43話 カツサンド
短い眠りから目覚めたヤマモトが、すぐ朝食のリクエストを伝えてくる。
「おはよう。出陣の朝はやはりゲンを担いだもの・・といってもトンカツやカツ丼じゃ重いから、カツサンドがいいかな」
「おはようございますヤマモト様。カツサンドですね、分かりました」
「勇者様おはようございます。カツサンドって何ですか?」
ミリアレフの質問にヤマモトが答える。
「カツ・・豚肉に衣をつけて揚げたものを、パンに挟んだものだ。肉はロースよりもヒレの方がいいな。それに甘味のあるソース、キャベツも少しあると嬉しい」
ファブレは夕食のトンカツの残りで翌朝にカツサンドを作ったことがある。ヒレ肉だとロースよりも脂が少なくしっとりとした感じになるだろう。カツは揚げたてや冷め切ったものでなく、ほんのり温かさが残るものがいい。それに甘いソースをかけ、キャベツの千切りと一緒にパンに挟む。ファブレの脳裏に一口食べたときの触感や味、匂いが思い浮かぶ。
「料理召喚!」
4つの皿に三角形のカツサンドがそれぞれ2つずつ出現する。鋭利な断面にパン、キャベツ、衣、肉と地層のように具材が並んでおり、見た目も鮮やかだ。
「うわあ、美味しそうですね!」
「召喚だと見た目も食品サンプルのように完璧だな。ではいただこうか」
3人は座ってカツサンドに手を伸ばす。一口齧るとカツの衣はサクッとしているが、肉やパンはしっとりと柔らかい。甘いソースの味が先に来て、咀嚼すると口の中で肉、パン、キャベツの味が混ざる。いつの間にかそれを飲み込んでしまい、また次の一口を齧る。
「うむ、やはりカツサンドはヒレの方がいいな」
「うわあ、朝からこんな贅沢でいいんでしょうか」
ヤマモトもミリアレフもすぐに2つ目に取り掛かる。
ファブレも1つ目を食べ終わったところでヤマモトに聞く。
「ところでヤマモト様、食品サンプルって何でしょうか?」
「ん? ああ、食品サンプルは見本のことだ。店の前にガラス棚を作り、カツサンドはこういう料理、カレーはこういう料理・・という見本と、それの値段を書いて置いておくのだ」
ファブレはすぐにその有用さに気づく。店に入る前から注文を決められて時間の短縮になるし、見た目のよいメニューや量の多いメニューの宣伝にもなる。
「それはいいですね! でも何日かしたら腐ってしまうのでは? 匂いや虫なんかも問題でしょうし」
「日替わりメニューなどは本物を置くこともあるが、食品サンプルは基本的に偽物だ。例えば木や石などを削って色を塗ったような、精巧な模型なのだ」
ファブレには衝撃的な話だった。
「ええ? 食べられないんですか?」
「そうだ。しかし職人の手にかかると本物と見分けが付かないこともあるぞ。ご馳走様」
ヤマモトはカツサンドを食べ終わり手を合わせる。ミリアレフも食べ終わり話に参加する。
「なんだか不思議な話ですね。料理の見本が食べられないなんて」
「まぁ料理だとそう思うかも知れんが、剥製や人形と同じようなものだ」
「ミハエル様の等身大の人形とか欲しいですね!」
ミリアレフはそれを何に使うつもりなのか・・ファブレもヤマモトも聞くのは止めておいた。
朝食後、皆で荷物をまとめる。今後は街の西側に敷いた陣営で寝泊まりすることになる。ヤマモトとミリアレフは遊撃の任務につき、ファブレはもちろんヤマモトの料理役だが、余裕があるときは兵士向け食堂の手伝いをする予定だ。陣営まで敵が迫ったら街まで逃げていいと言われている。
宿を出るとギエフと馬車が待っていた。ヤマモトたちが使うテントまで案内するという。
ファブレは馬車の窓から街の様子を眺める。まだ煙が立ち上る焼け焦げた建物や、道の端に寄せられた瓦礫の山、そして崩れた外壁から覗くドラゴンの尻尾・・。
「昨夜の轟音はあれが落ちたときの音だったんですか」
「ああ。私が槍投げで撃ち落としてやった」
「とんでもないですね・・」
「ひええ、さすが勇者様です。私も頑張らねば!」
ミリアレフが気合を入れる。
「あ、ギエフさん。これ朝食の残りですけど・・よかったらどうぞ」
ファブレがギエフにカツサンドが入った袋を差し出す。
カツサンドは思った以上にボリュームがあり、誰もお代わりせず1皿余ってしまったのだ。
「俺なんかが勇者専属の料理人が作ったものを食べていいんだろうか・・」
ギエフは気弱だ。
「ギエフ、君の仕事は抜かりがない。ここに来るまでの旅も完全に予定通りだったし、今も私たちに不便がないように手配してくれている。とても感謝しているよ。もっと自信を持て。俺は勇者から信頼されているんだとな。フフ」
ヤマモトに褒められてギエフは顔を真っ赤にし、照れ隠しにカツサンドを頬張る。
「ありがとう。美味いな・・」
馬車が街の門を抜けると小高い丘の上にテントが立ち並び、人や馬が集まっているのが見える。
「なるほど、丘の上に陣を敷いたのか。む・・」
ヤマモトが右耳のイヤリングを押さえる。ミハエルから何か連絡が入ったようだ。
ファブレが丘の上を見ると、赤い煙が一筋立ち上っているのが見える。
「なんでしょう、赤い煙が・・」
「あれは救援要請の狼煙だ。もう戦闘が始まっているようだな」
「勇者様と私の救援が必要と判断されたところは、赤い狼煙を焚くそうです」
ギエフとミリアレフがファブレに教えてくれる。
ヤマモトが連絡を終える。
「まずいな。奇襲を受けたそうだ。ミリアレフ、近いところから手あたり次第に救援に行こう」
「はい!」
さすがにミリアレフも緊張の面持ちで、杖を握り締める。
馬車が丘の上に到着すると、丘の下に広がる平原には押し寄せる魔物の群れと押し返そうとする王国軍、それに赤い狼煙がいくつも上がっているのが見えた。




