。二人の表情を見れば、会合の結果を察しているようだった。


 「どうでしたか?」デモステネスが聞く。


 「アルケウス殿の協力は得られた。ただし」溜息をつきながら報告する。


 「俺が市議会で直接証言する条件付きだ」


 ソフィアが手を叩いてはしゃぎ出す。人の気も知らないで‥‥。

 「素晴らしいじゃありませんか!ついにティトゥス様が表舞台に」


 「喜ぶな」苦笑いし、ソフィアに向けて舌を出す。

 「緊張して何も言えなくなったらどうする」


 「若様なら大丈夫です」デモステネスが確信を込めて言った。

 「これまでの準備が、必ず活かされます」



 その夜、商会の書斎で市議会での発言内容を準備を行うことにした。証拠の提示順序、想定される反論への回答、そして最も重要な結論部分。


「まず証拠の提示ですが」デモステネスが羊皮紙を広げながら言った。


 「人質交換の記録、金銭の流れ、そして関係者の証言。この順序で提示すれば、論理的な流れが作れます」


 「でも論理だけでは人の心は動かないわ」ソフィアが口を挟む。


 「感情に訴える部分も必要よ。アスクルムの未来、子どもたちの安全、家族の絆……そういうものを」


 「なるほど」書類を整理しながら頷く。

 「では冒頭で事実を示し、中盤で論理的な分析を行い、最後に市民の心に響く言葉で締めくくろう」


 三人で深夜まで議論を重ねた。デモステネスは修辞学の技法を教え、ソフィアは聴衆の心理を分析する。 それらを自分なりの言葉で組み立て直していく作業は、まるで建築家が神殿を設計するような精密さを要求された。


 記憶する歴史ではこの時期にアスクルムの運命が決まる。ここでの発言一つで、一万数千の人々の生死が左右されるかもしれない。プレッシャーで目眩がしそうだ。やれやれ。



 △▼△▼△▼△▼△

 

 数日後、市場で偶然ラビエヌスに出会った。彼は自警団の巡回中で、黒い肩布を着けた数人の少年たちを率いている。午後の陽射しの中、彼らの姿は実に頼もしく映っていた。


 「ティトゥス、最近忙しそうだな」


 彼が汗を拭いながら言った。近くで見ると以前よりさらに逞しくなっている。この数ヶ月で彼の中にある責任感が体つきまで変えたのかもしれない。


 「まあな。ラビエヌスの方はどうだ? 黒章隊の調子は?」


 「順調だよ。ただ」彼の表情が曇った。


 「最近、またぞろ夜中に怪しい動きをする連中が増えてきてな」


 「具体的には?」


 「倉庫周辺をうろつく者たち、密会を繰り返すグループ。明らかにウィダキリウス派の関係者だ」


 

 ラビエヌスの報告を聞きながら、改めて彼の成長を実感していた。一年前は感情任せに剣を振り回していた少年が、今では冷静に状況を分析し的確な判断を下している。リクトルから学んだ理想と、実戦で培った現実感覚が彼の中で見事に融合していた。それでいて根底にある真っ直ぐな正義感は少しも変わっていない。

 

 「気をつけろよ、ラビエヌス」真剣な眼差しを彼に向けて言った。

 「お前のような存在を、向こうも警戒しているはずだ」


 「心配ない」彼が自信に満ちた笑みを見せる。

 「俺たちには街の人々がついてる。それに」


 彼は仲間たちを振り返った。


 「一人じゃないからな」

 

 その言葉に胸がぐっと熱くなった。彼は確実にリーダーとしての風格を身につけつつある。いつか必ずこの街を、いやローマ全体を支える大きな存在になるだろう。そんな予感が胸の中で確信に変わっていく。

 

 ラビエヌスの成長を喜ぶのはここまでにして、現実に戻ろう。ふっと息を吐き出して、改めてこの現実に向き合うと、眉をひそめたくなるな。

 人質交換を阻止された急進派が、新たな策を練っているのかもしれない。彼らには彼らの正義があるのだろう。簡単に諦めるとも思えない。


 「引き続き監視を頼む。何か異常があれば、すぐに知らせてくれ」


 「了解だ。ところで」ラビエヌスが興味深そうに言った。


 「お前が市議会で発言するって噂を聞いたが、本当か?」


 「……誰から聞いた?」


 「街の連中がみんな話してる。『ついにクリスプス商会の若旦那が表に出る』ってな」ラビエヌスがニヤッと片頬だけ笑う。ヘンなところが器用なヤツだな。

 

 そう思いながらも頭を抱えてしまいたい気分になった。秘密にしておくつもりはなかったが、広めるような話でもない。準備で忙しかったから、実際は放っておいたし特にソフィアらにも指示を出していなかったが……アスクルムのような大きな街でも、すぐに噂が広まってしまうのか。油断した。

 

 「頑張れよ、ティトゥス。俺たちも応援してる」


 ラビエヌスの励ましに、苦笑いで答えるしかなかった。しかし、その声の奥にある心からの信頼を感じ取り、胸が温かくなった。


 

 △▼△▼△▼△▼△


 その夜、この人生で最初の本格的な政治演説の準備が始まった。デモステネスが論理構成を考え、ソフィアが情動に訴える表現を提案し、それらを自分なりの言葉で組み立て直していく。

 深夜まで続いた準備作業の中で一つの確信を得た。


 「……一人では絶対に無理だぁ」

 

 しかし、一人じゃない。すぐにこの事実に気づく。

 

 デモステネスとソフィアがいる。ラビエヌスも、アウレリウスもいる。

 そして市民の多くが俺を信頼してくれている。

 この支えがあれば、どんな困難にも立ち向かえるはずだ。


 「明後日が楽しみですね」ソフィアが微笑んだ。


 「楽しみ……か」

 「そう思えるようになったら、本物だな」

 

 窓の外では、夜風が麦畑を撫でていく。収穫の季節までまだしばらくある。でもこれまでの長い闘いの収穫期は、もうすぐそこまで来ているような気がした。



 その後、ある程度目処が付いたのでデモステネスとソフィアに礼を言い、部屋に戻ってもらった。後は一人で最後の仕上げを行うだけだ。


 「これでもう大丈夫かな、やれやれ」


 ようやっと原稿が完成し、一息つくことにする。

 商会の屋上に上がり、明けつつある星空を見上げていた。


 明日午後の市議会での発言を控え、心境は複雑だった。知っている歴史ではこの後ドルーススの暗殺、同盟市戦争の勃発、法務官の虐殺事件、アスクルム包囲戦、そして街の滅亡といった流れが続く。

 しかし、現代の知識を持っているからといって、確実に未来を変えられるとは限らない。蝶の羽ばたきが嵐を呼ぶように、些細な変化が予想もしない結果を招く可能性もある。明日の発言が成功したとしても、それがアスクルムを救うのか、それとも別の破滅への道筋を作ってしまうのか。


 歴史を知る者の重荷がずしりと肩にのしかかる。一万数千の人々の命が、この華奢な双肩にかかっているのだ。現代人としての理性は「できる限りのことをするしかない」と囁くが、心の奥底では「果たして自分にその資格があるのか」という疑念が渦巻いていた。

 それを変えるには明日の発言が極めて重要なはず。そのために皆を危険に曝すとわかっていながら、二度も人質交換の現場を押さえたのだから。

 街が反ローマに染まらなければ虐殺事件が起こる確率も減り、アスクルムが反ローマの象徴的な都市になることも無くなるはず。



 「若様」


 デモステネスが梯子を上がって屋上へやってきた。

 手には薄めた葡萄酒の入った壺と杯を持っている。器用だな、さすが忍者だ。ハシゴ登りもお手のものだな。いや、お足のもの、かな?


 「明日の準備はいかがですか?」


 「一応、原稿は用意した。ただ‥‥」杯を受け取り、お礼を言いながら独り呟く。


 「本当にうまくいくかどうか」


 「若様の論理と証拠なら、必ず相手を説得できます」


 「論理と証拠だけでは足りない時もある。特に政治の世界では」


 デモステネスは静かに微笑んで答えくれる。


 「確かにそうですね。しかし、若様には論理と証拠以上の武器があります」


 「武器‥‥って何だ?」


 「誠実さです。この街の人々は、若様の真摯な姿勢を見ています。それこそが最大の説得力になるでしょう」 

 

 デモステネスは静かに笑っていた。

 夜風に頬を撫でられながら、明日への決意を新たにする。もう後戻りはできない。アスクルムの未来はこの華奢な双肩にかかっているのだ。


 しかし、心の奥底では不安が渦巻いていた。果たして一万数千の人々の期待に応えることができるのだろうか。未来の知識を持っていても、結果を保証できるわけではない。

 それでも、やるしかない。この街を、この人々を助ける。この手の届く範囲だけでも。



 △▼△▼△▼△▼△


 市議会当日の朝、商会の中庭で一人、深呼吸を繰り返していた。手の平は汗ばみ、心臓の鼓動が早い。現代のプレゼンテーションとは比較にならない重圧が、肩にのしかかっているのを自覚する。

 

 「若様」

 デモステネスが現れた。彼の表情はいつになく厳粛だった。


 「こちらの準備はできております。あとは若様の決意だけです」


 「決意、か」思わず苦笑いが出てしまった。

 「正直、まだ迷いがある」


 「それでいいのです」デモステネスが意外なことを言った。


 「迷いのない人間は、危険です。迷いがあるからこそ、慎重に判断できる」


 その時、ソフィアも現れた。彼女の手には、白い清潔な短衣が握られている。


 「ティトゥス様、これをお召しください。市議会にふさわしい装いです」


 短衣を受け取りながら、二人にきちんとお礼を伝えた。

 「ありがとう」


 「ティトゥス様、今日は一人で行かれるのですね」


 「ああ」資料をまとめながら、ソフィアに返答を返す。

 「これは俺自身の責任だ。お前たちに迷惑をかけるわけにはいかない」


 「そんな」ソフィアの表情が曇った。

 「私たちも同行いたします」


 「いや」首を横に振り、しっかり意思を告げることにする。


 「議場に入れるのは議員と証人だけだ。君たちは外で待っていてくれ」


 デモステネスが深く頷いた。

 「承知しました。しかし、何かあれば必ず」


 「心配ない」二人の肩に手を置いた。

 「俺には、お前たちが教えてくれたことがある。それで十分だ」

 

 ソフィアの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 「お礼なら、成功してからおっしゃってください」


 彼女がいつものようにウインクしようとしたが、声が微かに震えていた。



 着替えを済ませ、証拠書類を革袋に入れ市議会議事堂に向かう。石畳を踏む足音がやけに大きく響いているように感じた。

 議事堂の前では、既に多くの市民が集まっていた。彼らの視線が俺に注がれる。期待と不安が入り混じった眼差しだった。

 

 「頑張って、若旦那!」


 誰かが声をかけてくれた。

 建物の前には既に多くの市民が集まっており、今日の議会への関心の高さを物語っていた。


 「ティトゥス様、頑張って!」


 群衆の中から女性の声が上がった。見ると、商会で麦を買った主婦たちが手を振っている。


 「若旦那、応援してるぞ!」


 パン屋の主人も声をかけてくれた。

 市民の期待を背負って議場に入る足取りは、思いのほか軽やかだった。緊張はしているが、同時に「やらなければならないことをやる」という使命感に満たされていた。


 振り返って皆に手を振り、俺は議事堂の中に入った。


 △▼△▼△▼△▼△

 

 円形の議場には、市議会議員たちが既に席についている。石造りの重厚な空間に、緊張感が漂っていた。議場の向こう側に座る急進派の議員たちの視線は、明らかに敵意に満ちていた。

 特にパピリウスの視線や表情は、敵を睨みつけるようで殊更厳しい。彼らは警戒しているようだ。リクトルは状況を理解しているのか、いささか蚊帳の外のような表情を見せている。その表情には困惑と僅かな期待が混じっているように見えた。

 

 親ローマ派の議員たちは、概ね落ち着いている。アルケウス長老を筆頭に、彼らは俺の発言に期待を寄せていそうだ。一方で、中立派の議員たちは興味深そうに俺を観察している。彼らにとって、今日の発言は立場を決める重要な判断材料になるのだろう。


 議場の空気が重い。石造りの円形建築に議員たちの息遣いが響き、まるで劇場のような荘厳さがあった。天井の高い空間に、期待と緊張が渦巻いている。

 事前に与えられていた席に座り、革袋を膝の上に置いた。手が僅かに震えているのを自覚し、深呼吸を繰り返す。この瞬間こそが、アスクルムの運命を決する分水嶺なのだ。


 既にアルケウスは席に着いており、彼が俺に向かって小さく頷いたのを確認し、証拠の入った皮袋を握りしめた。

 今日この場で、アスクルムの運命が決まる。歴史を変える戦いが、ついに始まろうとしていた。


 彼らも、この議会の重要性を理解している。今日の結果次第で、彼らの野望が潰えるかもしれないのだから。静寂に包まれた議場で最後の準備を整えた。与えられた使命を果たす時が、ついに来たのだ。

 アルケウス長老が立ち上がった。



 「諸君、静粛にしてほしい。本日はティトゥス・アエリウス・クリスプス殿より重要な報告がある」

 

 ひとつ深呼吸して立ち上がる。

 議場が静まり返る。

 すべての視線が俺に集中した。

 

 「議員の皆様」声を目いっぱい張り上げた。


 「私は今日、アスクルム市民の名誉と安全のために、真実を報告いたします」

 

 革袋から最初の書類を取り出し、高く掲げる。羊皮紙が議場の灯火に照らされ、文字が浮かび上がった。


 「これらは、一部の議員による独断的な人質交換の証拠です。市議会の正式な決議を経ずに行われた、違法行為の記録です」

 

 議場がざわめいた。急進派の議員席から怒りの呟きが聞こえてくる。パピリウスが席を立とうとしたが、アルケウスの鋭い視線に制止された。


 「しかし」ここで声を一段と高くした。


 「私がここで告発したいのは、個人の犯罪ではありません」


 議場の空気が変わった。期待と緊張が入り混じった静寂が、円形の石壁に響く。


 「私が問いたいのは」議場全体を見回した。


 「我々アスクルム市民が、どの道を選ぶべきかということです」



 本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。

 なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。


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(人は絶頂の時に足をすくわれる。昔から云われている言葉ですが、真理の一つを突いていると私は思います。その原因に気付き対処できるかどうかが、大成する鍵なのでしょう)

もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。


第一部の登場人物一覧はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n3241kv/2/

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