第二話 散弾銃バンバン!④
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正午を過ぎたくらいの松ヶ崎市は、春の訪れを告げる陽光に照らされて、ぽかぽかとした空気を作り出す。
とは言え、まだ冬の息遣いも残っていて、自転車を勢いよく漕ぎ出せば程良い暖かさだった筈の空気が冷風となって服の隙間に入り込んでいくのだった。
「状況の詳細は?」
『レーダー上では何とも言えないな。どんな状況なのかは、どうしたって地図から見ただけでは限りがある』
「……それもそうか。でもまだ、戦闘は続いてると見て間違い無いんだよな?」
指定された座標は、街の外れにある高速道路の高架下付近。あの辺りは起伏が激しく、畑が広がっていて人の通りは比較的少ないところだ。
『ああ。この様子だと、誰か一人が複数に追われていると判断した方が良さそうだと、オーバンも言っている』
「一人が複数に追われている……じゃ、多数の方が“ノクス”の可能性が高いって事かね?」
『そう判断するのが自然でも、断定は出来ない。繰り返しになるが、こちらの送る増援が間に合いそうにないなら介入については許可する。ただし、身の安全が第一優先だぞ』
またも釘を刺しに来る父に、自然と俺の顔は渋くなる。だから、返答する声も自然と若干の不機嫌さを滲ませずにはいられなかった。
「しつこいって。動画も撮られないように気を付けるからさ。因みに、増援はどれくらいで着く感じ?」
『今、大至急編成を行わせているが……プサッフォーが部屋に閉じこもったまま出てこない。彼女の転移能力を使った輸送は期待しないでくれ』
「そりゃまた、時間のかかる事で」
実に彼女らしいと思って、苦笑が漏れる。父もスピーカーの向こうで同じ気持なのだろう、溜息交じりに言っていた。
『変態すぎる彼女の事だ、どうせヘッドフォンでも着けて碌でもない動画を見てるんだろう』
「……やっぱ、アイツからパソコン諸々没収したほうが良くない? これじゃ、何かあった時に即応できないって」
暗い部屋にてふしだらで淫らな動画を荒い呼吸と血走った目で凝視して、ヘッドフォンを着けているプサッフォーの姿を想像すると、情けないにも程がある。というかドン引きである。
きっと今も液晶モニターにかじりついているのだろうなと思うと、こんな状況だというのに呆れ笑いを溢さずにはいられなかった。
『そう言うな護。今回は緊急出動だし、組の活動そのものには給与も支払われていない、あくまでもボランティアだ。それなのに責任を追及するのは酷だし、プライベートな時間って奴は確保してやらないといけないだろ?』
「その言い分も分からないでもないけどさ、プサッフォーさんが動けない理由が選りにもよって碌でもない動画を見てるせいだからってのは、何か釈然としない……」
こうしている間にも危機は迫っている、筈なのだ。だというのにこれでは、幾ら何でも不平等なのではなかろうか。
後でプサッフォーに説教の一つでもくれてやるべきとすら考えたくらいだったが、父は苦笑しながらもそんな彼女を弁護する。
『そう思うなら、護だってこうして無理に即応しないで、学校で勉強してて良かったんだぞ』
「冗談止めてくれ。誰かの身の安全が脅かされてるって時に、のほほんと勉強なんて出来るかよ」
『真面目なお前の事だ、そういうと思った。それと、もうじき現場に到着だ。気を引き締めろ』
「……言われなくても」
既に魔力の気配を感知できる距離にまで、俺は迫っていた。戦闘音の類はまだ聞こえないものの、自転車を漕げば漕ぐほどに漂ってくる微細な魔力は濃くなっていくのだ。
「……自転車はこの辺に停めておくか」
下手な事をして自転車を壊してしまった日には、両親から大目玉を喰らってしまわないとも限らない。
坂道の麓の、邪魔にならない場所に自転車を駐輪した俺は、素早く脚力を強化して坂を駆け上がるのだった。
『どうだ、護?』
「微かに、重苦しい戦闘の音を確認。まだ姿は見えないけど……と!」
そこでふと、目に付いたものを認識して声が漏れる。
『何だ、何を見つけた?』
「人影を視認。確かに一人、追われてるな」
何もせず、一人の男を追跡だけしているのが二人と、魔法攻撃を掛けているのが二人。合計四人が、一人の男を執拗に追跡していた。
『そうか。追われているのは一人で間違い無いな?』
「……ああ。それを……ぱっと見では四人が追い詰めてるって感じだ。あれだけの数を相手にして、よくも一人で逃げて居られるなって感じだよ」
まだ完全な春の訪れではない事を示す裸の木の幹と枯草に身を隠しながら、俺は様子を窺う。
この辺りは小高い丘で畑となっているだけに見晴らしがよく、それらを視認すること自体はそう難しい事でないのは、幸いだった。
『その四人、全員がノクスの人間か?』
「どーかな。その内の二人は確かに何度か見た覚えがあるけど、残りの男女二人はどうも見覚えがあるような無いようなで……」
『はっきりしてくれ』
「しょうがねえだろ、身を隠してるせいで視界が悪いんだから」
目を細めて遠方に見える四人の内、二人を凝視する。しかし、こちらの姿を堂々と晒す様な真似は避けて身を屈めているせいで、いまいちよく見えない。
「もう少し近付いて確認する」
『近付き過ぎて接近を悟られるなよ。そうなれば先制攻撃を受けるのはお前かもしれないんだからな』
「そんなヘマしないって。何より、”ノクス”の連中はたった一人を追い掛けるのに夢中で、俺に気付く気配なんて微塵もねえからさ」
『本当にそうであってくれると良いんだが……』
無線イヤホン越しに、父の溜息が聞こえる。
恐らくだが、俺の言っている事を全く信じていないのだろう。酷い父親である。
「そろそろ、息子をもっと信じてくれても良いと思うんだけどなあ」
『そういう事はミスの数が目に見えて減ってから言ってくれ。ま、ガキンチョのお前には無理だろうがな』
「……言ってろ糞親父」
思わず、片方の眉が引き攣る。
だが、それはそれ。これはこれ。
“ノクス”の者に気取られないように細心の注意を払って彼らとの距離を詰めたところで、俺はふと気づく。
「あれ、もしかしてあの二人……」
『どうした、何があった?』
「多分だけど、“ノクス”と一緒にいるあの二人の男女……この前、市街地に現れて騒ぎになった奴らだと思う。服装に何となく見覚えがあるし」
『って事は、歪を通って現れた彼らはノクスの仲間になったという事か……敵戦力が増強されたとなれば、これは由々しい事態だ』
「七人から九人だもんな。取り敢えず、このまま放置してたら遅かれ早かれ追われてる男が捕まりかねないから、介入するよ」
追われているのは、若めの男。矢継ぎ早に繰り出される攻撃を素早い動きで躱してこの辺りを走り回っており、それは遠目から見ている俺からしても見失いそうになってしまう程だ。
『……任せると言った手前、それを止める権利は俺に無いが、相手は戦力が二人増えたのだ。伏兵の可能性には十分注意しろ』
「へいへい、もしかしたらこの戦闘自体が俺らを誘い出す為の罠の可能性があるって事だろ。そんな事は百も承知だっての」
『重ねて言う、気を付けろ護』
「……了解!」
返事と同時に、地面を蹴る。
身を隠していた枯草と枯れ葉だらけの茂みから飛び出して、俺は赤葡萄酒色の魔力を展開させていた。




