第二話 散弾銃バンバン!③
「……吉門係長か。私は忙しいのだ。それに疲れてもいる。無駄な時間を取らせないで欲しいのだが?」
「無駄とおっしゃいますが、私はそれで引き下がる気はありません。最近のこの街の騒がしさと、課長の忙しなさ……それに、この前に留置場を荒らした男をどこかに連れ去った件も。訊きたい事が山ほどあるのです」
歩幅にして五歩ほどの距離を置いて、吉門と榮森は睨み合う。両者の間に漂う空気はとても部下と上司と思えぬほど、険悪なものだ。
「山ほどあるのなら、それこそ私を休ませて欲しいものだな、吉門係長? 部下であるのなら、上司に対して多少は気遣いを見せてくれても良いのではないか? 別に、強引に飲み会などへ誘っている訳でもあるまいし、な?」
「そうお考えでしたら部下に対する配慮もあってしかるべきかと考えますが? ここ暫くは私達を放置し、蚊帳の外に置いて、署長の許可も得ず勝手に動き回っているご様子。このままでは懲戒を受けないとも限りませんぞ」
「なるほど、吉門係長は自分が放置された事が不満なのかね? まるで恋人みたいな事を言う」
大袈裟に肩を竦めて笑って見せる榮森だが、冗談めかしたその言葉に吉門が笑みを浮かべる事はなかった。
「茶化して誤魔化そうとするのでしたら無駄ですよ。既に署長からもこのままでは課長の処分止む無しとの言葉を頂いております」
「そこまで念を押さなくとも分かっているさ。だが君は、私にそこまで迫ってして何が目的なのかね?」
「ですから、以前にも少し申し上げた事がありますように、課長が何を知って何を隠しているのか、私はそれが知りたいのです」
早く隠している事の全てを吐けと、部下が上司に迫る光景は異様としか言いようがないだろう。事実、この場の周辺では異変に気付いた警察官が野次馬となって集い始めていたのである。
「……君には関係の無い事だと言った筈だが?」
「なら訊く相手を変えましょう。そちらの、“アーベント”さん、でしたか。私は松ヶ崎警察署の警部補、吉門 海斗係長です。関係で言えばそちらの榮森課長とは直属の上司と部下という事になります」
警察手帳を見せながら、吉門は銀髪の男に挨拶をするものの、その顔に笑顔はない。全く友好的とは言えない態度だったが、“アーベント”は対照的に笑顔で応じるのだった。
「初めまして、“アーベント”と申します。以後お見知りおきを」
「……初めまして、ではないでしょう? 以前、正月の年明け早々の銃乱射事件で、現場の捜査に当たっていた私に接触を図って来たのは貴方の筈だ。その銀髪と体格、忘れもしない」
「はてさて、失礼ですがそんな事がございましたかな? 私には全く身に覚えのない事です」
心の底から申し訳なさそうな表情を見せながら謝罪の言葉と、身の潔白を述べる彼を、吉門は冷め切った目で眺めていた。
「……なら一旦はそういう事にしておきましょう。しかしそれを差し引いても私はその後に一度貴方とお会いしている」
「そうなのですか?」
「ええ。この前、あそこの留置所を一人の男が荒らし回っていた際にね。あの時も、榮森課長の後ろに貴方が付いていたのを確かにこの目で確認していますから」
警察署に隣接した留置所が襲われてから、まだ日は浅い。現場となったその場所も、まだブルーシートで覆われ、危険だからと規制線まで張られている始末だ。
いつになったら留置所の再建が終わるのかも、現状では未定なのである。
「ああ、あの時ですか。確かに私もあの場にはいましたよ。大した力にもなれませんでしたが」
「大した力にも、ですか……果たして本当に、そうなんですか?」
問いかけながら、吉門は自身の記憶を漁る。
あの時、正体不明の岩石の壁が警官の突入を阻んだ時、突如として姿を現したのが榮森とそれに連れられた“アーベント”だった。
そして彼らの登場により、現場の膠着は堰を切った様に打破されたのである。
「何を言うかと思えば……吉門係長は私の何を疑っているのです? 私なんて所詮はただの一般人、何にも特別なものなんて持ってないですよ」
「“アーベント”さんは、シラを切るのがお上手でいらっしゃる」
「……どういう事です?」
この場での逃げは許さないと言わんばかりの、剣呑な吉門からの追及のせいで、少しだけ“アーベント”の表情に強張りが出る。
「その言葉通りの意味ですよ。初めて私に接触をかけてきた際も、そして次に会った時も、何やら不自然な風が吹いていた」
「初めて接触をかけた云々は分かりかねますが……確かに留置所の事件の際は変な風が吹いておりましたね。それが、何か?」
「いえね、私の近くにいた者の中に居たんですよ、視える奴がね。あの風が吹き荒れた時、貴方を中心に何かが力が働いて、風が巻き起こっている様だって」
お前が何かを知っている筈だ、と確信をもって迫ってくる吉門の問いに、しかし“アーベント”の表情はそれ以上の綻びを見せない。
それどころか全く何を言っているか分からないと言わんばかりに眉間へ皺を刻んで見せるのであった。
「はあ……見間違えでは無いですかね? 先程も申し上げました通り、私はただの人間ですよ。日本のアニメに出てくるような特殊な力なんてものは欠片も持ち合わせていません」
「そうですか……その者は、風を操る何かが、空中に鏃の形を作り出している、更にはそれが射出された瞬間に岩石の壁が破られたとまで言っていたのですが」
「…………」
吉門がそこまで言った途端、微かに“アーベント”の眉が跳ねる。それは本当に、本当に極僅かで見逃してしまう方が自然なくらいの筈だったのだが、吉門は目敏くその動揺を看破していた。
故に、自信をもってさらに問い詰めるのだ。
「……本当に、何もご存じないのですか?」
「ええ、欠片も」
「ではどうして、あの場に課長と一緒にいらしたのでしょう? おまけに、それ以降は一緒に行動している姿をよく見ます。一体、どんな理由があるのですか?」
追及は、全く緩まらない。
留まるところを知らない吉門からの問いにアーベントは内心で辟易としながら、器用にも表皮には笑顔を飾り付けていた。
「私は榮森課長に頼まれて協力しているだけに過ぎません。そして協力先である課長から守秘義務を言い渡されては、それを破る訳にもいきません。ですので、幾ら課長の部下とは言え、一緒に行動している理由を貴方にお伝えするいかなる理由も、義務も持ち得ません。ご納得いただけますか?」
「……あくまでもそう仰るのでしたら、では職務質問を受けて頂いてもよろしいでしょうか? 勿論、任意ですが」
そこまで吉門が言ったところで、署の入り口から複数の刑事が姿を現し、躊躇なく“アーベント”と榮森を包囲する。
三白眼を周囲に巡らせてその事を確認したアーベントは、それでも全く焦らずに問うのだ。
「……任意、と仰るわりには、急に現れた警察官の方々がぞろぞろと私を取り囲んでおりますが?」
「ここは警察署の敷地内です。それこそ、警察官がそこに立っていても何ら不思議な事ではございません。彼らはただ、そこに立っているだけですので」
「立っているだけ……と仰いますが、これでは私は帰れません。通していただけませんか?」
“アーベント”が困り果てたように後頭部を掻き、困り果てたような笑みを吉門に向ければ、吉門もまた一見善良に見える笑顔で応じるのだった。
「ええ、帰りたければどうぞご自由に。我々は貴方の御帰宅を妨げはしません。ただ、そこに立っているだけですので」
「……話が通じませんね。そこに立たれては私も帰ることが出来ないのですが?」
流石に普段どれだけ冷静を保っている“アーベント”でも、吉門とその部下たちの敷く包囲網と、平行線を辿る会話に苛立ちを覚えるらしい。
端整な顔立ちに不愉快そうな皺を若干だけ刻みながら、彼は吉門を睨み付けていた。
「確認しますがこれは任意、なのですよね?」
「任意ですとも。ですがご注意を。そこにただ立っているだけの警官を下手に押し退けたりすれば、その瞬間に公務執行妨害となります」
「…………」
これでは埒が明かない。そう考えた“アーベント”は一瞬だけでも己の能力を行使する事を視野に入れ始める、が。
そこで榮森が割って入っていた。
「待て、待ってくれ吉門係長」
「課長……何でしょうか?」
「単純な話だ。黙って事の成り行きを見守っていたが、ここで職務質問をする道理が無いのではないかと思ってな」
「……道理が、ない?」
「ああ。彼は私の協力者。彼の身元を含めた何もかもがしっかりしたものである事は、この私が保証しよう。だからこそ、私は私の抱えている案件に関して彼に協力を依頼しているのだ。言っている意味が分かるかね?」
「……つまり、職務質問は無意味だと? 止めろと仰られる訳ですか」
「そうとって貰って一向に構わない。それとも、警部の立場にある人間の言葉に、信を置けないとでもいうつもりかね?」
その言葉には声の低さを乗せ、視線には鋭さを乗せ、榮森は“アーベント”を包囲する刑事たちを睥睨する。
彼からしてみればこの場にいる面々は誰もが階級も役職も下位に置かれているだけに、包囲していた者達の士気は一気に削がれていく。
「もう一度問おう。私の言葉が、君達はそんなに信じられないのかね?」
「そ、そんな事は……」
吉門の部下である彼らは、当然ながら榮森の部下でもある。直属の上司の、更に直属の上司から詰問されては、彼らが思わず後退るのも道理だ。
「道を開けろ。包囲を解け」
「…………」
「聞こえなかったのかね?」
「……はい」
絶えず叩き付けられる榮森の圧力に、とうとう刑事の一人が屈して、“アーベント”の通る道が開け始める。
「駄目だ、そこを動くんじゃない!」
「吉門係長、君は黙って貰おうか。今の私は君と話していないのだからね」
「……っ」
ばっさりと斬って捨てられて、吉門も黙らざるを得なくなる。そうして沈黙した部下を確認して満足そうに一度頷いた榮森は、“アーベント”に告げるのだ。
「さあ、通ると良い」
「……感謝します」
漸く開かれたその道を、一礼してから“アーベント”は歩き始めるが、不意に彼の足が止まった。
それを不思議に思った榮森は、眉を寄せながら彼に問うていたのだった。
「どうしたのかね、“アーベント”?」
「……今し方、仲間から連絡が入りまして。お耳を拝借したく」
「ほう? 良いだろう」
腕時計のようなものに一瞥をくれていたアーベントがそう言って、榮森の耳元で何かを囁いた、直後。
榮森の顔に喜色が浮かび、そして吉門らに目を向けて言ったのだ。
「突然だが君達、丁度良いので指示を振る。これほどまでの非礼を上司にやってのけた君達は……当然、私の指示に従ってくれるのだろうな?」
榮森の口端が、吊り上がる。
先程の吉門らの行い、その非礼を盾に取るかのような物言いで、彼は話を切り出していたのであった。
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