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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第十章 斯くして人は消えた
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第五話 朱塗りの記憶⑫

◆◇◆



 肋骨二本骨折の重傷。

 それが俺こと百鬼(なきり) 護の一番大きな怪我だった。道理で痛みの余り動けなくなる訳だと、馴染みの医者に診断された際に笑ってしまった。

 既にショッピングモール「オメガ」における結界事件から三時間ほど。まだ百鬼組内部は混乱の極致にあった。

 それもその筈だ。一体どれほどの人間が犠牲になったか、皆目見当もつかないのだ。警察の協力者である月夜野の力を借りて事件の全容解明に取り組んでいるが、まだ初動も初動である。(かんば)しい情報など、集まる筈もなかった。

「当分は安静だね、護」

「……何でお前が嬉しそうなの?」

「あーんしてあげよっか?」

 こちらを元気づけようとしているのか、俺の布団の横では綾音が揶揄(からか)う様な笑みを浮かべて座っている。

 看病する気満々でいてくれるのは、嬉しいような恥ずかしいような、申し訳ないようなと色んな感情が湧き起るのだが、笑う事は出来なかった。

「……ごめん、今はあんまり悪ふざけに付き合える精神状態じゃない」

「知ってる。沢山、亡くなってたんでしょ?」

「ああ……数えたくないくらい」

 碌に寝返りもうてず、俺は見慣れた自室の天井を見上げて瞑目した。途端に瞼の中で浮かび上がる、地獄絵図。

 夥しい死体とむせ返る様な血の匂いが海馬の中から呼び起こされて、軽い吐き気が込み上げてくるのだった。

「……救えなかった」

「でも、あんなのどうする事も……!」

「長崎君も、高田さんも、シーグローヴ君も、桜井君も、死んだ」

「っ!」

 瞼の上に、前腕を乗せる。瞼を僅かに貫通していた照明の光すらも遮られて、視界一面が漆黒に覆われた。

「俺が直接確認した訳じゃない。五百蔵(いおろい)がそう言ってたんだ。でももう、それすら確かめようがない」

「光の粒になって、消えたんだっけ」

「そうだ。ショッピングモールの中はもう、血すらない。血の匂いもしないそうだ」

 そのせいで、犠牲者の全容を把握する事が困難になっている。何より、実際に現場を見ていない者からすれば、本当に中で人が殺されていたのか分からない。だって現物が何処にも無いのだから。証拠が無くては、幾ら真実と言われても信じられる筈がなかった。

「綾音、マスコミとか野次馬は?」

「それが、不自然にだんまりで……動画とかも上がってない。まるでみんな、興味を失ったみたい……いや、最初から(・・・・)そんなもの(・・・・・)なんて無かった(・・・・・・・)みたいに」

「人が何人死んだと思ってる? 無かった事になんて……出来る筈無いのに、“ノクス”か警察が工作でもしたか?」

 現在、ショッピングモール「オメガ」は警察によって封鎖されている。負傷者は運び出され保護されているのだ。勿論、その管轄は警察などの国営組織の担っているところであって、百鬼(なきり)組が噛めるところでは無かった。

「……事件が全く無かった事になるんて事が、あるのか?」

「ある、と言えなくはない」

 不意に、俺の部屋のドアを開けて小柄な一人の少女が入ってくる。彼女の名は、ヴィオレット・オーバン。この世界とは違う場所からやって来た、研究者だ。

 その彼女は、勝手に座布団を引っ張り出して俺の横でちょこんと正座した。

「ツキヨノからの情報で、“ノクス”と警察があのショッピングモール内に時空転送装置らしきものを置いていたのは確認済みだ。恐らく、その暴走で思いもよらぬ事態が起こっている」

「思いもよらぬ事態ってのは……」

「死体の消失、そして亡くなった人々の、存在そのものの消滅」

「っ!?」

 消滅? 消滅とは、一体どう意味だ? 理解が追い付かなくて、俺と綾音はオーバンを見たまま動きが止まる。

 それに対し、彼女は淡々と説明を続けていく。

「勿論それは、全ての人間に適用されている訳ではないが……」

「待ってくれ、存在の消失ってのは……」

「亡くなった人が、最初から存在しなかったと認識される様になっている、という事だ」

「馬鹿な!? 俺はちゃんと覚えてるぞ!?」

 思わず大声を上げて、肋骨が悲鳴を上げる。その激痛に悶えていると、オーバンは一度溜息を吐いてから変わらず冷静に研究者らしく述べていく。

「まだ仮説段階だが、この影響を受けているのは、魔力を持たない者が中心だ。要するに、ただの人であればある程、影響を受ける。百鬼(なきり)組の人間は、恒常的に魔力と触れ合う人が多いから、その割合は少なく済んでいるがな」

「じゃあ、長崎君とかの関係者は親ですら忘れてる可能性が高いって事……?」

「そのナガサキとやらが誰かは知らないが、この一件に巻き込まれた犠牲者か? だとすれば、その知り合いの多くは、存在を忘却していてもおかしくない」

「嘘だ、嘘だッ!」

 あり得ない。あってはならない。

 嘘であってくれ。たのむ。

 脇に置いてあった携帯端末を引っ掴み、俺は友人の一人――土喰(とく) 真成(まさしげ)に電話を掛けた。

『何だよ、護? 急に電話なんてお前らしくない』

「悪い、ところで長崎 慶司くんって誰だか分かる? ほらこの前、一緒に焼き肉行った」

『ナガサキ ケイジ……?』

 その声は、当惑の色が更に濃くなっていくようだった。ハッキリ言って、名前に聞き覚えが無さそうなのだ。

 でもそれは、あり得ない事だ。だって彼も長崎達と仲が良くて、だから一緒に飯だって食べに行っていたくらいで。

 忘れて良いものでは、絶対にない――筈なのに。

「じゃあ高田 麗奈は? アレン・シーグローヴは? 桜井 興佑は!? あの日も一緒にいて……」

『護。何を焦ってんのか知らねえけど、落ち着けよ。何か変な夢でも見たんじゃねえの? アレンて……俺、外人の知り合いとか居ねえんだけど』

「じょ、冗談だろ? だって……」

『悪いな、今は部活の休憩時間なんだ。また部活終わったら電話くれ。今はお前の冗談とかどっきりに付き合ってられる体力がねえ』

 一方的に、通話は切られた。

 デフォルトの画面に戻った端末を見下ろして、俺は(しばし)し絶句していた。そして、思い出したように震える声で言うのだ。

「おい、どうなってんだこれは……!?」

「だ、大丈夫、護!?」

「だから言っただろう、存在の消滅だ。忘却だ。逆を言えば、こうして忘却されている人間はあのショッピングモール内で殺されているという事だな。嫌な確認の仕方になる」

「ふざけるなっ……!」

「護!? 安静にしろって言われたばかりでしょ!?」

 肋骨の痛みすら忘れて、起き上がった俺はオーバンに掴み掛る。だがすぐに痛みで我に返って動けなくなったところを、綾音に支えられた。

「現状、サネユキが警察に協力を申し出て返答待ちだ。生存者と死者の確認だけでも手伝わせて欲しいとな。許可が出れば被害の全容も分かる筈だ。それまでは、断片的なものに限られてしまうがな」

「そうだ、(こがね)さんは!? 大手(おおて)さんは!? あの二人は病院に運ばれたのか!? どうなんだ!?」

「分からん。私にもその辺の情報は回ってこない。あの二人も無事であってくれれば良いんだが……」

 首を振るオーバンを見て、俺はもう限界だった。

 痛みを訴える身体を無視して、鞭打って、強引に立ち上がる。

「護ってば! 重傷なんだから寝てないと!」

「寝ていられるかよ……あの二人まで、あの二人まで死なせる訳には……」

 何よりも安心が欲しい。確信が欲しい。せめてあの二人が生きているという証拠が、俺は欲しくて堪らなかった。

 長崎 慶司たちの存在が忘却されているという事は、認めたくないがそういう事なのだ。その上さらに(こがね)さんと大手(おおて)さんまで、失いたくなかった。

 どちらも俺にとって仲が良くて、時には世話になった人だ。“ノクス”との戦闘の際にだって助けられた場面がある。

「頼むから……!」

 車の運転が荒くて怒られていた二人。銃を撃ち過ぎて怒られていた二人。両片思いのもどかしい二人。デートの日が近付くにつれ目に見えてウキウキになっていく二人。

 まだまだ、そんな彼らの姿が鮮明に思い起こせる。それが消えるなんてありえない。消えて良い筈がない。

「護、無茶だよ! その身体で……!」

「安静にしていろと言われている筈だぞマモル、綾音の言う通り布団で寝ていないと駄目だ! 何かの拍子に怪我が悪化しないとも限らないんだぞ!?」

 後ろで二人の少女が何やら叫んでいるが、知った事ではない。そんな事を聞いてなんていられないからだ。

「父さん、どこ、だっ!」

 大声を出して、また強烈な痛みが肋骨から湧き起る。余りの激痛に絞り出す様な呻き声が漏れ、壁にもたれかかった。

 でも、荒く息を吐き出しながら壁を伝って廊下を歩く。何としても、確かめたい事だったからだ。

「誰か、いないか!?」

 廊下を呼び掛けても、廊下を走り回る騒々しさばかりが返って来て、俺の声に反応してくれる者は居ない。

 それでも俺は、通りがかった一人の袖を掴んだ。

「なあ、(こがね)さんと大手(おおて)さんは?」

「若? アンタ絶対安静だろうが……」

「んな事はどうでも良い! (こがね)さんと大手(おおて)さんは無事なのかって聞いてるんだ、答えてくれ!」

「はぁ……?」

 こちらの剣幕に()されてか、組員の返答は要領を得ない。それが余計に苛立ちを募らせて、もう一度叫び出そうとした、その時だ。

「何してんだ若、こんな所で? こっちは忙しいんだ、怪我人は怪我を治す事に集中してろ」

「迅太郎さん! 良かった、訊きたい事がっ、あって……」

 廊下を通りがかったもう一人は、三榊(みさかき) 迅太郎だ。百鬼組の主力の一角を担う頼りになる男性で、そして(こがね)さんや大手(おおて)さんとは仲が良い。ことある(ごと)にあの二人の仲を弄り倒していたのも、印象深いものだ。

 だから俺は、安堵していた。ホッと一息ついて、そして問うたのだ。

(こがね)さんと、大手(おおて)さん、無事なのかと思って……それだけ、確かめたくて……」

「ああ、そうか……こっちで確認しておこう。若はもう休め。綾音とオーバンの嬢ちゃん、若を頼んだぞ。もう逃げ出さないように監視してくれよ」

 ふらついていた俺の身体を支え、迅太郎さんは俺の背後に立つ二人に言っていた。でも忙しくて余裕がないせいかやけに素っ気ない彼の態度が、どうにも俺は気に食わなかった。

 だから、突っかかってしまった。()めておけばいいのに。

「待ってくれ迅太郎さん、アンタだってあの二人のことは心配じゃないのかよ! 何でそんな淡白なんだ……」

「ん? 誰の事を言ってる?」

「誰の事って、(こがね)さんと大手(おおて)さんだよ! 忙しいのはそりゃ分かるけど……分かるけどッ!」

 怪我のストレスによるせいか、どうにも我慢できなくて、俺は迅太郎さんにそう問い詰めていた。

 でも、そんな剣幕の俺が理解出来ないのか、彼は首を傾げながら告げるのだ。


 残酷な、言葉を。


「待ってくれ、コガネさんに、オオテさん……誰の事だ? 若の同級生なのか?」

「……嘘、だろ?」

 耳を、疑った。

 足から力が抜ける。ふわりとした浮遊感が、俺を襲っていたのだった。




【幕間】

吉「プサッフォー、お主は詩人であったな?」


プ「ええ、そうよ。恋愛とは美しい……その美しさを不朽のものとする為に、私は詩というものを選んだの」


吉「実際にはお主が腐って()ったがな」


プ「あら、何か言ったかしら?」


吉「気のせいであろう。しかし、お主の詩集……思っていたより少ないな。日本語訳が少ないのもあるが、断片が多い」


プ「悲しい事よね。二千年以上も経てば、当然の話かも知れないけれど」


吉「今から書き直したらどうじゃ?」


プ「あら、じゃあモウリも今から武名を天下に轟かせてみてはいかが?」


吉「……余計なお世話じゃったな。儂ももう、充分じゃ」


プ「分かれば良いわ。今の私は、作り直す事より作る方が好きなのよ。より新しい方向へ! えへへへへへ……!」


吉(……(くさ)って()る!)


プ「どう、この絵。上手く描けてると思わない?」


吉「上手いと言えば上手いのだろうな。だが、何故に男と男の絡み合った絵ばかりなのだ? 他にも描き方はあるじゃろうに」


プ「これが私の新しい扉! 私の夢! もはや誰にも止められはしないさ!」


吉「……人の(ごう)とは恐ろしいものじゃ」


プ「見よ! この(あか)怒張(どちょう)を! 男根は赤く燃えているッッ!」


吉「どこまでも下品じゃのぉ……」


プ「あ、そうだモウリ。資料が欲しいから見せてくれないかしら?」


吉「絶対に拒否するッッ」



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