第二話 後の先⑤
「こことは違う世界って何だよ!?」
「並行世界だ。言ってしまえば私は、違う世界からやって来た人間なのさ。あの捜索隊に加わっている“アドラー”も同様だ」
「はぁーー?」
それほど大きくはないが、疑念だらけの声をあげる吉門。新情報と驚愕の連続で好奇心と知りたい事が氾濫を引き起こし、碌に思考が働いていないらしい。
が、そんな事はお構いなしにオーバンは話を続ける。この辺りは空気や人の感情を読み取れない彼女ならではと言ったところか。
「“アドラー”や“アーベント”……彼らの所属する組織は“ノクス”という呼称でね、どこの国の諜報機関かは知らないが、私の身柄を狙ってこの世界までやって来たのさ」
「どうしてそうなったのか……いや、良い。今それを聞いても半分以下も理解出来る気がしない。良いだろう、つまりお前らはそのノクスと敵対している訳だ。そして街で起こる事件も、それ絡みで……」
「いや、事件の方はちょっと違ったりするんだがね」
「おいどういう事だ百鬼 真之」
一旦は落ち着いた筈の混乱がぶり返して、吉門はギュン!という音が聞こえて来そうな勢いで首を真之に向けた。
「事情が複雑でな。確かに抗争の結果起こった事件もあるんだが……特に最初の方の事件は偶然が重なって起こった事件が多いぞ」
「……そっちについても追々、ゆっくり聞いた方が良さそうだな。確かに、あの訳わからねえ事件は魔法でもないと説明付かないって部下と冗談交じりに話あってたもんだが……」
まさか本当にそうだったとは、と吉門は天井を仰いだ。
そうして、もう思考回路は疲弊しきった吉門に対して、真之は告げる。
「さて、前置きはここまでにして本題に入ろうか」
「え、本題? まだ本題じゃ無かったのかよ!?」
「何だ、もう少しゆっくり話して欲しいのか? だが、余り家宅捜索から抜け出せる時間がないとは、お前自身が言った事じゃないか」
「確かにそうなんだが……」
それにしたって限度がある、と抗議してやりたいのも山々だが、驚愕の連続で吉門の思考は疲弊して無駄に話題を長引かせるだけの体力は残されていなかった。
「……それで、本題ってのは?」
「我々百鬼組に、手を貸して欲しい」
「……と、言うと?」
さっきまでの精神的疲弊も忘れ去ったかのように、吉門はその表情を引き締めた。
「ノクスと警察の一部が手を組んでいる情報は既にこちらも掴んでいる。彼らの情報が欲しい」
「捜査情報を売れと?」
「そこまでは言っていない。ノクスとそれに関する情報をこちらに渡して欲しいと言っているだけだ」
「同じ事じゃないか。ハイそうですかと言える訳ないだろ!」
そう答える吉門の目には、明らかに百鬼組へ対する不信感が滲んでいるみたいであった。
対する真之もそれは予想出来ていたのか、特に動揺を見せる事も無く、平然として語り続けた。
「何を今更。これまでだって情報提供をしてくれた事はあったじゃないか。特に連続放火魔の時とかな」
「あの時は状況が状況で、お前に頼った方が効率も良さそうだったからだぞ。今は状況が違う」
「百鬼組が犯罪者側かも知れないってか?」
「……端的に言えばそうだな。もしかしたら、お前らがその魔法とやらを悪用しているかもしれない。そう思えるだけの事象を、俺は目撃している」
「そうだろうな……」
無理もないと、真之も重々承知している話であった。何故なら何度か、真之の息子である護を始めとした面々が目撃された事があるのだから。
「あの赤黒い靄を操ってるのは、お前の息子だな? 顔を隠した状態で何度か遭遇しているが、お前の魔法の話を聞くに今やそうとしか思えない」
「……ああ、そうだとも。しかしそれを知ってお前はどうするつもりだ? ここにいるオーバンと一緒に身柄を確保して、貴重なサンプルとして実験体にでもするつもりか?」
「まさか、そんな非人道的な真似をする為に捕まえる訳ないだろ。見くびるな、俺は人を人とも思わない様な墜ちた人間性はしていない」
「……だが今のお前は、その片棒を担がされている。思い当たる所がない訳じゃないだろう?」
「……っ!」
確信を持った真之の言葉に、吉門は言葉を詰まらせた。彼の脳裏には、瞬間的に自身の上司――榮森の神経質そうな顔が浮かんでいたのである。
そんな吉門から確かな手ごたえを感じ取っているらしい真之は、説得力を重ね掛けするように言葉を続けていた。
「“ノクス”と、それに協力する連中はオーバンやウチの息子みたいな特殊能力の持ち主を確保しては、実験体としている。それはもう、紛れもない事実だ」
「馬鹿な! そんな事をすれば四方八方が黙ってはいまい! 一体何が目的かは知らんが……」
真之の話を否定しようとする吉門は、しかしそれを途中で遮られる。
「大方は軍事利用やその他諸々じゃないか? 実際にそれ目的と思しき実験施設を特定し、こちらは実験体にされていた人々の約半数を救出しているぞ」
「特定して救出? そんな話、信じられると……」
「ついこの前、製薬会社の工場が襲撃された話があったと思ったが、お前にはそのニュースが回って来ていないのか?」
「まさか……アレ、お前らがやったのか!?」
その事件は、まだ記憶に新しい。
中心市街の外れに位置するとは言え、この松ヶ崎市ではそれなりの規模を持つ製薬会社の工場が襲われたのだ。そのニュースを聞いた誰もが、余りの物騒に驚いたものである。
「あの時に救い出した人の幾人かはここで暮らしている。まあ、国家組織の暗部とも言えるところに関わってしまった人間だから、おいそれと元の場所に戻れないって訳だよ」
「馬鹿な! 国家単位でそんな事をしているとでも!?」
「国がどこまでこれを認知しているかは知らないが、少なくとも国家組織……警察がこれに関わっているのは、お前だってここまでの流れの中で察している事だろ?」
「俄かにそんな話を信じられると……!」
気付けば、吉門の掌には汗が滲んでいた。余りの事の重大さに、自然と緊張しているらしい。
対する真之は泰然としてスラスラと言葉を発していた。
「別に今すぐ信じろとは言わないさ。だが、このままノクスと手を組んだ連中の好き勝手にさせておけば、似たような境遇にあう人の数は今後も増えるだろう。何としてでもそこを食い止めなければならないんだ。故に、こちらは警察と“ノクス”の情報が欲しい」
「普通に聞けば妄想にしか聞こえない絵空事を……そうもはっきりと大真面目に告げられると、いよいよ俺の頭がおかしくなったんじゃないかと思えてくるな」
「いっそ絵空事で済んでくれればこちらも楽なんだがな、中々そうもいかない。故にこうして情報の提供を依頼している訳だ」
「…………」
吉門にとって、目の前の真之が嘘を吐いているとは思えなくて、だから悩む。
元々、両者の付き合いはそれなりに古いのだ。百鬼組に所属している人間が悪事を働いているとは心の底から断定できないでいたのである。
「さっきも言ったが即答しろとは言わない。持ち帰ってゆっくり自分の中で考えてみるのも良い。信じられないと思うならこの情報を“ノクス”達に売ってもいい。その場合、“能力者”になってしまった人たちは等しく自由を奪われてしまうだろうがな」
「……その話に、偽りはないんだな?」
「ああ。疑うなら救出した幾人かと会わせてやろうか?」
その提案を、吉門は首を横に振って辞退する。
「いや、良い。もう家宅捜索から離れて時間も経つ。これ以上は疑われかねないからな。良いだろう、お前の話に乗ってやる」
「感謝する、吉門。また世話になるな」
「ただし、勘違いはするな。お前らが悪事を働いていると思えば即座に手を切って、俺は敵に回るぞ。俺は街を守る警察官としての立場があるんでね」
「無論だとも。もっとも、そんな信頼を裏切るような真似をする気は毛頭ないがな」
はっきりと真之の目を見据えて宣言する刑事・吉門 海斗の瞳には、決意と覚悟が滲んでいた。
「頼んだぞ」
「互いにな。それと、詳しい話についてはまた今度、改めて聞かせて貰う。しっかり資料を用意して俺に分かるように準備しておくんだぞ」
「……骨の折れる事を」
部屋を後にする直前、吉門から告げられた注文に真之は苦笑を浮かべていた。
――結局この日、遂に百鬼組へ対する家宅捜索は目的を果たせずに終了する事になるのであった。
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