表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『オリーブと梟』第一部 アスクルムの戦い  作者: 岡田 平真 / オカダ ヒラマサ
〜 戦争の足音
34/96

第32話『演出家が舞台に立つ日』

ルキウス・マルキウス・ピリップスとセクストゥス・ユリウス・カエサルが執政官の年(紀元前91年)七月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス




 「詳細な説明をお聞かせください、ティトゥス殿」アルケウス長老が先を促した。


 一つ一つの証拠を順を追って説明していく。偽造された署名の筆跡分析、議事録との矛盾点、契約書の不自然な内容。デモステネスと練習した通りに、論理的かつ明確に話すよう心懸ける。


 しかし、もちろんのこと証拠の羅列だけで終わらせるつもりはない。

 

 「皆さん」革袋を全員から見えるよう持ち上げる。


 「これらの証拠が示すのは、一つの事実です。我々の中に、密かに戦争を望む者がいるということです」


 急進派の議員席がざわめく。リクトルが困惑した表情で俺を見つめている。

 

 「しかし、私は問いたい」やや高めの声が議場に響く。


 「戦争は我々に何をもたらすのでしょうか?」


 議場の中央に歩み出て説得を続ける。

 「確かに、ローマの政策には不満があります。市民権の付与が遅れていることも事実です。しかし、」


 急進派の議員たちを見据え、語りかける。

 「武力によって解決できるのは、破壊だけです。我々が求めているのは、建設的な未来ではないのですか?」

 

 中立派の議員たちが身を乗り出した。彼らの表情に興味深い光が宿っている。議場は静まり返っていた。



 「フレゲッライを思い出してください」



 静寂を破って声が響いた。


 「三十年余り前、あの都市は今の我々と同じように

、ローマ市民権を求めて立ち上がりました。そして武力衝突の結果、何が残ったでしょうか?」


 議場を見回すと頷く者が多い。これは誰もが知っているこの世界でも史実だ。


 「法務官ルキウス・オピミウスによって街は完全に破壊され、住民は殺戮されるか奴隷として売られました。かつて繁栄を誇った美しい都市は、今でも廃墟のままです」


 議場は重苦しい沈黙に満たされた。フレゲッライの悲劇は、同盟市の人々にとって忘れることのできない警告だった。ローマに武力で挑んだ都市の末路を、誰もが知っていた。

 

 「これが武力による解決の現実です」静かに言葉を継いだ。


 「我々は同じ道を歩むのでしょうか?」

 

 議場が再びざわめく。今度は賛同の声が多く聞こえた。親ローマ派の議員たちが頷き、中立派の議員たちも考え込んでいる。つぎは最も大切な部分だ。


 「しかし、私が今日、皆様にお伝えしたいのは、もっと大きな真実です」

 

 急進派、親ローマ派、中立派、すべての議員が次の言葉を待っている。

 

 「我々アスクルム市民には、第三の道があります」


 議場の空気が一変した。すべての議員が身を乗り出し、更に言葉を欲している。


 「それは、賢明な外交による現実的な解決です。ローマと積極的に関わりを持ち、交流を深めたうえで信頼感を高め、そして対話を通じて、段階的に権利を拡大していく道です」


 中立派の議員の一人が立ち上がった。

 「具体的には、どのような方法ですか?」


 微笑みを浮かべ言葉を続ける。

 「まず、我々の潔白を証明します。そして、建設的な提案を持ってローマと交渉するのです。市民権の付与を一方的に要求するのではなく、我々が提供できる価値を示しながら」


 親ローマ派の議員たちが頷いている。彼らの表情に安堵と期待が浮かんでいた。さて最後の一押しだ。

 

 「ローマには、我々が敵に回る短所を説明し、説得します。利を訴えたうえ、味方につける旨味を納得させるのです。彼らの方から、我々に仲間になってほしいと言わせるのです。そのためには、アスクルムの価値を高めねばなりません。農業を、工業を、商業を発展させ、富を蓄えるのです」


 

 議場から拍手が起こった。それは小さく始まり、やがて大きな拍手の波となってこの身を包んだ。親ローマ派だけでなく、中立派の多くも拍手に加わっている。急進派の一部からも、僅かに手を叩く音が聞こえた。


 「そのためは相互理解が不可欠です。そのためにローマへこちらから使節団を派遣しましょう。またローマから何らかの視察団が来訪した際は、先ほどの証拠をもって、アスクルム市の潔白を証明いたします。そして、我々の誠意と建設的な姿勢を示すのです」



 さらに拍手が高まった。しかしリクトルは複雑な表情でこちらを見つめていた。困惑と、何かを理解しようとする意志が、その瞳に宿っている。


 またパピリウスはムスッとした顔で押し黙っていた。直接彼のことは言及しなかったので、内心はホッとしていたのだろうけど。

 


 安堵と達成感で、膝から力が抜けそうになった。でも、なんとか最後まで立っていることができた。議場の熱気がこの身を包む。


 この瞬間、確信した。

 アスクルムに新しい道が開かれたのだと。


 

 議会終了後、議事堂の外で待っていたデモステネスとソフィアに迎えられた。


 「お疲れ様でした、若様」

 デモステネスが深く頭を下げた。


 「最高でしたよ、ティトゥス様!」

 ソフィアが飛び跳ねて言う。‥‥最高でした? どこかで忍び込んで聞いていたのか?? まぁバレてなければよいか。


 喜んでくれている二人を見て、心から安堵した。何とか乗り切ることができた、かな。


 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 翌日の昼過ぎ、リクトルが商会を訪ねてきた。どうやら話したいことがあるらしい。おそらく昨日の議会のことだろう。気が重いが逃げるわけにはいかない。また一人で訪れた彼の意気込みも立派である。客間に通すようアウレリウスに指示し、デモステネスを連れて会談に臨んだ。

 

 「君の昨日の議会での発言は一体何のことだったのか、再度聞かせてほしい」

 

 リクトルの声には、昨日にはなかった怒りが込められていた。彼の表情は険しく、明らかに何かに憤慨している。


 「まず聞きたい」リクトルがぐっと前のめりになった。


 「君は我々の行動を『一部勢力の暴走』と呼んだが、それは何を意味している?」

 

 慎重に言葉を選びながら答えた。

 「人質交換は市議会の正式な決議を経ていない。それは事実だろう?」


 「事実? 人質交換?」リクトルの声が上ずった。


 「我々は信念に基づいて行動した! ピケヌムの未来のために、必要な手段を講じたのだ! それを『暴走』などと——」


 「冷静になってくれ、リクトル。俺はただ——」


 「冷静だと?」リクトルが立ち上がった。


 「君に我々の何がわかる! 君の『第三の道』とやらは一体何だ? 『段階的に権利を拡大』?『建設的な提案』? 美しい言葉ばかりで、具体的に何をするつもりなのか全く見えない!」

 


 一瞬言葉に詰まったが、すぐに立ち直った。

「確かに具体的な手順は示さなかった。だが、君の言う武力による解決こそ、より曖昧ではないのか?ローマと戦って勝てる見込みがあるとでも?」声に力を込めて続けた。


 「議会で提案したのは段階的だが確実な道だ。しかし君たちの方法は、一か八かの賭けに過ぎない」


 「だが、いつまで待てというのだ?」リクトルの声が震えていた。


 「我々が『価値を示しながら』ローマの機嫌を取っている間に何年、何十年が過ぎるのか? その間、我々はローマの二等市民のままでいろというのか?」


 「急激な変化よりも——」


 「急激?」リクトルが冷笑した。こんな表情もできるのか、と思わず驚いてしまう。


 「我々がローマに仕えてどれくらいの時が経ったと思っている? グラックス兄弟の時代から数えても、もう四十年だ! その間、ローマは我々に何をくれた?約束だけだ!」


 リクトルはそのまま窓の方へ歩いて行き、外を見つめてたままこちらを見ようとしない。


 「君の言う『賢明な外交』とは、要するにローマの顔色をうかがい続けることだろう? 我々が頭を下げ、媚びへつらい『どうか市民権をください』と哀願することか?」


 「そうじゃない」すかさず立ち上がり、両手を広げて説明をしようとするが‥‥

 「対等な立場での交渉を——」


 「対等?」リクトルが見たこともない怒りの形相となって振り返った。


 「君の提案のどこに対等性がある?『我々が提供できる価値を示しながら』——これは物乞いの言葉だ!商人の卑屈な取引交渉と何が違う?」


 彼の発言に返答できない。

 

 「ピケヌムの誇りを知らぬ者に何がわかる!」リクトルの声だけが部屋に響いていた。


 「我々は誇り高い戦士の血を引いている。ローマの犬として尻尾を振ることが我々の未来だと言うのか!」

 

 結局、話し合いは平行線を辿り彼との溝を埋めることができなかった。リクトルが去った後、自分の提案の曖昧さと、彼らの誇りを軽視していた事実を痛感していた。

 しかし、なぜこれほど彼の言葉が胸に突き刺さるのだろうか。『対等な立場での交渉』と口にしながら、心の奥底では確かにローマの優位性を前提に考えていたのではないか。『賢明な外交』という美名の下に、結局は服従を美化していただけなのかもしれない。そう考えると、自分の正義感すら疑わしく思えてきた。


 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 リクトルとの会談から数時間が経ち、夜になって商会に顔を出してくれたラビエヌスに対して、つい愚痴をこぼしてしまった。


 「リクトルはどうしてあんなに頑固なんだ?  あれでは交渉にもならない」


 しかしラビエヌスは険しい表情で黙ったまま、しばらく俺と目を合わせようともしなかった。やっと口を開いたとき、彼の声は今まで聞いたことのない冷ややかな音色だった。


 「ローマ市民権を最初から持っているフィルムム育ちのお前には分からないさ。ピケヌムに根差した人間の誇りがどれほど深いかをな」

 

 彼の言葉に驚きラビエヌスの顔を凝視する。いつもの熱い口調とは全く違う、氷のような冷たさがそこにあった。


 「ラビエヌス、何を怒っているんだ?」


 「怒ってなんかいない」彼は顔を背けた。


 「ただ、お前の言い方が気に食わないだけだ」


 「俺の言い方?」


 「リクトル兄貴を馬鹿にしたような口ぶりだったな」ラビエヌスの声に怒りが滲んだ。


 「『あんなに頑固』だと? 『交渉にもならない』だと?」

 

 「待ってくれ、ラビエヌス」声を上げて制した。

 「確かに言葉が足りなかった。だが、私だってこの街を愛している。ピケヌムの未来を真剣に考えているからこそ、無謀な道を選んでほしくないんだ」


 立ち上がって彼と向き合った。

 「リクトルの情熱は理解している。だが、情熱だけでは街を守れない。冷静な判断も必要なはずだ」


 「兄貴はな」ラビエヌスが言葉を遮った。

 「この街のことを本気で考えている。ピケヌムの誇りを守るために、どれだけ悩んでいるか知ってるのか?」


 「でも、あのやり方では——」

 ラビエヌスの目が鋭く光った。


 「お前はいつからそんなに偉くなったんだ? 商売の数字しか見えない男が、どんな政治を語るのか?」

 

 言葉を失う。ラビエヌスの怒りは、想像していたよりもはるかに深い。


 「お前はな」彼が立ち上がった。

 「いつも正論ばかり言う。確かに間違っちゃいない。でも、人の心がわかってない」


 「人の心……」


 「兄貴の気持ちを考えたことがあるのか? この街を愛する気持ちを? ピケヌムの歴史と伝統を守りたいという思いを?」

 

 ラビエヌスの言葉が胸に突き刺さる。確かにあの会話では、リクトルの感情を軽視していたかもしれない。論理だけで彼を説得しようとしていたかもしれない。いや、『かもしれない』ではない。確実にそうしていた。数字と理屈で武装して、彼らの誇りという曖昧なものを価値の低いものとして扱っていたのだ。商人というより現代人としての認識が、この時代でいう『人の心』を軽んじる習性を植え付けていたのかもしれない。


 「お前は利口だよ、ティトゥス」ラビエヌスが苦々しく言った。

 「でも、利口すぎて人の痛みが見えないんだ」


 「ラビエヌス——」

 「もういい」彼は背を向けて出て行こうとする。


 「お前の具体性のない正論にはもう飽きた。しばらくは一人で勝手にやってろ」

 

 引き止めようとしたが、ラビエヌスは振り返ることなく去っていった。残されたのは、重い沈黙だけだった。

 


 ラビエヌスと喧嘩をしたその夜、屋上で一人考え込んだ。ラビエヌスの言葉は痛烈だったが、同時に的確だった。論理と効率ばかりを重視し、人々の感情を軽視していたのかもしれない。


 リクトルの頑固さも、彼なりの信念の表れだった。ピケヌムの誇りを守りたいという純粋な思いが、あの頑固さを生んでいるのだろう。それを「交渉にならない」と切り捨ててしまえば、それは確かに傲慢だったかもしれない。

 ラビエヌスにとって、リクトルは憧れの兄貴分だ。剣術の師であり、人生の手本でもある。その人物を俺が軽んじるような発言をすれば、彼が怒るのも当然だった。

 

 その後、ラビエヌスは口を閉ざしたまま俺を避けるようになった。街で会っても、素っ気なく挨拶を返すだけで、以前のような親しい会話は一切なくなった。黒章隊の報告も副長のデキムスや他の少年を通じて伝えてくるようになったことで、自分の失敗を痛感した。政治的な成功を収めたとしても、大切な友人を失ってしまえば、それは本当の勝利と言えるのだろうか。


 それから一週間、状況は全く好転していない。

 デモステネスとソフィアも何も言わなかったが、二人とも故郷を失った経験があり、故郷の誇りを軽視する発言に敏感だったはずだ。彼らはあえて指摘してこなかったが、それは俺自身が気づくべきことだと考えているからだろう。


 夜、一人窓の外を見上げると星々が静かに瞬いていた。この美しい夜空の下で、大切なことを見失っていたのかもしれない。論理や効率だけでは、人の心は動かせない。感情や誇り、そして愛情も同じように大切なのだ。


 明日からはもっと人の気持ちを理解しようと心に誓った。ラビエヌスとの友情を取り戻すためにも、そしてこの街の人々を本当の意味で救うためにも。



 本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。

 なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。


--------------------------------------------------

(人間は、自分の外の感覚はわからないものです。頭で考えていることだって、外部からの刺激を受けた内部の脳神経系が判断しているのですから。だからこそ眼を見開き、耳を澄ませ、声を発して外部からの情報を自ら取りに行くしかないのだと思います)


もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。


第一部の登場人物一覧はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/1/


第一部の関連地図はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/2/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ