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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第十章 斯くして人は消えた
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第五話 朱塗りの記憶➉

◆◇◆



(いて)ぇ……」

 疲労感と痛みとに苛まれながら、俺は漫然と天井を眺めていた。

 何が厄介かといえば、やはり先程の戦闘でローブの男に蹴飛ばされた事による、肋骨の痛みだ。

 コイツのせいで起き上がるのも立ち上がるのも、喋るのすら一苦労という有様なのだから。というか呼吸するのにも痛くて、浅い呼吸しか出来ないのが辛い。

 どうしたものかと思案していると、無線イヤホンから少女の声がする。

『マモル、聞こえるか? 応答してくれ』

「……オーバン。何だ、こっちは呼吸する度に、痛いんだが」

 このショッピングモール内は結界で閉じられているというのに、こんな奥深くまで電波が届いているとは意外だ。

 屋上に開けた穴だけが唯一の通り道の筈だが……と思っていたら、オーバンの心配そうな声が思考を遮った。

『聞きたい事は色々あるが……怪我しているのか? まさか動けなくなったりしていないだろうな?』

「正直動けねえ。肋骨が痛いせいで身動きが全く取れん。メチャクチャ我慢すれば動けない事も無いんだけど、な」

『肋骨を骨折でもしたか? 重傷だな。息苦しさは無いか? 折れた肋骨が肺に刺さってたりしたら大変だ。その場を動くなよ』

 こちらの話を聞いただけで大事(おおごと)だと判断したようだ。ドラマとかのフィクションだと、肋骨骨折なんてよく見るシチュエーションなんだが、意外と重傷だったりするのだろうか。

「そんな心配しなくて大丈夫だと思うけどな。ところで、“ノクス”の連中は? “クリュザンテーメ”と“アーベント”が中にいる筈だけど」

「あの二人は“アドラー”の死体と(おぼ)しきものを抱えて、穴から出て行ったそうだ。君とこうして電波が繋がる様になる、ほんの寸前だ」

「“アドラー”も死んだのか。酷いもんだな。敵戦力が減る分には良いんだが、こんな形での人の死は素直に喜べねえ……」

 敵は敵でも、状況が状況だ。

 どうしてこのショッピングモールで、これだけたくさんの人が死ななければならない事態になったのか、全く理解が出来ない。

 “ノクス”がその原因の一端を担っているのは分かる。だが、彼らとて無関係な一般人がこれだけ死ぬのを望んでいた訳ではない筈だ。

『マモル、(コガネ)大手(オオテ)は見つかったか?』

「残念ながら、俺が見た範囲ではどこにも。出来れば探して回りたい所なんだが……動けねえ」

 ついでに言えばフラフラとどこかに行ってしまった五百蔵(いおろい) 朋紀(ともき)も探しに行きたいのだが、激痛がそれを邪魔する。

 そうでなくとも、先程の戦闘で俺は消耗していて、肋骨の怪我がなかったとしても、立ったらふらつくのは免れなかったかもしれない。

『君は重傷だ、動かなくて良い。既に結界内部には、月夜野(ツキヨノ)と監視役のプサッフォーも入っている。ノクスが撤退したのも確認して、モウリも単独で入り込んでいるから、その内の誰かが発見して回収してくれる筈だ』

「増援が居るのか……なら一安心、生存者を一人保護してる。といっても、俺が動けねえからそいつは好き勝手歩き回ってるけどな」

 未だに朋紀が戻ってくる気配がない。あの男は一体どこまで歩き回っていると言うのか。いや、彼とてこの中に取り残されている他の友人が心配なのは当然の話だ。

『動き回っている……という事はマモル、中で起こっていた異変は終結したのか?』

「俺は専門家じゃねえから断言は出来ねえ。ただ、差し迫った危険は見た限りねえな。その代わり……沢山の人が死んでる」

『っ!? ……それは一体どういう事だ? マモル、君は中で何を見た?』

 その発言が余程の衝撃だったか、オーバンはイヤホン越しでも分かるくらい声を上擦らせていた。

 対する俺は、我ながら冷静な声だった。いや、心が冷え切って、焦りようも怒りようも無かったのだ。言ってしまえば、抑揚が無い平坦な喋り方だ。

「そのまんまだ、死体だよ。剣で斬り殺された死体があちこちに転がってる。年齢も性別も関係ねえ。胸糞悪い光景だな」

『犯人は、“ノクス”……ではないよな?』

「ああ、違う。趣味の悪い黒い仮面に、暗いマント羽織った男だ。馬鹿みたいに強くて、全く歯が立たねえ。多分、“アドラー”もそいつにやられたんだ」

 すっかり鼻が慣れてしまって、血腥(ちなまぐさ)さを感知しても鈍いものだ。

『君は生き残ったのだろう?』

「偶々な。あのままだったら俺も死んでた。もう一人、訳分からん白い奴が出て来て、目の前で戦ってそのまま消えた。何か話してたが、言語が違うせいで意味分からん。だから正体も何もかもが分からん」

『そうか……』

「生存者も恐らく極僅か。半分も残っちゃいないな。大事件だぞ、これは」

 百鬼(なきり)組にしてみればそもそも防ぎようのないものだったが、警察はそうもいっていられない。

 魔法の事は公表できない筈だから、この事件そのものをどうやって言い訳するのか、想像もつかない。

 しかも、ショッピングモール内で“ノクス”と手を組んで何かを企てていたから、殉職した警官も出ている筈だ。

「外の方はどうなってる? 野次馬は? 警察は?」

『勿論、規模は拡大している。ヘリも飛び始めたから、屋上はコンスタンディノスが煙幕を焚いて誤魔化してくれているが……いつまでも持ちはしないだろうな』

 そもそもどうやって煙幕を焚いているのか気になる所だが、悠長な質問をしている場合ではない。

「……当然だな。警察が屋上へ乗り込んだりして来る前に、俺も離脱するしかないか」

『その必要はないかもしれん』

「は?」

 もはや痛みを我慢して起き上がるしかないと覚悟を決めたのだが、思ってもみなかったオーバンの言葉で、俺は間抜けに廊下へ倒れ込んだ。地味に肋骨が痛い。

『結界がその力を失い始めているのだ。結界を張った人物がこの場を離れたせいで、魔力の供給が断たれたらしい』

「それじゃあ何だ、もう間もなくここを覆う結界が解けるって?」

『そういう事だ。無理にここを脱出しなくとも、最悪の場合は結界が解けた後のドサクサに紛れて君を運び出せば良いだけなのさ』

「なら良いんだが……」

 急速に体が脱力する。でも、脳味噌の方は気が抜ける事は無かった。正確には、気が全く休まらなかったのだ。

『マモル、何か気になる事でもあるのか?』

「大した事じゃない。それじゃ、また何かあったら連絡は入れる。少し休ませてくれ」

『了解だ。ゆっくり休んでいろ』

 通話状態を切る。これで、またマイクボタンを押さない限りは俺の声が入る事は無くなった。

 だからこそ、俺は左手を額に当てて(ひと)()ちる。

「気になるって言うか……もう人を死なせたくないって思ったから、全力を尽くしたつもりだったんだがな……」

「俺もだよ、護」

「っ?」

 独り言に反応する声があった事に驚いて、俺は顔を上げた。するとそこに居たのは、見慣れた友人の少年で。

「朋紀? 戻って来たのか。どこに行ってた……」

「皆、死んでた」

「あ?」

 土気色をした幽鬼のような顔で呟く朋紀の姿は、不安いなるほど危うげだった。そしてその唇から発された言葉は、不穏だった。

 だから、聞き間違えかと思って俺は訊き返していた。訊き返してしまった。幻かと思ったから。幻であって欲しかったら。

「急に何を……」

「死んでた、死んでたんだよ」

 譫言(うわごと)のように、彼は呟く。

 それだけで、彼が何を言いたいのか完全に理解してしまった。理解出来てしまった。

 だから、もう言葉なんて要らなかった。聞きたくなかった。訊き返さなければ良かったと後悔しながら、俺は朋紀を制止していた。

「……朋紀、止めろ」

 でも、唐突に滂沱(ぼうだ)する朋紀が黙る事は無かった。

「皆、皆殺された! 死んでいた! 長崎も、桜井も、シーグローヴも、高田さんも……皆! 動かなくなって、力もなくて、目を見開いて! 動かないんだ、温かいのにッ!」

「……っ、そう……か」

 じわじわと、その言葉の意味が心を侵食する。

 そして気付いた時には、肋骨の痛みも忘れて、俺は握り拳で床を叩き割っていた。魔力で強化した拳は、当然ながら無傷だ。

 でも、その時に腹へ力を入れたせいで、肋骨が悲鳴を上げていた。当然のように激痛が全身を駆け抜けて、痛みが俺を苛んだ。

 そんな俺のすぐ横でへたり込んだ朋紀は、湿っぽく震えた声で言っていた。

「なあ護、俺さあ、前々から色々考えてたんだよ。長崎と高田さん、いつ付き合うのかなとか、あの四人誘って今度はどこ行こうかなとか、どんな悪戯(いたずら)仕掛けてやろうかなって、さ」

「……そうか」

「でももう、それって無駄になっちまうんだぜ? 想像の話にしかならなくて、こんな、こんな……こんな、馬鹿げた話、あって良いのかよ……!?」

 ぽたり。頬を伝った彼の涙が、床を濡らした。

 寝っ転がったままの俺は、それを間近で見ている事しか出来ない。その叫びを聞いている事しか出来ない。

「おかしいだろ、アイツら、アイツらは俺と同じ高校二年なんだぞ……それがどうして、ここで終わりなんだよ?」

「残酷だよな。こんなの」

 なんだか急に目頭が熱くなって、俺は腕で目を覆った。

「そうだ護、お前のさっきの変な赤っぽい(もや)で、何とか出来ねえのか?」

「……出来ない。俺には、何も。何も、出来ない」

 希望を見出して朋紀が言うけれど、無理な話だった。役に立たない己の能力(ちから)に、怒りすら湧いた。

「こんなの、あり得ねえだろ……」

「すまん、朋紀」

 口に出た謝罪の言葉に、深い意味も考えもない。

 ただ、罪悪感からだった。出来る立場なのに、何もしてあげられなかった。友達を、守れなかった。彼らの未来を、絶ってしまった。

 冷静に考えれば、俺に出来た事なんてたかが知れている。でも、だからそれで満足できる程、俺は達観してもいなければ薄情でも無かったのだ。

 望まれていない。意味もない。そんな事は分かっているのに、謝罪の言葉が口をついて出る。

「お前が謝ってどうすんだよ、護」

「……悪かった、ごめんな」

 無力な俺に出来たのは、震える声でやってもいない事を謝るという、傲慢な行いだけだった。



◆◇◆


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