第二話 後の先⑧
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金曜日の放課後。
学生の身分からしてみれば、それは気怠い五日間の拘束から解放された最初の時間である。
たった二日間しかない勉学からの逃避時間の序幕であり、遊びたい盛りの者は下校するなり早速遊びに繰り出す。
「……こういう時、部活をやって無くて良かったと思うべきなんだろうか」
松ヶ崎中央駅構内は、仕事帰りの社会人や学生で埋め尽くされていた。
至る所で俺と同い年くらいの、多様な学校の制服を着た男女集団が目について、その誰もが青春を謳歌しているように感じられる。
俺はその姿を無言で眺めていたが、不意に横から茶化すみたいな声が割って入っていた。
「何だ若、こんな時に遊びたくでもなったか?」
「いや、そう言う訳じゃなくてね……こうやって遊びに忙しそうな奴が居る一方で、部活に自由時間を食い潰されてる奴が居ると思うとさ……」
「別に良いだろそれは。部活も部活で青春だ。若だって可能なら部活に入りたかったって言ってたじゃねえか」
「ああ言ってたさ。もっと言うなら、こんな百鬼組の嫡男なんて肩書さえなければ簡単に部活へ入れただろうさ!」
「そんなに拗ねんなって、悪かったから……」
けっ、と唾でも吐きそうな調子で俺がそっぽを向いてやれば、三榊 迅太郎さんは苦笑を浮かべた。
「でも、その部活に入っていないから、こうして百鬼組の人間として行動するのに自由な時間を確保できてるんだろ?」
「組の活動に自由時間を食い潰されてたら、結局自由とは言えない気もするけどな」
「まだ言うか若……自分から望んで組の仕事に首突っ込んだくせに」
呆れた調子の笑みを浮かべたまま、迅太郎さんは背負っていた大きな鞄を一度背負い直していた。
見るからに重そうなものが入っているそれを、しかし俺は持ってやろうという気にはなれない。何故なら、俺もまた重い荷物を背負っているのだから。
「分かってるよ、言ってみただけだ。それより迅太郎さん、電車の時間は?」
「まだ余裕自体はあるけど……もう行っとく?」
「余裕ぶっこいて一本乗り遅れたら怠いだろ」
「いや、ゆーても一本程度の遅れなら大した事ないけどな」
携帯端末の画面に目を落として電車の発車時刻を確認した迅太郎さんは、それから俺を始めとしたこの場にいる面子へ目を向けた。
「……もしかしたら、一本二本乗り遅れるだけじゃ済まないかもしれねえわ。ここに来て電車初めての人は挙手」
「はい」
「うむ」
「我もじゃ」
まるで幼稚園児に話しかけるみたいに微笑んだ迅太郎さんの言葉に反応したのは、灰色髪の少女と壮年の小柄な男、そして筋骨隆々の大男だ。
それぞれ、ヴィオレット・オーバンと毛利 吉政、そしてコンスタンディノス・ドラガセス。
どれもこの世界出身ではない、或いはこの時代の出身ではない人間である。
「まー、嬢ちゃんに関しては向こうの世界にも電車ってものがあっただろうからある程度大丈夫だとは思うけど……毛利さんとコンスタンディノスさん、平気そう?」
「そんなもの、やって見なければ分かるまい。一応お主らに言われた通り、電車についての動画諸々は視聴しておるぞ」
「左様。我らはそんな愚鈍に見えるかな?」
自信ありげに腕を組んで見せる両者。だけど、俺からしてもそこはかとなく不安を感じさせられるもので、迅太郎さんに代わって一つの質問を投げかけていた。
「ほーう。じゃあ二人はその動画から何を学んだ?」
「撮り鉄滅殺」
「痴漢斬首」
「暴論も甚だしいな!?」
「アンタら何の動画見てたんだ!?」
圧倒的に血の気が多い二人の発言に、俺も迅太郎さんも顔から血の気が引いた。下手するとこの男ならそれをやりかねないのだから仕方あるまい。
万が一にもそんな間違いが起こらない様に目を光らせ、車内でも強く言い含めておこうと俺は心に決めるのだった。
「冗談じゃ、軽く成敗する程度にとどめておくわい」
「成敗もしちゃ駄目なんですがそれは。まぁこれ以上深く聞いても限が無さそうだし……もう改札通ろう。全員、スイカ持ったよね?」
「……西瓜?」
「ス・イ・カ! 交通系IC! 毛利さんにも配布したよね!? これあれば切符買う必要もないんだからさ!」
「あ、ああ……これか。済まなんだ」
「……前途多難」
やはりネットで動画を見せただけでは吉政とコンスタンディノスには不十分だったらしい。そもそも、彼らは過去の時代の人間であるのだから、技術革新について行けないのは当然の話でもあったのだが……。
「これから東京行くってのに……マジで不安だ」
「案ずるな。先にも言ったが予習は終えておる。そう大きな失敗なぞする筈もあるまい」
「アンタのその自信は一体どこから来るんだ?」
「……苦労してんなあ、アンタらも」
改札を通過しながら溜息を吐く俺に、今の今まで沈黙していた紅床 悠太が同情の視線を向けてくる。
今回、この電車に乗る面子は俺、迅太郎さん、吉政、オーバン、そして紅床の五名であるのだ。
「こんな調子で、東京の研究施設に捕らえられてる人たちを救出できんのかよ……?」
「やるしかねえのよ。こと戦闘力に関しては毛利さんの力は当てにして良いからな」
「それ以外の所が不安すぎるんだが?」
「言うな」
その不安に関しては俺も滅茶滅茶大きく感じているところなのである。が、口にするとその不安が攫い増大してしまいそうで、これ以上は敢えて口に出したくなかった。
言ってしまえば現実逃避である。悲しいかな、今はもうこれしか打つ手がないのである。
「東京に遠征して、囚われた人達を助けるってのに、こんな不安だらけの編成で本当に良いのか?」
「しつこいぞ紅床。現状出せる人員としてはこれくらいが限界だ。余り大人数だと目立つし、何より戦力を遠征部隊に裂き過ぎたらウチががら空きになっちまう。こうする以外には無かったんだよ」
不本意だが、真に不本意だが、こうするしかなかった。これに関しては、遠征部隊を編成した孫臏や父も苦渋の決断だった事だろう。
「それについては俺も重々承知の助ですけども……もうちょっと人選の部分何とかならないもんかね?」
「じゃあ紅床に訊くが、他に毛利さん並の戦力として数えられるコンスタンディノスさんや、孫臏さん、プサッフォーさんの三人を挙げたとして、誰が適格だと思う?」
「……どれも一緒か」
「だろ。ここに居るコンスタンディノスさんは巨大な筋肉変態、孫臏さんは黥がある上に車椅子、プサッフォーさんに至っては美人な変態女だ。どれ連れてっても目立ち過ぎるんだよ、あの辺の人たちは」
戦闘力と常識と目立たない点を勘案すると、その中ではどうしても吉政一択となってしまう。しかし、それでは戦力が心許ない。故に、甚だ不本意だが遠征メンバーの中に吉政とコンスタンディノスが加えられるに至ったのである。
「先程から黙って聞いていれば……まるで儂が凡庸な人間みたいな言い草ではないか?」
「凡庸な人間だったら遠征メンバーの一員にする事に何の抵抗も無かっただろうさ」
彼に関しては、見た目上はただ若干小柄な壮年男性と言った風体だが、中身は戦国の気風をそのまま保持した血腥い荒武者である。
それこそ、毛利 吉政と言えば大坂の陣にて真田 信繫と共に無数の徳川勢を撃破し、名だたる英雄から賞賛の言葉を欲しいままにした猛将なのだから不安になるのも当然だ。
「まるで人を蛮族か何かのように言われるのは気に食わんな」
「いや蛮族だろ。隙あらば刀抜こうとするくせに何言ってんだお前」
「必要な時に刀を抜けなければ守りたいものを守れず、得たいものを得る事も出来ぬぞ」
「……確かに真理だけど、今の時代は本当に刀抜く必要ないんだが?」
誰一人欠けることなく改札を通過して、エスカレーターからホームに向かう。そしてその最中、吉政はエスカレーターに乗りながら若干顔を引き攣らせていた。
「階段が動くとは……何度見てもこの奇怪さには慣れんな」
「別に妖術でも何でもない、ただの絡繰りだよ。てかそんなこと言ってたら、東京出た時に度肝抜かれるぞ」
「ふふふふ、案ずるな、既に動画を見て予習は済ませてある。ちょっとやそっとでは騒ぎはせんよ」
「……念の為に聞くけど、それで何を学んだ?」
「東京凄い」
「小学生か」
余りにも吉政の語彙力が貧弱過ぎて呆れ笑いばかりこみ上げてくる。遣り取りを聞いていた他の者も同じ気持ちらしく、色々な方向を向いて失笑を堪えていた。
「……毛利さん、不安だから念を押しとくよ? 電車内では騒がない、寝っ転がらない、床に座らない、座席で脚を広げたりして他の人の邪魔になる真似もしない様に。無論、煙草とかも吸っちゃ駄目だからね」
「窮屈じゃのう。そんなに狭苦しいのか、電車とやらは?」
「公共交通機関なんだから当たり前だろ。自分一人の勝手で周りに迷惑かけた時の冷たい目を想像してみろよ」
日本人からしてみると、それはもう遺伝子レベルで避けたい世界である。針の筵は余りにも精神的に宜しくないダメージを与えてくるものなのだ。
「……お、電車来た」
「これが電車か。やはり生で見ると違ってくるな。一体どれだけの人手を用いればこんなものが出来る様になると言うのか……ほとほと想像がつかぬわい」
減速し、ホームに停まる電車。降車口を示すホームの線に殆どズレない所で当然のように完全に停止していることにも、吉政は驚いているらしかった。
「全く、面白き世になったものよ。これではまだ見ぬ東京……江戸に対する期待も勝手膨らんでいって仕方がない」
「我もじゃ。東京の街並みが気になって気になって、会話に入る事すら忘れてしまう」
「遠足に行く子供じゃあるまいに……」
わくわく、との擬音が聞こえて来そうなくらいに年甲斐もなく目を輝かせている吉政とコンスタンディノスに、俺はまたも呆れた溜息を漏らしていたのだった。
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