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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第七章 アメリカン・ロビン=フッド㊤
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第二話 散弾銃バンバン!➉

◆◇◆



「……消えた!?」

「どうなってんだ!? 何をしたらこんな事が……」

「って言うかあの女、この前もいきなり現れて一瞬で姿を消してたような」

 市街地の外れも外れ、丘の上にあるその田園地帯は、見渡したところで身を隠せる場所は限られていた。

 だからこそ、その場にいた刑事達は目を白黒させて分かり易く狼狽えていたのだった。

「係長、これはどうしたら……」

「どうもこうも、逃がしたとしか言いようがないだろうな。何処を見渡してもいないんだ。以前がそうだったように、どこを探したところで見つかりはすまい」

途方に暮れた調子で縋るみたいな視線を向けてくる部下に、溜息を吐きながらそう告げた吉門は重い足取りで、己が上長の前に進み出る。

 それから、深々と頭を下げていた。

「榮森課長、申し訳ございません。御覧の通り取り逃がしてしまいました」

「ふん。謝罪をする殊勝な心掛けは褒めてやるが、私の言った指示一つ果たせんとは、とんだ無能ぶりを発揮してくれたな、係長?」

 真綿(まわた)で首を締めるようなねっとりとした口調で吐かれる榮森 晋太郎警部の言葉は、この上なく直截(ちょくせつ)的で容赦がなかった。

 人によっては激昂させてもおかしくないくらいに険悪な空気が漂い始めるが、しかし吉門は眉一つ動かさずに頭を下げ続けた。

「はい。このような失態を演じては、どの様な叱責を受けたとしても返す言葉は御座いません」

「結構、結構。そこまで言うのなら、君も身の程というものを改めて再認識できた事だろうな。今後は私の指示に一々反駁するような不相応な真似は慎む様にしたまえ。今回はそんな事をしたせいで無駄な時間を喰い、取り逃がしたとも言えるからな」

 どれだけ吉門が謝罪をしたところで、榮森から注がれる悪意の滲んだ感情的とも言える言葉の数々は止まらない。

 遂には、それを聞きかねた部下の一人が失礼を承知で割り込みの声を上げるくらいだったのである。

「お、お言葉ですが課長! 吉門係長は今回のこの行動が法律その他に抵触していないかを懸念なさっていただけです! そこまで責められる必要は――」

「……(おおとり)主任。私は今、君に用はない。人の話、それも上長のものに割り込むなど、失礼の言葉の意味を知らないのかね?」

 眼鏡の奥で、榮森の目に嗜虐の色が垣間見える。

 それはまるで、次の標的を見定めていると言わんばかりに感じられて、(おおとり)と呼ばれた部下は言葉に詰まる。

「っ、ですが……」

「良い。鳳主任、これは私の責任だ。榮森課長の仰ることに間違いはない。私が躊躇(ちゅうちょ)してしまったせいで、治安にとって脅威となり得る存在を取り逃がしてしまったとの指摘そのものに、間違いはないからな」

「吉門係長……」

 そう語って吉門は部下を宥めるが、宥められた側である鳳 彰吾(しょうご)巡査部長は気遣うように吉門の拳に視線を落とす。

 そこには、白くなるほど握り締められた吉門の拳があったのである。

「部下の(しつけ)は済んだかな、吉門係長?」

「ええ。大変失礼いたしました」

「分かれば良い。次からは気を付ける様に」

「……ですが一つ、私から課長に質問したい事がございます」

 低くなり過ぎそうになってしまう己の声に制約を掛けながら、吉門は(つと)めて平静を装った声で切り出す。すると、榮森は卑しいものを見るみたいに片方の眉を持ち上げた。

「何かね?」

「ここ最近、榮森課長がご存じで我らに隠している事は、一体何なのですか?」

 単刀直入な、問い。

 だがそれは今まで散々(かわ)され、(ある)いは突っぱねられたものであって、吉門は今度こそ逃がさないとの決意を滲ませながら言葉を続けるのだった。

「今日、この場で目にした非現実的な光景も、この前目にした異常な出来事も、何やらこの街でとんでもない事が起こっているような気がしてなりません。その正体を知らない事には、我々も自信を持って課長の指示を実行する事が難しくなってしまわないとも限りません。それこそ、今回の件の様にです」

「……私の割り振った指示を達成できないくせに、主張と要求だけは達者だな。そんな部下に、おいそれと話せる訳ないだろう? もう少し真面(まとも)な成果を私に示せる様になったら話してやるのも(やぶさ)かではない。精々、私が君に喜んで話してやろうと思えるだけの成果を出せるように努めるのだな」

「……かしこまりました」

 吉門の、覚悟を持ったその問いかけに対する榮森の答えは、やはり呆気の無いものだ。欠片も部下を信頼も信用もしていないその態度に彼の(はらわた)は煮えくり返っていたが、吉門は表面上で何も露わにする事は無かった。

 だが、どんな役者であれこの状況では感情を誤魔化せる筈はなく、現に榮森も吉門の心情を察して煽るみたいに問うた。

「何だ、不満かね?」

「いえ」

「見え透いた嘘だな。だが私に気を遣うその健気さの褒賞としてごく一部だけ話してやる。私は今、ああ言った常識外れの手合いを捕える為に動いているのだ。主な理由は治安維持でな。君らにとってもこの街の治安を守る事は大事な職務なのだし、今後はもっと励んでくれる事を期待しているぞ?」

「……ご期待に添えるよう、最善の努力を尽くします」

 完全に見下しているとしか思えない榮森の激励の言葉を、有難そうに頭を下げて受け取る吉門は、しかし顔も見せずに振り返ると撤収の準備に取り掛かっていた。

「念の為、周囲の捜索を開始する! 良いか、怪しいと思ったらすぐに連絡してくれ」

「了解しました。ところで、そちらの外国人らしい二名は……」

 ちらり、と言葉を切った鳳が目を向ける先には、暗めの色彩を主体とした服装の、彫の深い顔立ちをした男二人が立っていた。

「ああ、そちらについてはご心配なく。彼らは私の仲間、つまりは榮森課長の協力者ですので、貴方達にとっても味方ですよ」

「……“アーベント”さんのお仲間ですか、それは失礼しました。では、我々は職務に戻らせていただきます」

「ええ。いつもこの街の為にありがとうございます。私達も、貴方がたを応援しておりますからね」

 にこやかな笑みを浮かべて吉門と鳳の会話に割って入るのは、銀髪三白眼の男――“アーベント”。彼は仲間だという二人へ向けられる刑事達の視線を遮るような位置に立っていた。

 それが、これ以上深入りするなとの無言の警告と受け取った吉門は、表面上穏やかな笑みを浮かべて部下共々職務に取り組むのだった。

「…………」

「ところで“アーベント”。紅床(くれとこ) 悠太は逃がしたのかね?」

 遠ざかる吉門らの背中を見送っていた“アーベント”に、横合いから冷ややかな声が掛けられる。その声の主は榮森で、もはやいい加減聞き飽きた嫌味な彼の口調を前にしてもアーベントは顔色一つ変えずに応じていた。

「申し訳ございません。良い具合に追い込んでいたのですが、先程の……百鬼 護に邪魔されまして、逃げられました」

「たった一人の少年に足止めされてみすみす逃すなど……貴様の仲間も大した事が無いのだな」

 心の底からそう思っているような物言い。それはアーベントだけでなく彼の仲間――“レーヴェ”と“エーデルシュタイン”にも聞こえていて、両名の顔色に怒気が浮かび上がっていた。

 だが、彼らの暴走を視線だけで制したアーベントは、慇懃(いんぎん)な動作で頭を下げてから彼らを弁護するのだった。

「これは手厳しい、その点については返す言葉もございませんが、全く成果なしかと言えばそうでもありますまい」

「……ほう?」

 完全に無駄な事ではなかったと断言するアーベントが指差すのは、踏み荒らされた畑の一カ所。

 そこの地面だけは、血で汚れていた。

「ほんの少しだが、風に乗って血腥(ちなまぐさ)い匂いがするとは思っていたが」

「百鬼 護の血液です。研究材料として活用できるとは思いませんか?」

 程良く耕された土を踏み締め、そこに足跡を着けながら血痕のある場所へ二人は歩く。

 それから雨とは別質の湿り気を持ったその土を見下ろし、榮森は鼻を鳴らした。

「……ふん、無いよりはマシ、といった程度だろうな。やはり本体が手に入らねば、それこそ土に付いた血液では血液型などが分かるくらいで終わってしまう」

「ですが、貴重な敵の情報です。彼を検体として捕えたいのなら、収集しておくに越したことはないでしょう」

「そうか。なら、鑑識班に連絡して回収だけはさせておこう。調査は私を経由して多方面で精密に、そして最大限に有効活用させて貰うとしようかね」

 榮森は、気を取り直すようにそう独り()ちっていた。



◆◇◆


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