第一話 包囲構築④
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今年度、松ヶ崎市には何度激震が走った事だろうか。
そして今回も、何度目か分からなくなりそうな激震が街に走り、教育施設は軒並み臨時休校を迎えていた。
「ニュース番組でもネットニュースでも、またウチの街の名前が大々的に出てますね。あっという間に全国区ですよ、治安が悪い地域として」
「そりゃこの前からそうだろ。金、お前が銃乱射して薬莢ばら撒いたりするから……」
「俺だけの責任に帰されるのはなんか違う気がするんですが? そこにいる若だって大概やらかしてますよ!」
「そこでいきなり俺を生贄召喚すんな!」
我が家の居間は、今日も今日とて賑わいを見せる。既に炬燵の撤去された卓の周囲を、猫たちが寂しそうに歩き回り、安住の地を探し求めている様だ。
何とも可愛そうなので俺が黙って抱き上げて、膝の上に置いてやれば、黒猫の黒兵衛は喉を鳴らして腹に寄り掛かっていた。
「若だって思いっ切り動画撮られて、その上に警察署の敷地内で大立ち回りでしょ!? 俺ばっかり槍玉に上げられるのは納得いきません!」
「警察署の大立ち回りは父さんからの許可も貰ってたけどな! あれはもうしょうがなかっただろうが! 既に能力者が警察署の敷地内で暴走してたし」
猫を撫でて和んだ気持ちで満たされようにも、いきなりこうして話題に巻き込まれては落ち着くものも落ち着かない。
それでも黒兵衛のサラサラな毛並みに心癒されつつ、金さんを論破する糸口を探そうとした、そこで。
「下らない事で午前中から騒ぐんじゃない。お前らは等しく問題児なんだから、問題を起こさないように大人しくしてないと棟梁からまた雷落とされるぞ」
「等しく問題児とは心外な! 迅太郎さん、俺を金さんみたいなトリガーハッピーと一緒にしないでくれよ!」
「そりゃ俺の台詞だ! 若みたいな猫好きの変態と一緒くたにされたら堪ったもんじゃないです!」
「だからお前ら黙れと言ってるだろ」
その瞬間、丁度背後に立っていた迅太郎さんの手刀が俺と金さんの脳天を的確に捉える。容赦のない衝撃が頭骨から頸椎、背骨へと伝播し、俺達は二人揃って頭を抱える羽目になるのだった。
「にしても、参ったもんだな……街中で“歪”が発生して、そこから二人の人間がやって来て、“ノクス”に確保されちまうとは」
「オーバンの話だと、二人とは限らない可能性もあるけどな。アイツが街に敷設させたセンサーはあくまで魔力や歪についての反応を示すものだから、こちらにやって来た人数については知りようがない」
「確かにそうだけどよ、報道にも出てた二人以外に変な格好した奴の目撃証言は無かったんだ。やって来たのは二人と見るのが妥当だろうさ」
迅太郎さんも席に着き、卓に頬杖を突きながらもう片方の手でテレビリモコンを操作する。やはりどのチャンネルも、昨日の夕方に松ヶ崎市で目撃された銃を所持した男女二人組の話題で持ち切りだ。余程大きな事件でも新たに起きない限り、この報道は暫く衰える事もないだろう。
「で、オーバンの嬢ちゃんは今何してんだ?」
「昨日の夕方からぶっ続けで原因究明とその根絶に当たってる筈だよ。サボり癖あるのにこういう時はホント真面目だよな」
「いや若、あれは真面目って言うか、あの嬢ちゃんはただ単に好奇心旺盛で目を光らせてたって感じだったけどな」
オーバンの行動は良く分からない。興味があればトコトンどこまでも切り詰めるのだが、興味が無ければとんと進まないのだから。
今回は幸いにして彼女の好奇心を強く刺激する結果だったみたいなので、いつにも増して勢いが違う。
「何にしろそれで助かるから文句ないけどさ。でも、こういうのは往々にして原因究明に時間が掛って、処置には更なる時間が掛ったりするもんだよな」
「想定外の事態ってのはそう言うもんだ。この件に関しては余り嬢ちゃんを責めてやるな。急かしたって良い結果になりやしない」
退屈そうにニュース番組を眺める迅太郎さんは、真剣な話をしている空気をぶち壊すみたいに、大きな欠伸をしていた。
それはまるで深刻になり過ぎそうな空気を引き戻そうとしているみたいで、俺も笑いながら冗談で応じていたのだった。
「分かってるって。でも、そうなると今後とも街中で変な奴が出てくる可能性がある訳で……そのうち俺らが過労死しそうだ」
「誇れよ。日本が世界に誇るKAROUSHIだぞ」
「日本人として悲しくならないかそれ」
別のベクトルで重苦しくなりそうな迅太郎さんのブラックジョークだったけれど、何はともあれ必要以上に空気が重くなるのだけは避けられたらしい。
そしてそのタイミングを見計らったかのように、父と母が襖を開けて居間へと入って来るのだった。
「よーしよし、ある程度は揃ってるな」
「大手さんとか、毛利さんとかは居ないけど」
「護、お前が居れば十分だ。昨日の夕方の様子について、もう一度聞き取りをしておきたいからな」
言いながら、父と母は座布団に座ってメモ用紙を卓の上に置いていた。
「まず、お前の目撃した二人の男女、その特徴だな」
「んー、距離もあったし薄暗くてよく見えなかったけど、男の方は髭面で、顔の彫も深め。つか男女ともにヨーロッパ系だな。ガタイが良くてデコも広かった。身長は……俺よりは低い、くらい?」
主に父が忙しなく鉛筆を動かして何かを書き留めている。もしかしたら絵でも描いているのだろうか。
そんな疑問を口にする間もなく、彼は顔を上げると俺に話の続きを促していた。
「ふむ、女の方は?」
「男より頭半分くらい低い感じだった。髪は金髪っぽかったぞ。こっちもがっしりしてて、纏う雰囲気からして戦い慣れてる気がした」
「そうか……どちらも容貌は良く分からない、か」
困った様に顎に手を当て、眉間に皺を寄せる父。
「その物言い、やっぱり似顔絵でも書こうと思ってたの?」
「まあな。典型的な欧米系の顔立ちと言うのは分かったから、イメージで描いてみたんだが、どうだ?」
実際に男女を目撃した俺に、仕上がった似顔絵の出来栄えを確認して貰おうと、父の真之は紙を手に取って見せる。
が、その紙面に描かれた物を目にした瞬間、俺はついつい言っていた。
「……父さん。絶望的に絵が下手だな」
「そうか? 自分なりに全力で描いたんだ。出来栄えとしては必要最低限の特徴は捉えられているんじゃないか?」
「必要最低限のって……じゃあ訊くけど、この焼け焦げた猫の髭みたいなのは?」
「顎鬚だが?」
「何で四本しか生えてないんだよ」
俺はさっき、髭面の男だったと言った筈なのだが。この馬鹿親父は一体何を聞いて何をイメージしたというのだろうか。
「じゃあ、この左右が合体した眉毛は?」
「良いところに気付いたな、護。髭面という事は男性ホルモンが強い筈だから、つまりは毛深い。よって眉毛が繋がっているのではないかと推定したのだ。当たっていたか?」
「外れだよ」
顎髭四本しか描けないくせに、何故そんな無駄なところで余計な想像力を働かせているのだ。おまけに大外れも良いところなので呆れた溜息しか出てこない。
「父さん、アンタただでさえ画力が無いんだから余計な事を描く必要はないんじゃ……」
「蛇足だったか。やはり画竜点睛を欠いた方が……」
「いやそういう問題じゃなくてだな」
アンタの場合はそれ以前の問題なんですよ。
「大体、何だこのモジャモジャは? 俺がさっきの話の中で一度でもこれについて言及したか?」
「それは、お前が髭面の男と言ったから……」
「だからってどうしてこんなに胸毛を描き込むんだよ!? 上半身真っ黒じゃねえか!」
ぺしぺしと紙を叩いて俺が示すのは、父が書いた似顔絵の胴体部分。そもそも俺は身長と体格以外は碌に述べていなかった筈なのだが……。
「胸毛を描いて何が悪い! 腹毛を描いて何が悪い! ち〇毛を描いて何が悪い! 合体させて何が悪い!?」
「全部描いてたのかよ!?」
これこそ要らない描写である。そしてその勝手な想像の部分にばかり注力されていて、肝心の特徴についての描写が雑に過ぎた。
「父さん! アンタもう完全にふざけてんだろ! 迅太郎さんを見ろ、もう腹抱えて笑い転げてんぞ!?」
「……そんなにおかしいものなのか?」
「逆に何でここまで言われて理解出来ないの!?」
息子ながら恥ずかしい。まさか父の絵心がここまで壊滅的だったとは思わなかったし、父にその自覚が無かった事も衝撃的だ。
何せ、父は非常に冷静で物事を客観的に捉える事の出来る人間、の筈だったから。
「まさか父さん、女の方の似顔絵も……」
「安心しろ。こっちは男の似顔絵以上に自信があるぞ」
「本当だろうな……ふぇ?」
半信半疑で父から差し出されたその似顔絵を受け取って、俺は喉から変な声を漏らした。
するとそんな俺の反応を見て彼は満足そうに腕を組み、頷いて見せる。
「どうだ、女の方はお前の言っていた事をより正確に捉えられているだろ?」
「いや、ただ単にサイズダウンさせただけじゃねーか。手抜きだろコレ」
「護が男より小柄だと言っていたからな」
「じゃあこの焼け焦げた猫の髭みたいなのは?」
「顎鬚だが?」
「だから何で四本しか生えてないんだよ。……ってか女性の似顔絵なのに何でこんなへなへなした髭生えてんだ」
「生えてないとは言われなかったからな」
「じゃあこの胴体のモジャモジャは何なんだよ!?」
「胸毛だよ! あって悪いか!?」
「キレるとこそこかよ!?」
ここだけは絶対に譲らないからな、と言わんばかりに強く出てくる父。それに対して、俺はもうどこからツッコめば良いのか分からないので、取り敢えず片っ端からツッコんでいく事にした。
「大体この似顔絵のどこに女性要素あるんだよ!? サイズダウンしただけで女性感出る訳ねえだろ!」
「護、お前の目は節穴か!? ここにちゃんと可愛いリボン着けているじゃないか!」
「リボン着けりゃ良いってもんじゃねーぞ!?」
しかもそのリボンとやらも造形も雑過ぎてリボンと認識できない。精々が芋虫だ。
「ここだってよく見ろ、ヘアピン着いているだろう! お洒落しているんだよ!」
「だーかーらー! ヘアピン着けりゃ良いってもんじゃねえんだよ!」
余りにも滅茶苦茶過ぎる理論を展開する父に、もうツッコミが追い付かない。似顔絵を描いてから元々氾濫気味だった父のボケムーブが、ここに来て完全に堰を切った形になったのである。
「若、棟梁……もう、もう止めてくれ。俺の、俺らの腹筋がもたない……」
「迅太郎さん……」
典型的な捧腹絶倒の有様を呈しているのは、彼を始めとした百鬼組の人間達だ。彼らは畳の上で転がって、酸欠状態になっていた。
彼らを救うのは早々に諦めて、父にツッコミを入れるにも諦めた俺は、それから母に水を向けるのだった。
「……もう良いわ。母さん、そっちの描いた似顔絵は?」
「え、私? 恥ずかしいわね」
「頼むから父さんみたいなのは勘弁してくれ……っと?」
若干、辟易としながら母より紙を受け取った俺は、瞠目した。
「上手いな母さん。俺が述べた特徴も良い具合に捉えて、ちゃんと似顔絵になってるぞ」
「そう?」
「ちょっと、美化し過ぎっていうか漫画みたいなデフォルメが強いけど……」
少女漫画チック、というのが一番強いのだろうか。
「凄く目がキラキラしてるよな。男も女も睫毛長すぎてラクダみたいだ。プロポーションも良すぎる」
「別に良いでしょ、ちょっとの遊び心ぐらい。それに、護の証言はもうちょっと細かくないと、想像で補う部分が多過ぎるわ」
「……う、それは……しょうがないだろ」
母からの的確な指摘を受けてきまり悪さを覚えつつ、母作の似顔絵を返却しようとした矢先だった。
「ちょっと待って、護」
「何? まだ何かあんの?」
「ちょっと余裕があったからその似顔絵には仕込みを入れてあるの。男の似顔絵、体の部分に消しゴムをかけてみてくれる?」
「体部分に? 折角服装とかこんなに書き込みしてあるのに、勿体無いような……」
「良いから良いから」
そう言って笑顔で消しゴムを渡してくる母は、本心から消しゴムで胴体部分の描き込みが消される事に抵抗を覚えていないらしい。
なので、彼女に言われるがまま消しゴムをかけた、結果。
「これは……」
「消しゴムかけるとあら不思議! 浮かび出てくるのは胸毛!」
自慢げに、母はそう言って微笑んだ。
ブ ル ー タ ス お 前 も か 。
因みにこれがトドメとなって、笑い過ぎからの呼吸困難が三名ほど発生してしまったのは、どうでも良い事なのかもしれない。
「……似顔絵についてはこれくらいにして、話題を移そうか」
「移すって、今度は何に?」
父の言葉を聞き返しながら俺がチラリと視線を向ける先には、未だ爆笑の余波から抜け出せずにいた迅太郎さん達が居る。
しかし、父はそんな彼らに目もくれず真剣な顔をして言った。
「護が発見したその男女二人組の目的、その他諸々だ。お前の話では、“ノクス”の“アーベント”と共に姿を消したのだろ? つまりそいつらは、ノクスの仲間になったのではないかと考えられる」
「その可能性は大いにあるね。もしかしたら、そもそも向こうの世界からやって来た“ノクス”の援軍の可能性だってあるくらいだ。オーバンはどう思う?」
「私としては、マモルが目撃したという男女二人組が元から“ノクス”の仲間だとは思えないかな。この目で見た訳ではないから、確定的な事は言えないが……現状で任意に歪を発生させて好き勝手人間を送り込む事は不可能な筈だからだ」
専門家たるヴィオレット・オーバンに水を向けてやれば、彼女は様々な考えを巡らせながらそう言っていた。
「突発的な歪の発生、そして奴らもそれを探知して人を差し向けたと見て良いだろう。単純に、我々は競争で負けて先んじられただけ、と見るのが一番自然かもしれない」
「その割に、随分すんなりと二人組は“アーベント”の手を取って後に続いていたように見えたけどな」
「その程度なら言葉を弄せば幾らでも言い包められる。ここにいるモウリ達の様に、この世界この時代の事を何も知らなければそう難しい事ではないからな」
「……状況が呑み込めずにいるところを救われれば、確かにそう考えるのも無理はない、か」
自分もその状況に置かれたとしたら、確かに己を助けてくれた者を頼るほかない、と考えるのは何らおかしい事でなかった。
「護、その男女二人組の国籍や時代について推定できるものを持っていたりはしたか?」
「国籍は欧米系って事くらいしか分からないからなあ。持ってた銃も服装も、夕暮れで良く見えなかったし。でも、そこまで時代が離れてるって感じじゃなさそう。ズボンとか穿いてたから」
何となく、1800年辺りを勝手に想像している自分がいた。一方でそんな俺の話を聞いた父はと言えば、軽く笑いながら同意を示していたのだった。
「銃を担いでるんだからそりゃそうだろ。問題はその銃の種類だが……火縄かも知れない事を考えたら遡る上限は五百年くらい、か?」
「一番遡ると中国の元王朝みたいね。1288年ごろの青銅製の銃身が見つかってるみたい。銃って意外とヨーロッパ起源じゃなかったみたいよ」
父の横で携帯端末を起動して検索を掛けていた母がそんなトリビアを披露すると、父は僅かばかり目を見開いてから溜息を吐いた。
「こんな所で知識が増えるとは……なら、もしかする可能性も考えて七百年は遡らないといけない訳か。まあ、遡ったところでその男女二人の身元が判明する訳ではないがな」
「結局、直接本人から話を聞かない事にはどうにもならないわね。問題はどうやって接触するか、だけど」
「仮に全てを知ったとして、その二人組が必ずしもこちら側についてくれるとは限らない。もしかしたら、これからずっと俺達の敵になるかもしれないな」
「敵が七人から九人……面倒な事この上ないな」
苦虫を嚙み潰したような表情を見せた父は、卓の上に置かれた下手糞な男女の似顔絵に視線を落としていたのであった。
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