第一話 包囲構築⑤
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市街地のあちこちを、警察車両が走り回る。
そのせいか車道は静かで、車の流れも静かだ。
訪れた春の長閑さが、いつもより不自然に静かな町を包み、不穏な空気を誤魔化している様でもあった。
「一見静かに見えますが、騒がしくなって来ましたね」
「市街地のど真ん中に散弾銃を持った男女二人組が姿を現したのだ。それは警察も動くし市民も警戒する。当然の話さ」
「物騒な話ですよ。それにしても散弾銃ですか……何故そうと分かったので?」
「SNSに投稿された写真を確認するに、専門家や知識を持つ者がそう断じていた。解像度の問題でいつの時代の物かまでは割り出せていないようだがな」
「なるほど……」
助手席に座る銀髪三白眼の男――“アーベント”は、萌え始めた街路樹の枝を車窓から眺める。
そんな彼の横顔に運転席から一瞥をくれた松ヶ崎警察署警部の榮森 晋太郎課長は、その声音に猜疑の色を乗せていた。
「“アーベント”、貴様はこの件に関して何か知っているのではないか?」
「……何か、とおっしゃいますと?」
「まだ白を切るかね? この市街地で、どうしていきなり銃を持った男女が姿を現したのかについて、だ。現状、警察は総力を挙げてあの二人の身元を調べているが、芳しくない。全く身元が割り出せず、まるでいきなりこの町に姿を現した様だった。魔法でも使ったのかと疑いたくもなる」
「魔法……ああ、それで私が何か知っているかも、と思ったので?」
車窓の外に向けていた銀色の視線を車内に退き戻した“アーベント”は、貼り付けた笑みを榮森に向けた。
しかし、その笑顔に胡散臭さを覚えていたらしい榮森は小馬鹿にしたように鼻を鳴らしてから、再度詰問する。
「惚けるな白々しい。もしや貴様、例の二人組について、その行方も知っているのではないか? あの日、捜査に当たった者の話では風が吹き荒れたと思ったら忽然と二人組の姿が消えた、と述べていたそうだ」
「おや、そんな偶然もあったものですね。確かに私の魔法属性は風ですが……もしかしたらその二人の人間も風系統の能力者であったりするのではないでしょうか?」
「あくまで白を切ると……?」
「存じ上げないものは存じ上げないのです。知らない事を知っているというのは、それこそ失礼で不誠実な行為であると思いませんか?」
信号が、空の色と一緒になる。
のろのろと動き出した車の流れに従って榮森の運転する車も前へと進み、やがて法定速度ぴったりにまで加速していた。
「強情な男だ。だが良いだろう、そこまで頑なであるのなら、今は不問にしてやる。しかし、もし本当に例の二人組が貴様の言う歪を通ってやって来て、結果能力者として覚醒しているのだとして……その身柄を確保したらすぐに私へ報告しろ。良いな?」
「ええ、もしそうなりましたらすぐにでも」
疑いの色がひしひしと伝わる榮森の言葉を真正面から受けても、“アーベント”の態度は変わらない。仮に怒気にも近いものを向けられた所で、彼は柳に風とそれを受け流してしまうのだ。
「それで、今日はどちらへ?」
「この国のお偉方のところさ。様々な事を知る身として、この件の色々を説明しなくてはいけないという訳だ。優秀さを発揮するとは辛く面倒なものだな」
「全く仰る通りかと。しかし、そこに私を同道させて良いのですか? 所詮、この世界に確たる身分を持たぬ者ですが」
「私が必要だと告げればそれを阻む者は居らぬさ。現状、我々の側に立つ人間で魔法について一番詳しいのはお前しかいないのだから」
そう言いながら、榮森は内心でほくそ笑む。いずれこの国における魔法研究の知識蓄積が進んだ時、“アーベント”もまた用済みとなるのだ。その時が訪れた時、彼も魔法能力者という貴重な被検体の一人として活用される事は、榮森の頭の中では決定事項だった。
「……私の事をそこまで買って下さるとは、榮森課長のご期待に添えるよう、一層の努力をいたしましょう。用済みとなっては堪りませんからね」
「何を心配するかと思えば、安心しろ“アーベント”。貴様の身の安全については私も事ある毎に上へ確認を取るつもりだからな」
「それは有難い」
短く、さりとて恭しく微笑んで見せる“アーベント”は、勿論そんな榮森の内心など見透かしていた。
しかしここでそれを明暗どちらにしろこれ以上チラつかせるのは、今後の関係を続けていく上で宜しくない事も重々承知していた。だからこそ、小さな牽制をするに留めるのだ。
「それで榮森課長、国のお偉方には何をどこからどこまで説明するおつもりで?」
「魔法と歪、それに貴様の世界についてもだ。大体の事は私の口から説明するが、補足については任せても良いだろうか?」
「勿論ですとも。私の知りうる範囲でしたら幾らでも説明させていただきます。今後ともそちらとは良い関係を築いていきたいものですね」
「ああ、そうだな……私の優秀さに目もくれなかった愚か者共を、今度はこの私が笑ってやる番だ」
そう言って、満足そうに口端を吊り上げる榮森の横顔を、どこまでも冷徹な銀の視線が無感動に眺めていたのだった。
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