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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第一章 憎しみの焔
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第四話 ヤベー所にはヤベー奴が集う③


「両者ファイト、レディィィィィゴォォォォォォォ!」

「……このスタートの合図、さっきも思ったけど何とかならねえのかな」

「無理だろ、舞美さんこう言うの好きだし」

 ゴングが鳴らされ、試合が始まる。

 だが両者動かず、俺が思わず漏らした呟きに、迅太郎さんもまた笑いながら応じていた。

 だが勿論、こうしている間にも試合は動いていて、じりじりと互いの隙を伺っていた。

 そして、最初に動くのはまたも迅太郎さんだった。

 先程もそうだったが、俺の手札が分からない以上、それを十全に発揮させるより先に勝負を着ける腹積もりなのだろう。

 こちらの一瞬の隙をつくように突っ込んで来る彼は、腰に構えた竹刀を振り――。

 それを俺は素手で払い落す。

 しかし、結構な強さで叩いたと言うのに彼の手から竹刀が落ちる事は無くて、それどころか今度は下から上へと切り上げが繰り出されていた。

 慌てて身を屈めて回避した俺は、がら空きとなった迅太郎さんの脇腹に狙いを定めた、が。

「――!?」

「ほーらよっとね!」

 ぐるん、と視界が回る。

 体が浮く感覚の中で、僅かに見えたのは放り投げられた竹刀。つまり相手は、素手となって俺を投げ飛ばしていたのだ。

 掴まれた服の襟が嫌な音を立てていたが、そんな事を気にしている余裕はない。“能力”を発動させ、強引に体勢を立て直すと身をよじり、彼の手から逃れて距離を取る。

「……マジか、今のから脱出? この前まではそんな真似出来なかった筈なのに、それが若に発現した魔法の効果って訳かい」

「そういう事さね。この前までと同じと思ってるんなら、迅太郎さんでもあっさり俺に負かされるぞ」

「だな。これは近接戦闘が出来る分、さっきのお嬢ちゃんより面倒な事になりそうだ」

 砂利の上に落ちた竹刀を拾い、中結(なかゆい)(つる)の具合を確かめていた迅太郎さんは、しかしその集中を切らしていないのだろう。

 時折こちらへ向けられる視線は牽制している様で、即座に攻撃を仕掛けようにもそれを躊躇(ためら)わせる迫力を伴っていた。

 だけど、今更そんなものに気圧(けお)されたりはしない。むしろ今度はこちらから気圧(けお)してやろうという気持ちを込めて、宣言するのだ。

「……それじゃ、今度は俺の方から仕掛けさせて貰うよ!」

「おお、怖い怖い。けど、“()(せん)”ってのがあるって教えた筈だぞ?」

「っ」

 試合が始まる前に竹刀を一本受け取っておけばよかったかなと思いつつ、俺は真っ直ぐ迅太郎さんの下へ驀進(ばくしん)する。

 その速度に意表を突かれたらしい彼は一瞬だけ瞠目(どうもく)したものの、すぐに余裕の笑みを取り戻していた。

「予想通りに動いてくれれば、幾ら早かろうと大して意味はねえな」

「……!」

 迅太郎さんの左手から投げつけられたのは、砂利。

 先程、竹刀を拾った際にちゃっかり拾っていたのだろう。目晦(めくら)ましと意表を衝く意味でも悪くないその手は、確かに俺の足を止めていた。

 そしてその隙に、彼は一瞬で俺との距離を詰めていたのである。

「悪いな、手を抜くなと棟梁からも言われてるんでね」

 いつの間にか背後へ回り込んだ彼の、上段からの一撃。それは確かに竹刀独特の乾いた音を辺りに響かせ、勝負が決した――かに思えた。

 だけど、ここで俺は手札を一枚切る。

「なるほど、それが若の“魔法”……分かり易いな!」

「オーバン曰く、俺のこれは魔法って言うより異能(インシグニア)ってのに分類されるみたいだけどな」

「どっちでも俺からすれば一緒だ。どんな仕組みになったらそんなモンが出来上がるんだ?」

 ぎりぎり、と互いに歯を食い縛りながら(せめ)ぎ合う。

 迅太郎さんは竹刀で俺の脳天を叩かんと更に力を込め、対する俺はそれを防ぐべく両手で支えた“棒”に力を込める。

 赤葡萄酒色(ワインレッド)をしたその“棒”は、当然ながらさっきまでこの場には存在しなかった物で、俺が隠し持っていた物でもない。

 では一体何かと言えば、自分の能力で生み出したものなのだ。要するに、俺の持つ“魔力”とやらで形成された棒である。

「……若、さっきまでの力強さはどうした? 俺の投げ技から強引に抜け出すくらいだ、竹刀の一撃を受け止めてから弾き飛ばすくらいして来ると思ったけど……もしかしてこの棒を作ったせいで、それが出来ない?」

「さて、どうかな?」

「そうやって韜晦(とうかい)しているところ悪いが、この状況でシラを切るだけって事はそう(・・)なんだろうな。違うか?」

「…………」

 鋭い。いや、少し考えれば分かる事ではあるのだが、この互いに()り合っている状況で即座にその答えを見つけ出すには、相当の技量を要するだろう。

 つまり、それだけ彼が経験によって研ぎ澄まされた勘と実力を持つ事を示していた。

「力が落ちたと分かれば話は早い。このまま押し切る!」

「ぐっ!?」

 彼の竹刀を受け止める“魔力の棒”にかかる負荷が、更に増す。出来る事なら、今すぐにでも迅太郎さんを蹴飛ばしてこの場を脱出したいが、生憎それが出来ない。

 何故なら、今は背後に立った彼の一撃を、背中越しに防御している状況なのである。これでは相手がどんな体勢なのかも分からないし、無理な姿勢から蹴りを繰り出したとしても当たらない上に届かないだろう。

 よって、ここで上から押し潰さんとするそれを真正面から捻じ伏せなくてはならない訳で。

「勝負ありだろ? ……降参したらどうだ?」

「まだだよ。手札は隠しとくもんだろ?」

「……っ!?」

 その瞬間、グニャリと俺の握った“棒”が変形する。

 それはそのまま竹刀を巻き込み、包み込んでいくのだ。

 異変に気付いた迅太郎さんは即座にそれを手放し、結果として俺は窮地を脱する事に成功したのだった。

 竹刀を巻き込み、迅太郎さんの手からそれを奪い取った赤葡萄酒色(ワインレッド)の物体は、まるでアメーバのような動きで竹刀を俺に渡していた。

「なんだそりゃあ、どんな仕組みで……」

「今は試合中。全部終わってから教えるよ」

「……それもそうだな。じゃあ、とっとと勝負を決めるとしようか」

 相対する彼の雰囲気が、その瞬間一変した。

 さっきまでは笑みを浮かべていたせいで、不気味ながらもどこか気楽さがあったのに、その彼の表情から一切合切が抜け落ちたのだ。

 ぞくり、と悪寒が背中を駆け抜け、俺は彼から奪い取った竹刀を中段に構える。同時に、先程まで“棒”を形成していた赤葡萄酒色(ワインレッド)の物体を解体させて、今度は薄く体に纏わせる(・・・・・・)

 これで、自分の身体能力――特に膂力(りょりょく)は、常人を遥かに凌ぐものとなった。

 だが、それでも悪寒は消えない。目の前の相手が強大な存在であると、本能が警鐘を鳴らし続けるのだ。

「多少、手加減の(たが)を外しても大丈夫だよな、若?」

「……俺としては手加減したままで居てくれると嬉しいんだけどね」

「残念だがそれは出来ない相談だ。さあ、俺から一本取ってみろ」

 相手は竹刀を失い、素手。

 対する俺は竹刀を奪い取り、その上で発現した己の能力までもを活用している。負ける筈が、無い。

 なのに、迅太郎さんは躊躇なく俺へ突進していた。

「――ッ!」

 殴るか、掴むか、蹴るか。

 彼の取り得る攻撃手段は限られていて、おまけに攻撃可能範囲も狭い。そこへ至る前に俺が勝負を着けてもおかしくないだろう。

 だけど、蓋を開けてみれば迅太郎さんは止まらない。

 俺の放った突きをいとも容易く(かわ)した彼は、更に間合いを詰めて来るのだ。

「……!?」

 ――やられる。

特に考えなくても、そう悟った。

 実際、伸ばされた彼の手がこちらの襟を掴み、目にも留まらぬ速さで俺を投げ飛ばす姿勢になっている。しかし、俺は(つい)ぞ彼に投げ飛ばされる事は無かった。

 何故なら、その前にこちらが勝った(・・・・・・・)から。

「…………」

 動きを止め、目を剥いている迅太郎さんが見たのは、赤葡萄酒色(ワインレッド)をした一体の人型。

 それは目も口も、鼻もない。ただ、まるで人の影をしたものがそのまま三次元的に実体化したような気味悪さを持っていたそれは、コツンと優しく迅太郎さんの額を叩いていた。

「おい若、何なんだこれは?」

「……これが俺の能力。使いこなすのは本当に苦労したよ。思うように動いてくれなかったり、上手く実現してくれなかったりでさ」

「そんなものはみれば分かる。俺が聞きたいのはもっと……」

「マミ、判定を。話はそれからにしよう」

 周囲の誰もの疑問を代弁するように迅太郎さんは言葉を続けようとして、そこでオーバンの声が割って入る。

 その言葉でふと我に返ったらしい母は、若干同様の滲んだ様子で声を上擦らせつつ、宣言する。

「……え? あ、うん、勝負あり! 勝者、護!」

 周囲に響き渡る、母の声。

 だけど、それに続くのは戸惑いの色を含んだ騒めきだけであった。



◆◇◆



「正直な話、マモルの能力は少なくとも私の世界で知られる魔法とは一線を画す。だからはっきりとしたことは言えないのだが……恐らく分類上は異能(インシグニア)となるのだろうな」

「いんしぐにあ?」

「私達の世界で使われている魔法学の用語だ。この世界ではラテン語と呼ばれている言語とほぼ同一だな。全く、幾ら並行世界(パラレルワールド)とは言え似すぎだと思わないか?」

「確かにそうだけど、今気にすべきはそこじゃないぞ」

 時は遡り、俺が迅太郎さんと試合するより一週間と少し前。

 苦労の末に俺の能力が一体何であるのかが判明した時、オーバンはこの能力を指して「良く分からない」と評した。

「私達の世界では、大多数を占める魔法系統については本質的には二種類に大別される。その一つ……と言うか最大勢力が、体外に魔力を排出して初めて能力の発揮される造成魔法(クレアティワ)。ま、私の魔法とかがそうだな」

 そう言って彼女は空中に一握りの礫を生み出し、そして砂利の上に落とす。

「あと、もう一つが変成魔法(アンビグア)。こちらは前者と違って体内で発動する系統でな、もし私の魔法系統がこれだった場合、全身を岩石に変える事が出来るのだ」

「例えるなら全身ゴム人間とかそう言う事ね……」

「ゴム人間が何の例えかは知らんが、まあそういう事だ。基本的に前者が大多数を占め、後者はそれに次ぐ。で、その他に含まれるのが異能(インシグニア)だ」

 ガリガリ、と特に意味も無いだろうにオーバンは図を描く。折角やって貰って申し訳ないが、書いた場所が砂利の上なので正直に言うと見難(みにく)い。

 だけど真面目に説明してくれている彼女に水を差すのも悪いと思って、傾聴するのだった。

「この、その他の分類にぶち込まれているのは本当に雑多でな、現状の魔法学では分類の出来ないものも含めているのだ」

「もしかして、仕組みから何から何まで分からないとか?」

「いや、別にそういう訳では無いが、この“その他”の中で異能(インシグニア)に分類されるものの特徴としては、固有の能力が挙げられる」

 例えば高い身体能力、異常な頑丈さ、異常な回復力、千里眼、念力。挙げて行けば枚挙に暇がないけれど、これらが異能(インシグニア)に分類されるものだと彼女は言う。

「因みに、重力魔法などはどこにも分類できないので不明型(イグノータ)に分類される。このカテゴリーに含まれるものはどの系統に属すのかが本当に一切分からないものが多いな」

「じゃあ、異能(インシグニア)っていうのはどんな系統に属すとかは分かってんだ?」

「その通り。太古の昔に我々の魔法とは別れたもので、魔力そのものが体に沈着していると表現すれば分かりやすいだろうか」

「魔力が体に沈着、ねえ……髪の色が変わったのもそれだろ?」

 黒染めされた己の髪を触りながら、確認する様に問う。

 しかし、オーバンはそれを肯定せずに答えていた。

「その程度では他の魔法系統でも起こりうる変化だ」

「じゃあ、俺は何を以って異能(インシグニア)に分類される?」

「君の能力を見る限りでそこに分類できなければ、系統も何も分からない物が一律で放り込まれる、不明型(イグノータ)に分類されるだけだからだ」

「待て思考を放棄すんな」

 この場合、不明型(イグノータ)に分類されるのはつまり“分類の墓場”に放り込まれるのも同義である。

 分からないから匙を投げ、取り敢えず困ったそこに放り込んで置く。当分調べる気が無いものが放り込まれているとも言えるだろう。

 しかし、その指摘に対してオーバンは煩わしそうに肩を竦めるばかりだった。

「やれやれ、別に分類についてはどうでも良かろう? 学術的なものが分かったところで、この世界ではそう重要な事でもないのだぞ」

「そうだけど、何か粗雑に扱われた様な気がするんだよ」

「注文の多い男だな。だがまあ何であれ、君のそれは特殊だ。形容動詞として“かなり”を付けても良いだろう。少なくとも私はそれを、今まで見た事がない」

 そう言うと、続けて俺の能力についてこちらに言い聞かせるように並べ始める。

「まず、君の場合は特殊な魔力を持つ。それは消費も回復も増加もせず、常に一定。普通の魔法は行使する(たび)に魔力を消費し、時間ごとに回復していくのにな」

 それに加えオーバンの話では、本来の魔力は使えば使った分だけ、回復時に総量がほんの少しずつ増加するものだという。

 筋トレを繰り返すと筋肉量が増加する事に似ているが、生憎と俺の場合はそれが通用しないらしい。

 つまり悲しいかな、俺は魔法について幾ら努力しようが潜在能力(ポテンシャル)をこれ以上引き上げる事が出来ないのだ。

 何と残酷な事だろう。

 だが、そうやって俺が打ちひしがれているのも知らず、オーバンは話を続けていた。

「加えて、君の魔法は変幻自在。魔力量が続く限りでどんな大きさへも変形できるが、それはあくまでも本人の能力……想像力に依存する。事実、今の君では能力も碌に使えまい?」

 彼女に促されるがまま、一度能力を発動させてみる。

 だけど彼女の指摘通り、空中で発生した赤葡萄酒色(ワインレッド)の物体はそこでグズグズとしているばかりでそれ以上何にも変化してくれない。

 とても彼女が言う様に、どんな大きさにも変形できる気がしなかった。

「確かに今はこの場に実現させるのが精一杯だ。慣れてくれば本当に自由自在なんだろうな?」

「他の魔法でもそうなのだから、この点についてはその理屈が通用しないとは思えんな。どうしても使いこなしたいなら、練習に励む事だ」

 縁側に腰掛けて氷の入った麦茶を飲み干した彼女は、ポットからコップへとまた注ぐ。

 俺もまた、いつの間にか空になったコップに麦茶を注ぎ、そして口をつける。

「因みに、この魔力の色が赤葡萄酒色(ワインレッド)の理由は……」

「分かる訳無いだろう、私は物理学専門の人間ではないのだ。ただ恐らくだが、君の魔法は体に纏って体の能力を強化する事も出来る筈だぞ。それと、圧縮して小さく運用すれば、相当な強度を持つと考えて置け。……これも全て、私の知る魔法系統からの類推でしかないが」

「なるほどねえ……そこまで出来るようになるのは結構時間が掛かりそうだ。まあ、なるべく早く出来るようになるしかないな」

 その言葉に、オーバンは目を丸くする。

「待てマモル、別にそこまで出来るようになる必要はないのではないか?」

「いや、ある。悪いがオーバンにも手伝って貰うぞ」

「ま、待ってくれ! 私にはお前に言われた通り、研究室でやる事が……!」

「別にそれをやった後でも出来るだろ。頼んだぞ」

 どうせこの少女は、以前俺に怒られたにもかかわらずネットサーフィンに(いそ)しんでいる筈だ。今はそれなりに仕事もして居るから文句を言う気も無いが、サボりの芽は早めに摘み取っておくに越した事は無い。

 一方、自由時間を新たに削られた彼女はと言えば、若干涙目になって抗議を続ける。

「鬼! 悪魔! ヤクザ! いつかお前に災いあれ!」

「どうとでも言え。出来る事はやってやるって決めたからな。お前に何を言われ様とも関係ないね」

「……とか言う割に、何故その手で私の頬を引っ張る?」

「腹が立たない訳じゃないからな」

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいいい!?」

 ぎゅー、と思い切り彼女の両頬を引っ張ってやれば、彼女の悲鳴が上がる。

 ……何はともあれ、ここから更に一週間と少しの時間を魔法の練習にあてた後、俺は三榊(みさかき) 迅太郎と試合をする事になった訳だ。



◆◇◆


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