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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第一章 憎しみの焔
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第四話 ヤベー所にはヤベー奴が集う②

前話が短かったので本日もう一話投稿しました。



「…………」

 よく手入れされた板の間は、どこかの道場と言われても何ら遜色のないもので、下手をすればそれよりも少し広い。

 入り口から入って正面には神棚と掛け軸があり、そこには秀逸な筆跡で「疾風勁草(しっぷうけいそう)」と書かれている。

 出典は“ゴカンジョ”とかいう大昔の中国の書物で、意味は逆境にあって初めて意志などが強固であると分かる事の例え、だとか。

 小さい時から耳に胼胝(たこ)が出来るくらいに聞かされた話なので、いい加減覚えていた一文である。

「……こんな場所があったのか、私は知らなかったぞ」

「ウチは広いからな。最近は特に研究室に籠り切りだったオーバンが知らなくても無理ねえよ。基本的にここは剣道とか柔道とか空手とか、そう言うのをやる場所だ」

 平日や休日の夕方には外部にも格安で開放され、色々な道場が日替わりで開かれたりしている。父曰く、借りた団体は掃除して帰っていくので、維持管理が楽らしい。

 中々上手いやり方だなと改めて感心していると、同所の入り口に近付く、複数の足音。

 それが誰のものであるかは深く考えるまでもなく、彼らは大して間を置かずに姿を見せた。

「よお、若。何か結構な事を言ったらしいじゃねえか。俺が怪我するかもしれないって?」

「いや、だって実際危ないし……」

「そんな事を若が心配してんじゃねえよ。ぶっちゃけ俺よりも若の方が怪我する可能性高いんだぞ」

 ニコニコとした笑みを浮かべて道場に足を踏み入れるのは、三榊(みさかき) 迅太郎。

 だがその身のこなしは一分の隙も見られなくて、彼の実力のほどを物語っていた。

 しかし、彼の実力を知らないオーバンとしては首を傾げながら俺に訊いて来ていたのだった。

「……大した自信だな、ジンタロウは。彼はそんなに強いのか?」

「まあね。俺らの中で一番強い。剣道とか柔道とか、総合的に見るとって話だけど、まさに格闘技の天才だよ」

「どうしてそんな人間とマモルが戦う事になってるんだ……いや、それを始めから見越していたから、君は能力の操作について二週間も掛けた訳か」

 ここで(ようや)く合点がいったと手を叩くオーバンの言葉を、俺は肯定する。

「そういう事さ。あの人に勝つには、発現した能力が分かるだけじゃ駄目なんだ」

「なるほど。では私も彼と戦ってみても良いだろうか? 私としても、見回りとやらに加わってみたいのだ」

 若干目を輝かせながらそう切り出す彼女の様子を見て、軽く手を振ってやりながら諫める。

「散歩のつもり? なら止めとけ。この前遭遇した時だって結構命辛々だったし。あんなのは滅多にない筈だけど、危険なのは変わりないんだぞ」

「それはお互い様だろう? それに、私はあの放火犯の男を捕まえて隅々まで調べてみたい」

「お前の一番の本音はそっちなんだろうな……」

 もしや俺の体もいつの間にか隅々まで調べられてはいないだろうかと思ったが、触って確認してみた限りでは何処にも変化はない。

 少なくとも今のところは何もされていないようだが、油断は禁物だろう。寝る時は自分の部屋に必ず鍵を掛けようと心に誓っていると、迅太郎さんが言った。

「何だ、そこの嬢ちゃんも俺とやんの? 別に良いけど……戦える?」

「舐めるな、私は近接戦では無く魔法で戦うのだ。油断すると痛い目を見るぞ。まあ、魔法の無いこの世界では一度は目にして見ないと実感できないだろうがな」

「魔法……確か、お嬢ちゃんは岩石がどうのとかいってたっけ。何でも良いけど、仮にそれで試合するならここはちょっと不味いかもな」

 一旦道場に上がった迅太郎さんは、そこで道場の壁を見渡す。木製のそれは人の体がぶつかるくらいならいざ知らず、威力が未知数の魔法攻撃が当たった場合にどうなるか分からない。そして下手に壊れてしまえば修繕費だって掛かってしまう訳だ。

「棟梁、若との戦いもそうですけど道場でやるのは止めた方が良いかも知れないですよ?」

「……そうだな。護もこの二週間でどうせ魔法が使えるようになったんだろう? 一旦ここまで来て貰って悪いが、表でやる事にした方が良さそうだ」

 少し判断を間違えたな、と自身の判断について訂正を加えた父は、俺達に外へ出るよう告げる。

 その言葉に従って全員が格技場から庭へ出るのだが、同時にぞろぞろついて来る野次馬共が居た。

 そんな彼らを指差し、俺は父に問う。

「父さん、ナニコレ?」

「家に居た暇人だ。お前が迅太郎と戦うと聞いて集まって来た」

「……見世もんじゃねえんだぞ!? 散れ散れ!」

 気分はまるで剣闘士、ではない。

 負ける気が無いとは言え、戦いを多数の人に見られるというのは余り気分の良いものでは無くて、どうにも恥ずかしくて「シッシ」と手を振っていた。

 だけど、野次馬共はそれで解散してくれるかと言えばそうでも無く。

「若、迅太郎さんに喧嘩売ったらしいですね。何でそんな命知らずな真似を……」

「どうせボコボコにされるのが関の山だ。おい、夕飯のおかず賭けようぜ」

「じゃあ俺は迅太郎さんに一票!」

「俺も俺も」

「私も迅太郎さんに!」

「おいおい、これじゃ賭けにならねーぞ」

「うっさいわお前ら気が散る!」

 呑気にワイワイと喋り出す彼らを一喝した所で、効果はない。

 もう言うだけ無駄だと見切りをつけた俺は、苛立ち紛れに頭を掻くと迅太郎さんに言っていた。

「早い所終わらせよう。こんなじろじろ見られたらどうにも落ち着かないし」

「そんな急かすなって。若とやるより先に、オーバンの嬢ちゃんとやらせてくれ。アンタも見回りに参加したいんだろ?」

「……ああ、そうだ。しかし、怪我をしても知らんぞ? 幾ら私が本職の魔導師ではないとは言え、そう簡単に負けるとは思えない」

 尚も気遣う素振りを見せるオーバンだが、対する甚太郎さんは余裕の態度を一切崩さずに笑っていた。

 周囲もそれは同様で、むしろ彼女の身の安全を気遣う者までいたくらいだ。

 そんな態度が流石のオーバンにしても腹に据えかねたのか、やや顔を赤くした彼女は迅太郎さんを睨んで叫んでいた。

「もう良い! 当たっても血が出ない程度には手加減してやるが、どうなっても知らんからな!」

「なら俺も、お嬢さんの体に傷付けないように手加減させて貰うぞ」

 しゅる、と竹刀袋から取り出されるのは、一本の竹刀。とは言えそれが直撃すれば相応に痛いし、場所によっては大怪我にも繋がる。

 そして、オーバンの魔法は言わずもがな。

 二人して防具を欠片も身に着けていないだけに、俺は思わず不安になって父へ問うていた。

「この二人、本当にやらせるの?」

「本人達がやると言ってるんだ、止める理由が何処にある?」

「そうは言ってもさ……」

 魔法の威力を、その能力を舐めすぎてはいないだろうか。

 そう思うからこそ諫めるように言っていたけれど、父も迅太郎さんも野次馬も、耳を貸してくれる人は誰一人として居ない。

 むしろその多くは気分を(たかぶ)らせ、野次交じりの声援を飛ばしていたのだった。

 そして、審判然とした雰囲気を纏った母が、対峙するオーバンと迅太郎さんの間に入ったかと思えば、彼女は一度手を上げて言った。

「両者ファイト、レディィィィィゴォォォォォォォ!」

「…………」

 明らかに何かの物真似と思しき宣言と同時に、誰かが何処からか持って来たゴングが打ち鳴らされる。その様子は、まるでプロレスか何かみたいだった。

 ここってそんな場所だったっけと乾いた笑いを浮かべても、もう遅い。戦いの火蓋は切られ、オーバンと迅太郎さんは睨み合う。

 だがそれもほんの二秒ほどの時間で、あっという間に状況は動き出す。

 砂利を蹴った迅太郎さんが、一気に距離を詰め始めたのだ。当然、オーバンはそんな彼を迎撃すべく、魔法を行使する。

「ほう、これが魔法! 改めて見ても凄まじいな」

「だろ? だから私はジンタロウが危ないって……」

「心配ない。手加減もされているのだろう? なら俺がやられる事はなおさら無いさ。見てろ」

 一斉に生み出され、そして射出される(つぶて)。それを見切ったらしい迅太郎さんは一瞬で真横へ身体を向け、射線から退避する。

 ただし、その外れた礫は野次馬の幾らかに直撃し、あちこちで悲鳴が上がっていた。それでも大した勢いも大きさも持たないそれでは、怪我にまで行かなかったらしい。

 ちゃんと手加減されている事を確認して安堵した俺は再び両者の戦いへと目を向けてみれば、先程の攻撃を(かわ)した迅太郎さんが更に距離を詰め、竹刀を振るう。

「そーらっ!」

「早い……想像以上だ!」

「とか言って、嬢ちゃんの魔法も結構厄介だな。反則だろそれ」

 上段から一息に振り下ろされた竹刀の一撃を、オーバンは生成した岩の壁で防御する。

 パシン、と乾いた竹の音が辺りに響き渡るが、当然勝負はまだつかない。

「魔力も持たない人間に、ここまで簡単に接近を許すなんて……!」

「俺だって今のは完全に一本取ったと思ったんだけど? 両手両足や視線以外も見なくちゃいけないとか、冗談じゃねえ」

 竹刀の一撃を受け止めた岩の盾を変形させ、オーバンは反撃に転じる。だがその攻撃の狙いを看破していたのか、最低限の動きであっさりとやり過ごした迅太郎さんは、竹刀が届く範囲から一切遠退いていなかった。

 つまり、最低限の動きだけで攻撃を打ち込む事が出来る訳で、そのまま彼は剣道で言う片手突きのようにして竹刀を突き出す。

「はい、突き一本」

「……っ!」

 魔法攻撃を行った直後では、すぐに次の魔法を行使しようにも反応出来ないのだろう。がら空きとなった彼女の喉元に竹刀が突き付けられ、オーバンは動きを止めていた。

「勝負あり! 勝者、三榊(みさかき) 迅太郎!」

 母のその宣言を受けて、野次馬は湧く。

 両者の健闘を称え、そして迅太郎さんの実力に舌を巻き、オーバンの魔法に興奮するのだ。

「負けた、か」

「残念だったな。ま、互いに手加減なしだったらどうなってかは分からねえけど……正直、本気で来られたらと思うとぞっとするね」

「それは私の台詞だ。もしその手に持つ物が肉を断つ剣だったら、生半可な防御をすると纏めて斬られていてもおかしくなかった」

 差し出された手を握り返しながら笑うオーバンに、迅太郎さんもまた相好を崩す。

 それから彼は父の方に目を向けると、問うた。

「それで棟梁、彼女はどうしますか?」

「見回りに加える人員としては悪くない。ただ、警察から職質を受けたり補導される可能性も考えて、長時間と遅い時間の見回りに加える事は出来ないだろうな」

「……だ、そうだ。良かったな嬢ちゃん」

「制限が多過ぎて素直に喜べないが……仕方ないか」

 嬉しさは半分と言った様子のオーバンだが、これで彼女は見回りに参加する権利を得た。俺もまたそれを祝福してやりながら、同時に自分へ喝を入れる。

 彼女も突破できたのだ、自分にだって己の有用性を示す事は出来る筈である。

「さて、じゃあ次は若だな」

「ああ、負けないよ」

 迅太郎さんの方は連戦の筈だが、試合時間そのものが短かった事もあって、その(たたず)まいに疲労の類は一切見受けられない。

 むしろ、ウォーミングアップになってしまった感も否めないし、(かえ)って俺の方が不利だったりしそうである。

 良い所を見せられればいいのだが――と思いながら肩を回していると、出し抜けに横で立っていた父がとんでもない事を(のたま)う。

「護、お前には少し条件を付け足す」

「今更? 何さ」

「迅太郎から一本取れ」

「は!?」

 言われた言葉に、目を剥いた。

 それはそうだろう、相手は百鬼(なきり)組随一の猛者で、しかも先程の戦いぶりからも分かる通り、生半可な戦い方では簡単に負けてしまう。

 魔法が使えるオーバンですら、意外な事にああもあっさりと敗北したのだ、俺だってそうならないとは限らない。

 だと言うのに父は、真顔で告げるのである。

「それが出来なければお前が見回りに参加する事は認めない。良いな」

「良いなって……良くねーよ! 何でこの()に及んでゴールポストをズラすかな!?」

 父の胸倉を掴まんばかりの勢いで迫るけれど、彼はそれでも全く動じない。むしろ、それを見かねた迅太郎さんが俺を(たしな)める始末だった。

「まあまあ若、落ち着いて。棟梁も若の事が心配なんだ。何かあってからじゃ遅いからな。俺から一本取れるくらい強ければ、その辺もひとまず安心出来るって訳だろ」

「だからってこれは幾ら何でも……!」

「つい少し前までは俺に勝つ気だった奴の言葉とは思えないな。参加したいんだろ、見回りに?」

「~~~~っ! 分かったよ、やるだけやってみる」

 挑発するようにそこまで言われては、どうしようもない。

 大きく溜息を吐いて、俺は青空を仰ぐ。

 ほんの少し傾き始めた太陽は燦々と光を地表へ注ぎ、この場に居る者達を照らす。

「油断するなよ、マモル。ジンタロウの強さは尋常じゃない。まさか私が手も足も出ないとは思わなかった」

「あの人の強さは俺の方が良く知ってるよ。色々と教えて貰って来たしな、師匠みたいなもんだ。でも、今回は絶対に負ける訳にはいかない。綾音ともあの放火魔を捕まえてやるって約束したし」

 それだけ言うと、俺は前へ出る。

 当然、対峙する相手は迅太郎さん。彼は右手に竹刀を持ち、真っ直ぐに俺を見据えていた。

「ここ(しばら)くは見回りに仕事に忙しくして稽古つけてやれてなかったし……ちょうどいい機会かもしれないな」

「稽古って……俺はもうあんなの御免だよ。ただただ俺をボッコボコにするだけだったじゃん」

「とか言いつつ小さい時からずっと続けてるよな、格技の練習。根性あるよ、若は」

「いや逃げたら逃げたで追っかけてくるでしょうが」

 別に俺はやりたくて迅太郎さんからの稽古を受けていた訳では無い。ただ、()むに已まれなかったのである。

 百鬼(なきり)組に生まれた息子として、荒事に慣れておくべきとして、散々教えられた。だからもしも仮に同級生と喧嘩になっても、圧倒してしまう。

 小さい時はそんな場面が多くて、結果として更に集団の中で浮くを繰り返していたから、人前でそれを披露する事は無くなっていた。

 以前、放火魔と遭遇した時はそんな稽古の成果を見せる場面だと言えなくもなかったけれど、素手であんな奴と戦うのは自殺行為にも等しい。

 流石にそこまでして戦おうという意思は、自分には無いのである。

「……別に俺は根性ある訳でも何でもないんだよね」

「何を考えてるかは知らねえけど、俺に言わせれば根性は十分さ。こうして自分から進んで俺と戦おうとしている訳だし……綾音ちゃん絡みか?」

「だったら何さ?」

 ニヤニヤと探るような視線を向けられるが、それに俺は能面みたいな顔で応じる。

 すると、途端に迅太郎さんだけでなく野次馬までもが騒めく。それに煩わしさを覚えていると、彼は口笛を吹いて言っていた。

「かぁー、愛だねえ。こんな場所で臆面もなく言えるなんて、格好いいぜ」

「そんなんじゃないって何度言わせるんだ、迅太郎さん。俺はただ、アイツに恩を返したいのと、百鬼(なきり)組の人間として……!」

「ん? 前まではこの組を継ぐ気はないとか言ってなかった?」

 少し、驚いたような視線が注がれる。

 確かに彼の指摘はもっともな話だが、しかし俺はそれを否定する。

「継ぐ気が無いのは今も変わらないよ。でも、少なくとも今はこの組織の人間として見られてるんだ。背負ってる……いや背負わされているものに負けないように振る舞わないと、迅太郎さん達の作って来た百鬼(なきり)組を壊しちゃうような気がして」

「若の歳でそんな難しく考える必要ねえぞ、って言っても聞かねえんだろうな。難しい年頃だし」

 肩を竦めた彼は、それ以上何かを言う事もなく、そして不敵に笑った。

「んじゃ、そろそろ始めようか。舞美(まみ)さん、審判頼みましたよ?」

「了解、任しときなさいって」

 どん、と審判役の母が胸を叩いて力強く宣言する。

 同時に病を追うごとに空気が張り詰め始め、野次馬もまたそれに従ってざわめきが収まっていく。

「両者ファイト、レディィィィィゴォォォォォォォ!」

「……このスタートの合図、さっきも思ったけど何とかならねえのかな」

「無理だろ、舞美さんこう言うの好きだし」

 ゴングが鳴らされ、試合が始まる。



◆◇◆




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