第1話 花婿に、いい印象は持っていなかった
スウィフト家は代々、薬草栽培で細々と生計を立てることで、末端伯爵家という位置づけを守り続けてきた。胸の痛みに効くリコリス・点眼薬に用いるベラドンナ・毒消しのヘリオトープ、などが栽培できればそれでよかった。
王家より丁寧な仕事ぶりを認められていたので、指定された薬草を育てるだけで、十分に暮らしは成り立っていたのだから。
──贅沢をしなければ凡庸でいられるが、安穏の日々はずっとは続かない
それなりの貴族家であったはずのスウィフト家。その長女として生まれたルドベキアは、国立学院をあと2か月で卒業し、その後は優秀な成績を引っ提げての大学進学が決まっている。
ところが入学金の納付期限が迫っているというのに、金の工面がつかなかった。伯爵家という看板は掲げているものの内情は火の車、どうしようもなく困窮していた。
そんなある日、予想だにしない転機が訪れる。
大して広くもない屋敷の庭に色とりどりの花々が咲き、心地よい風が舞い、梢も揺れて、鳥も歌うこの良き日。ルドベキア・スウィフトに、破格の条件の婚姻話がもたらされた。
「話がまとまれば、すぐにでも婚約、ルドベキア嬢が国立学院を卒業する2か月後に結婚式を考えている。息子のランドルフも20歳の誕生日を迎えるので、ちょうどいい頃合いだ。ウエスト家で1か月ほどの新婚生活を経た後に大学での寮生活をスタートさせ、以降は週末だけ我が家で過ごす。それでどうだろうか」
神妙な面持ちをしたウエスト伯爵が、スウィフト家の簡素な客間で、婚姻に関する今後のスケジュールを捲し立てるように説明する。
ウエスト家は代々軍の将官を務める名門貴族家で、目の前に座る伯爵自身も立派なのは体躯だけではなかった。現在の階級は中将、間もなく大将に昇進が噂される大物だ。
別世界の住人からの申し入れを、吹けば飛ぶようなスウィフト家が断れるはずもなく。ルドベキアと父親は、あくまで無言を貫いた。
とはいえ、週末婚!?
ウエスト家の嫡男ランドルフ・ウエストとルドベキアは、7年前にこの国の王妃様が主催した『第二王子にお友達を作りたい会』なる茶会で、出会いらしきものはあった。
ルドベキアの記憶の中のランドルフは、黒髪でグレーの瞳の、かなりの美少年だったはず。ここ7年間は病気がちで屋敷に引きこもっているらしく容姿のほどは不明だが、何かの事故で顔面に問題が起こっていなければ、現在かなりの美貌の成年男子に育っているだろう。
スウィフト伯爵家とウエスト伯爵家は響きこそ似ているものの、権力と財力には天と地ほどの開きがある。病弱だろうと名門貴族家の嫡男なら、他にいくらでも花嫁の成り手はいるのでは。
唐突な婚姻後、ルドベキアは大学の寮で暮らす。ウエスト家にはたまに帰省するだけでいいなどと、この話はあまりにも胡散臭い。ルドベキアの大学進学に、合わせたようなスケジューリングだ。
しかも立場が遥か上位の家が、下位の家の事情に合わせる婚姻などあろう筈がない。ルドベキアが才色兼備で評判の18歳、身分もあって、年回りもいいから決めましたなど非現実が過ぎる。
どちらかによほどの恋愛感情があるならともかく、今回の婚姻話にはそれもない。
「大変ありがたいご提案ですが、その……ウエスト家に見合う多額の持参金は我が家には」
ルドベキアの父親が、不意に口を開いた。要は、金がないので遠慮したいということなのだが。
「息子が焦がれるルドベキア嬢だ、身一つで構わない。大学の入学金や学費もこちらで用意しよう」
末端貧乏伯爵家の娘を貰ってやるんだぞ、断るのか! と武官らしく激怒するどころか、さらに婚姻への障害を取り除こうとするのだから、やはりこの話はきな臭い。
息子が焦がれるがまず嘘だ。ランドルフとはこの7年間、会ったこともなければ手紙のやり取りすらしていない。
ルドベキアは、性格を表すような真っ直ぐな亜麻色の髪や黄褐色に輝く瞳で、飾り気のないドレスを着ていても美しい容姿だと称される。それでもランドルフ自身からのお誘いなど、ただの一度もなかった。
加えて『第二王子にお友達を作りたい会』において、ランドルフは招待された同じ年頃の令嬢を、五人も侍らせてほくそ笑む尻軽男だった……記憶が蘇る。
表向きは病弱で屋敷にこもっていることになっているが、実は女癖に深刻な問題を抱える事故物件なのでは。
そうに違いない。
スウィフト父娘が乗り気でないどころか、完全に怪しんで渋面になっているのを見て取ると、ウエスト伯爵は「何なら傾いた家も助けよう」とまで言い出す。容易に圧力をかけることができる立場にあるのにだ。
そもそもルドベキアに焦がれる本人はどうした?
求婚の手紙すら書けない状態で、新婚生活が営めるのか?
「息子はルドベキア嬢のことが好きだった。そこは疑わないでやってほしい」
ぜひぜひぜひにと現在中将、間もなく大将に昇進が噂される人物から拝むように頼まれると、ただただ当惑する。それでも、提案を鵜呑みにするのは迷われた。
「息子は7年前から極端に病弱になってしまった。今日も本人は自室のベッドで、色よい返事を心待ちにしている」
「本当ですか? そんなにひ弱な方だったでしょうか? 重篤な病を抱えておられるなら、跡継ぎはどうなります? ランドルフ様はご嫡男なのでは?」
「嫁いだ二人の姉がいる。そちらから養子を貰えばいいので、心配しなくてもいい」
ついに痺れを切らして問い質したルドベキアに、何とウエスト伯爵はランドルフとの間に子が得られずとも構わないとまで口にした。
「ご病気がどの程度なのか。そしてランドルフ様のお気持ちを直接伺わないことには、お返事しかねます」
ルドベキアは本人と会えないなら、快諾できないと突っぱねた。
ここまで譲歩してやったのにとの報復が心配で恐々としたが、ウエスト伯爵は「分かった」とだけ言い残し、落胆したような様子で帰っていった。
この時はまだ事故物件という印象でしかなかったランドルフ・ウエストと、まさか生涯添い遂げることになろうとは、さすがに才色兼備で評判のルドベキアでも考えもつかなかった。
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