第三話 悪夢の顕現⑧
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金 実政と大手 和子は、互いに顔を見合わせていた。
といっても、それは決して色惚けた意味合いを含んでは居なくて。
「こりゃ、出掛けるのはまた日を改めてって事になりそうだな」
「ですね。“ノクス”の動きが掴めたんじゃ、どうしようもないですから。帰りましょう」
二人共、携帯端末に表示されたメッセージを確認して、これ以上の外出を取り止める方針に固まったのである。
「でも、こんな所で“ノクス”が活動しているなんて……奴ら、何を考えてるんでしょう?」
「こんな所だから、なんじゃねえの? あっちは警察とも手を組んでるんだ、公的権力も使えば多少の無茶も出来るんだろうさ」
「対するウチは地方の私設組織だから、法律を犯したりすれば一発アウトって事ですか。前々からこの構図変わってないですけど、向こうもその立場の扱い方が徐々に嫌らしくなってますね」
「全くだ、もうちょっと馬鹿でいてくれた方が楽なんだがね」
万が一にも、ここで戦闘を起こさない為に。戦闘になって無関係な人間を巻き込まない為に。
金達はメッセージを確認するなり即座に出口へ向かっていた。
「若達はもう外に出たかな?」
「出てるんじゃないですか? 私達、ちょっとメッセージ確認するの遅れましたし」
正確に言えば二人共、このお出かけを楽しむあまりメッセージの着信音に気付かなかっただけなのだが……どちらも敢えてその事は指摘しない。
「若に訊いてみるか」
「お願いしますね!」
「さりげなく俺を使うな。訊くって言ったのは俺だけど……」
エスカレーターを登って屋上駐車場のある四階を目指しながら、そんな遣り取りをしていた金達だった、が。
「――っ、金さん!」
「ああ、分かるぞ。魔力だな。“ノクス”か?」
「まさかこんな所で仕掛けてくる気……!?」
確かにこの辺りは、人通りが少ない。これから買い物をする人、これから帰る人くらいしか通らないのだ。
比較的とは言え、人目には付きにくい。でも、少なからず人の出入りはある筈なのだ。
「俺達が標的でない可能性もある……もしそうじゃなかったとしても、はったりであってくれれば良いんだが」
「今は武器なんて……拳銃くらいしか持ってないですからね。能力者相手にどこまでやれるか」
二人して鞄の中に手を入れ、周囲の警戒を怠らない。無言の世界の中で、エスカレーターの稼働音ばかりが満ちていた。
だが、幸いにもエスカレーターに乗っている間に攻撃される事は無かったのだった。その事実に安堵して、後は車へ一直線――の、筈だったが。
「っ……金さん!」
「マジかよ……」
出入口、窓ガラスを隔てた一枚先に、緑髪緑眼の男が立っている。西日を背負い、何が楽しいかニヤニヤとした笑みを浮かべて、待ち構えていたのだ。
思わず足を止めた二人は、そのまま立ち止まってその男――“ゼー”を睨む。
「こんな所でやる気なのか、奴は?」
「……もしくは警告のつもりでしょうか」
睨み合って、三分。丁度、他の買い物客が用事を終えて帰途に就こうとしているらしい。金達を見て怪訝そうな顔をしながら、“ゼー”の横を通り過ぎていく。
ならば、と金と大手も通り過ぎようとする素振りを見せた途端、観葉植物の植木鉢がゴソゴソと動き出す。
「……通す気はないって事かい」
「引き返しましょう。他の出入り口から……車も置いて帰る方向で行くしかないかと」
しゅる、と独りでに動く蔓が植木鉢から顔を出している。さっきまであんなものは生えていなかったのだから、間違い無く今も目の前で立ち塞がっている“ゼー”の仕業だった。
「果たして、奴はここから俺らを逃がす気があるのか……?」
「助けを呼びます。場所は中央エントランスにしましょう。若達が近くにいる筈ですから、そこで合流できれば、敵も諦めるかと」
大手の判断が早かった。金の手を引き、下りのエスカレーターに乗り込んだのだ。
それを、“ゼー”はニヤニヤとした笑みを浮かべたまま黙って見送っている。
「大手、この場に若を呼び出すのは?」
「可能だとは思いますが、待ち構えていたのですから、罠を張っている可能性があります。“ノクス”がここ暫く大人しいと見せかけてここで何らかの仕掛けを施していたのだとすれば……」
「敵に行き先を読ませず脱出したほうが賢い、か」
いよいよ納得したのか、金もそれ以上の質問を打ち切った。エスカレーターを駆け下る様子に、擦れ違った買い物客は驚いた顔を見せていたが、彼らは構いやしない。
それよりも、と金は思う。
「大手」
「何ですか? 後に出来る質問なら後に……」
「いつまで俺は手を握られてればいいんだ?」
「え? あ、はっ!?」
廊下を駆け、人の隙間を縫う。
そんな状況だから大手は余裕もなさそうだったが、金の指摘で顔を一瞬にして紅くした。同時に繋がっていた手が乱雑に放り出された。
「どうして早く言ってくれないんです?」
「俺だって色々と考えてたからな、気付くのが遅れた」
並んで走りながら、金は抗議を受け流す。そもそも、手を握られた側なのだ、彼からしてみたら怒られるのがおかしな話だった。
「とか言って、私と手を繋げたのが嬉しかったり?」
「言ってろ、今はそれどころじゃねえだろ」
「ふ~ん? じゃあ後でじっくり話してみましょうか」
動揺を押し殺して見せる金と、それを試すように顔を覗き込む大手。人の隙間を縫うように走っているというのに、器用なものだった。
「何はともあれ、ここを切り抜けない事には始まらねえ、気を抜くなよ」
「無論ですとも。まだまだやりたい事だっていっぱいあるんですから」
エスカレーターを走って下りながら、大手は一瞬だけ振り返って笑っていた。
そしてそんな二人の姿を、“ゼー”は遠くから冷めた目で見送っていた。
「実行だ、“アドラー”」
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