主が不在の館 【ジョゼ】
「これも宮仕の哀しさだ」
と珍しく肩を落としたお方さまは、翌々日にはジャスミン様に連れて行かれてしまった。俺はもちろん護衛としてついて行くつもりだったのだが、
「君には残って欲しい」
と言われてしまった。反射的に抗議しようとしたが、お方さまが笑って止めた。
「行きに3日、帰りに3日、会議に1日として最短1週間。だが私の予測ではその間に嵐が来る。
そうなると戻りがいつになるか判らないし、こちらに男手が要るんだ」
先輩たちから護衛は任せておけと請け負われたこともあり、今回は大人しく留守番に回ることにした。ビー小隊長に自分たちが信用できないのかと詰め寄られては、降参するしかないではないか。団長でも敵わない人に楯突くなど、土台無理なのである。
ジャスミン様たちは滞在中にお方さまのことを宣伝していったらしく、ルースさんやコリーにはお方さまのことを尋ねる人が増えたそうだ。俺にも接触する人が増えそうだからと、設定を決めることになった。
「順当なところで、書生かしらね」
エイダさんの言葉に、思わず顔を顰めてしまった。
「…俺が占いをやるように見えますか?」
「あら、書生が嫌なら愛人しかないわよ?本邸に住んでるんだもの」
そちらはもっと遠慮したい。表情に出たらしい。俺を見ている2人は笑いが抑えきれていない。
「占いでなく、他国の歴史や文化を学んでることにすればいいじゃない。その気になれば、本当に教えてもらえるわよ」
「本もたくさんありますしね」
そんな訳で、俺は師の紹介で、多方面に繋がりがあり、珍しい書物などを手に入れられる高名な巫女の下で学ぶ男になった。設定はある程度事実に基づいている方が破綻が少ないからと言われたものの、どうにも面白がって決められた気がする。
雨が降り出したのは4日目だ。4日の間に備えていたこともあって、嵐が本格的になる頃にはすっかり篭城の準備が出来ていた。
「嵐の備えがこんなに早く終わるのは初めてです」
ポールがつぶやき、隣では彼の妻がコクコクと頷いている。板戸は作ってあって打ち付けるだけ、薪は小屋一杯に積み上がっているし、井戸水が濁る前に7つの大甕に水を満たしてある。食糧に至っては炊き出しが出来るほど備えられていて、普段は敷地内の別邸に住んでいる2人を屋敷に収容しても、充分な余裕があった。
「ふふふ。何度か説明を聞いてるんだけど、どうして嵐の予測が出来るのか判らないのよね」
「そう言えば領都では嵐の2日前に先触れが出てましたね。あれはお方さまが?」
「2日前くらいになると、遠くに嵐の種が見えるらしいわよ。その2日前がいつになるか、海軍の軍団長と予測合戦してたわ。ちょっとだけ軍団長が勝っておいでだった」
エイダさんが楽しそうに言った。なんでも天候の予測は漁師の息子だった軍団長仕込みらしく、軍団長の予測が当たると「お前もまだまだだな!」と言いに、お方さまの予測が当たると「師匠たる俺の教えが良いからだな!」と言いに、毎回執務室にやって来る軍団長は、法務局の嵐の時期の名物だったそうだ。傍迷惑な名物である。
護るべき人のいない屋敷では暇を持て余すかと思いきや、書生設定を裏付けるためにと授業が始まった。先生役は意外にもルースさんだった。南方諸国の伝承や習俗を中心に色々と教わった。なかなかに興味深い話しが多く、全員で耳を傾けることになった。
例えば南方諸国では家は女系相続なのだそうだ。これは女性が当主なら、後継の子どもは必ず当主の血を引いているという理由らしい。恋多き国ならではの策だとか何とか。一方の東方にある国では末子相続をするのだと言う。家畜が主たる財産のその国では、上の子が出て行く時にはその時家にいる子どもの人数で割った数の家畜を与えるそうだ。末子が家を継ぐ頃には、上の子に与えた家畜も増えて全員がほぼ同じ財産を持つのだと言う。それぞれ合理的で面白い。
「ルースさん、随分と外国のことに詳しいんですね」
「私、南方諸国の出身だからねー。こっちとの違いが面白くて、色々調べたんだ」
何気ない呟きに、意外な答えが返って来た。




