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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第六章 ラスト・エンペラー
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第四話強欲で暴食⑪

◆◇◆



「最近は暇だな。束の間の休息、的な感じだ。そう思うだろ月夜野(つきよの)?」

「いやヤバいですよ係長、感覚麻痺ってますよそれ。他部署に比べたらまだまだ激務ですからね、ここ」

「そらずっと刑事課に居るんだ、慣れもするさ」

「……こうやってブラックな労働環境は続いて行くんだろうなあ」

 自販機前のソファーに腰掛けてコーヒーを飲んでいる上司を見遣りながら、月夜野 和馬は窓から曇り空を眺める。

 時刻はもう夕方に差し掛かった事もあって、外は僅かにだが暗さを増し始めている様だ。

「今日はどれくらいで帰れますかねえ……」

「言っとくが、俺に付き合って残る必要はないからな。(きり)の良いとこで帰れよ。上司の気遣いとかで残られたら俺が無能みたいになっちまう」

「お言葉は有難いんですが、どのみち仕事終わんないですよ……」

 それでも、忙しい時に比べたら楽ではあるのだが、と月夜野は天井を見上げて重い息を吐き出す。

「これだけ激務じゃ、そりゃ離職率とか人手不足とか解消されないわけですよ」

「ここが最近忙しいってのもあるがな。来年度からは人員が増員されたりしてくれたら良いんだが……署長の手腕次第ってところだな」

 期待はしていなさそうな様子でそう言った吉門(よしかど)は、飲み干した缶をゴミ箱へ捨てて、告げた。

「んじゃ、戻るか」

「ですね。あー……首と頭が痛いです」

「椅子座る時の姿勢が悪いんだな。もう少し意識しとけ」

 笑いながら部下の肩を軽く叩いてやった吉門は、そのまま月夜野を連れて仕事へ戻ろうとした、その矢先。

「……ん?」

「騒がしいですね。また何か事件でも起きたんでしょうか?」

 複数の大声が、階下から聞こえてくる。

 しかしそれはただ単に情報が(もたら)されたというより、今この場で何かが起こっているような、そんな騒々しさに二人は嫌な予感を覚えていた。

「……見に行ってきます、係長はここで待っていて下さい」

「おい、待て月夜野!」

 上司の制止も聞かずに走り出した月夜野は、そのまま廊下の角を曲がって階段を下る。だが、階段を下り終わって一階に出ても、辺りに異常は見られなかった。

 入り口付近にいる人も怪訝そうな顔をして辺りをきょろきょろとしていて、偶々この場に訪れていた一般人などはその顔に不安の色を浮かべている。

「って事は、外……?」

 見れば、確かに署の前では何やら様子を窺っているらしい通行人の姿も目に付く。もっと言えば、他の警察官も呆然として一方向を眺めているのだ。

 そうであれば確認しない訳にもいかず、走って外へ出てから尚も騒がしい声の聞こえる方へ目を向けて、そして目を剝いた。

「……な、ん……だ、これは!?」

 外に出て、初めて分かった。

 今一帯何が起こっているのか、どれほど信じられない光景が広がっているのか、月夜野は我が目を疑って額に手を当てていた。

「月夜野! 待てと言った筈だ! 全く、お前は……っ、何じゃこりゃあ!?」

 遅れて駆けてやって来た吉門も、部下を咎めようとして、やはりそこに広がっている光景を前に驚倒する。

「何が、起こっている!?」

「そんなの、俺だって知りたいくらいです。ただ、丸腰で対応するのはヤバいかもしれないですね……」

 掌にじわじわと汗が浮き出てくる感覚は、月夜野の本能が危険である事を伝えているのだろうか。

 右側の外壁が破壊された警察署は、その室内と廊下までが露わになっていて、だというのに瓦礫はどこにも転がっていない。

 そしてぽっかりと開いた外壁の穴の中心に立つ、中年の男。その目は血走り、呼吸も荒い。

 明らかに只事ではない雰囲気で、不気味そのものだ。

「犯人は、アイツか……!」

 常軌を逸しているのは一目瞭然。これまでの長い勤務経験を活用するまでもなく、吉門はそう断定していたのだった。

「自分が取り押さえます。吉門係長は増援を呼んでください」

「馬鹿、だから勝手に動くな。普通ならそれで対応は問題ないだろうが……明らかにこれは異常だぞ! もしかしたら、最近街を騒がせる例の件とも関係あるかもしれん」

「例の件……公共物が切り取られて破損していた奴ですか。確かに、今のこれも似てますけど……」

 ふらふらと体を揺らし、そしてぶつぶつと何かを呟いている男は、見れば見るほど迂闊に近寄りがたい。

 何より、一体どんな理屈で警察署の外壁を綺麗に破壊せしめたのか、考えれば考えるだけ月夜野には理解出来なかった。

「ですが係長、ここで指を咥えて見てるのも不味いのでは?」

「確かにそうだが、下手を打てば怪我、最悪は殉職だぞ。お前、貰ってる給料額が自分の命に見合ってると思うか?」

「…………」

「そういう事だ。増援はお前が呼んで来い。ついでに、一般人も遠ざけとけ。俺はこの場に留まって何かあった時に備える。頼んだぞ」

「分かりました」

 ここまで言われて、上長の言葉に反抗する道理は、月夜野には無かった。

 一抹の不安を覚えつつ、吉門に言われた通りに彼は駆け出そうとして――足を止めた。

何故ならそこで渦中の男が月夜野と吉門に目を向けていたのであるから。

「おい、能力者はどこだ?」

「……能力者? 何の事だよ」

(とぼ)けるな、いるのは分かってんだよ、微かに魔力ってのが漏れてるからさあ……匂いで分かんだよ!」

「魔力? こいつ、何言ってやがんだ?」

 息が荒いせいか、声も獰猛な中年の男の言葉に、流石の吉門も気圧(けお)される。そもそも、男の言っている言葉の意味が理解出来ないのだ。

「知らない振りをしようってのか? 警察の癖して、へえ……」

「何のこと知らんが、お前こそ警察署を壊してただで済むと思ってんじゃねえぞ」

「うっせえ、とっとと出せって言ってんだよ、能力者をさア」

 面白くなさそうに、アスファルトの上に転がっていた小石を蹴飛ばす男の態度は、尊大そのもの。

 人を見下したそれが当然ながら吉門たちにしてみれば面白くなくて、不愉快そうな皺が額に刻まれていた。

「さっきから訳の分からない事を……お前警察来る前に病院行った方が良いんじゃねえの?」

「……ああ、そうかよ。じゃあまず、お前から適当に喰ってやるよ(・・・・・・)

「は……何言ってんだお前?」

 いきなり何を言い出すのかと思えば、と呆気にとられた顔をした吉門は、それから馬鹿にした表情に変わった。

 だが棒立ちでいた吉門を、唐突に月夜野の大音声(だいおんじょう)が殴りつける。

「駄目です係長、退(さが)って下さい!!」

「お前まで、何を言い出して……」

「良いから早くッ!!」

 初めて見る、すっかり余裕を無くした月夜野の物言いに、何か只事ではないものを感じ取った吉門は、言われるがまま一歩二歩、後ろへ退いた、直後。

 ――ばくり、と吉門の履いていた革靴の先端が何かに呑まれて消えた。

 まるで鋭利な刃物によって切り取られたかのような靴の断面から、冷たい風が入り込んでいる。その様子を、吉門は絶句して眺めていたのだった。

「……こ、これ、は?」

「分かりませんけど、アイツはヤバいです。増援呼んだって被害が増すだけかもしれません」

「んなもん見れば分かる。そ、それより月夜野は何で分かったんだ?」

「信じて貰えないと思って今まで黙ってましたが、実は霊感っていうか、そういうのは昔からある方だったんで……今は何か変な霧みたいのが見えるんです。嫌な予感がしたんですが、まさかこんな事が」

 信じられない物を見る目で男を注視しながら、月夜野は全身から冷たい汗が吹き出すのを感じ取っていたのだった。




【幕間】

孫「そう言えば大男、一つ訊きたい事がある」


コ「ぬ、我を呼んだか、(いれずみ)の男」


孫「確認せずとも大男など貴様しかおるまい。ところで聞いた話だが、貴様の国でも宦官は居た様だな?」


コ「我の頃にはもう下火となっていたが、その通りだ。有名どころを上げるとすればナルセス将軍、イグナティオス総主教、ステファノス財務長官……数多くの優秀なものが名を残している」


孫「……そうか」


護「孫臏さん、何か嬉しそうだな。前から思ってたけどチ〇コそんなに好きなのか」


孫「……私達の国では、宦官はあくまで奥向きの事を担当する役割だったが……ローマとやらは宦官の役割は多岐にわたるのだな?」


コ「ちょん切ったからと言って何が変わる訳でもあるまい。そしてそれを歴史が証明している。(うぬ)のところはそんな人材もいなかったようだがな」


護「一応、中国にも鄭和さんを始めとして凄い人いらっしゃるんだけど……まあ、孫臏さんから見れば千五百年くらい後の人だし。っていうか、二人とも何でそんな険悪なの?」


孫「ふん、親から貰った体に傷をつける様な不孝者が、高い地位に上り詰める事は相応(ふさわ)しくないのだから当然だ。そして、そうでなければ奥向きの事は務められない。不貞を働く可能性もあるからな」


コ「我に言わせれば、一夫多妻など汚らわしい蛮族の風習そのものだ。そんなに女が好きなのか、中国(カタイ)人は?」


孫「私達からしてみれば血を残す事が大切なのだ。子孫が居なければ先祖を祭る事が出来ない、社稷(しゃしょく)を全うする事が出来ないとなれば即ち、不孝に繋がる。貴様みたいにな。分からないなら孔仲尼(あなちゅうに)の著した書物でも読めば良い。理想論や形式にとらわれ過ぎているきらいもあるが、簡単に纏まっているぞ? ま、お主の知恵では理解するのも難しそうだが」


コ「我を愚弄するか!? それは即ち筋肉に対する冒涜ぞ!?」


護「怒るとこそこかよ……」


プ「あら、どうしたの? どうしてチ〇コの話から険悪な空気になってるのよ。下ネタは皆を幸せにする筈じゃないの?」


護「プサッフォーさん……いや、俺も良く分からん。どうも、最初から空気は良くなかったけど」


プ「そうねえ、どうにか二人の仲を取り持つ妙案はないものか……あ、一度裸の付き合いをして見るのはいかが?」


護「日本人的には風呂とかに入る程度の意味なんだけど、アンタが言うと意味深にしか聞こえないな」


プ「あら、別に男同士のつがい(・・・)なんて驚く事じゃないって再三言ってるでしょう? 私より後の時代には、男同士のカップルで出来た軍隊があったくらいだし」


護「また適当な事を」


プ「嘘じゃないわよ、調べて見なさい」


護「えー……テーバイ神聖隊(ヒエロス・ロコス)。マジだこれ」


孫「お、男同士のつがいの軍隊、だと……? 文字だけで凄まじい衝撃を持つ軍隊だな、それは」


コ「異教の習俗の話か。知ってはいるが、我の価値観からしてみれば到底受け入れられん話だ」


護「……うん、何はともあれ喧嘩は沈静化したみたいで何よりだ」


プ「じゃあ仲直りの印に、コンスタンディノスとソンピンの二人でしゃぶり合ってみたらどう? うん、そうすべきよ!」


護「待ってくれ、お前は何を言っているんだ」



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