42話 聖女の野望
ロアスタッドに着く直前、ヤマモトが真面目な顔でファブレに話す。
「大事な話がある。まず街についてから帰るまで、君の能力は私のために使うのを優先してほしい」
「はい」
それは当然だ。そのために来たのだから。
「次に・・私とミリアレフは前線で戦うことになるが、君は安全な場所にいてほしい。例えば食堂の手伝いや負傷者の看護などをしても構わないが、自分の身に危険があることは避け、街の人が避難する場合は一緒に避難してほしい」
「分かりました」
頷くファブレ。
「もしかしたら君のことを従者のくせに戦わない、などと口さがなく言う奴がいるかも知れん・・。あとで半殺しにするから名前や特徴を覚えておいてくれ」
物騒なことを言うヤマモト。
「ヤマモト様がボクの事を必要としてくれているなら、他人に何を言われても大丈夫です。その人が言うことが間違ってるんですから。ボクはボクに出来ることをします」
ファブレは笑って答える。ヤマモトの目が心なしか潤んでいる。
「もちろん必要だとも! 本当ならお姫様だっこしたまま戦いたいくらいだ」
「それはボクが嫌です」
「ファブレさんがいなければ勇者様の力が半減するんですから、ファブレさんは1/2勇者ですよ!」
ミリアレフの理屈はよくわからない。
やがて遠征軍はロアスタッドに到着する。外壁沿いに王国軍の厩舎やテントが立ち並び、いかにも前線といった緊張感が漂う。ヤマモトとミリアレフは王国軍や街の防衛隊との顔合わせと会議に行き、ファブレは一足先に宿の部屋へ行き、荷ほどきを始めた。
荷物の整理が終わったころ、ヤマモトとミリアレフが部屋に戻ってきた。
今日は特にリクエストもなかったため、宿の夕食を部屋に運んでもらい、ヤマモトから会議の様子を聞かせてもらいながら食べることにする。
スパークは無事だと聞き、ファブレは胸を撫でおろす。
魔王軍は西から攻めてくるため、王国軍や冒険者などの混成部隊を街の西側に展開し、そこで迎え撃つ。ヤマモトとミリアレフは遊撃部隊で、兵士や冒険者の手に負えない強い魔物や、敵の司令官の討伐を請け負うという。
「大変な役目ですね。しかし・・ミリアレフさん、大丈夫ですか?」
部屋に戻ったときからミリアレフが上の空だ。食事に手もつけていない。
「ああ。どうもナンパ王子、ミハエルと会ってから様子がおかしくてな・・」
「勇者様、ファブレさん、決めました! 私ミハエル様と結ばれます!」
「ええ?」
「はぁ?」
ミリアレフの突然の告白に、ヤマモトとファブレは理解が追い付かない。
「きっと運命の出会いなんです! 目の色も神殿で飼っていた猫と同じだし・・」
「ああ、一目惚れという奴か」
ヤマモトの言葉にファブレは納得する。ミハエルは好男子で第三とはいえ王子なのだ。ずっと神殿で過ごしていた、箱入り娘のミリアレフが突然現れた王子様に夢中になるのも無理はない。
「王子様と結婚したら、いずれは王妃の可能性もありますね」
ファブレの言葉にミリアレフは目を丸くする。
「あっ! そうですよ! 第一王子、第二王子は謎の事故で命を落としたり失踪したりして、ミハエル様が王になったら、私が王妃じゃないですか! しかもこここ子供は王子様、お姫様! なんて素敵な・・神よ、私はこのために生まれてきたんですね」
ミリアレフの妄想にヤマモトとファブレは呆れる。
「謎の事故って、暗殺する気満々じゃないか」
「この国の未来はどうなってしまうんでしょう」
「だがまず国と王子を守らないとバラ色の未来も来ないぞ。ちゃんと夕食を取ってくれ」
ヤマモトの現実的な指摘に、ミリアレフは猛烈な勢いで夕食をかきこみ始めた。
「そうですね! 私やりますよ!」
3人は明日に備えて早めに床に就く。
だが、夜半に大声や鐘の音、警笛などが鳴り響いて3人は跳ね起きる。
「火事だ!」
「早く街の外へ逃げろ!」
「逃げろったって外も燃えてるぞ!」
ファブレが宿の窓から外を見ると、いくつかの建物に赤い炎が上がり、煙が立ち上っているのが見える。
特に街の外壁沿いの王国軍のテントや厩舎が激しく炎上しているようで、舞い上がる火の手が街の外壁を明るく照らし出している。
人々の混乱の声が響く中、ヤマモトが右耳のイヤリングに触れる。誰かと会話しているようだ。
「分かったぞ。ドラゴンが夜襲をかけてきたようだ。敵は一匹だけだから私一人で十分だ。君たちは火が近ければ避難してくれ」
言いながらヤマモトは着替えを完了し、大剣を背負う。
「え? ドラゴンを一人でですか?」
とファブレが聞くがヤマモトは既に窓から飛び降りていた。
ヤマモトは街路を走りながら空にドラゴンの姿を探す。見えた。普段は高高度にいて、時折急降下しては炎のブレスを建物に浴びせているようだ。
外壁の壁上へ飛び乗るヤマモト。兵士がバリスタをドラゴンに向けようとしているが角度が取れず、動きも早くて狙いがおいつかないようだ。弓矢で狙っている者もいるが届きそうにない。
「落とさないと話にならんな。もらうぞ」
ヤマモトはバリスタ用の矢を一つ手に取り、バランスを確かめると槍投げのようにドラゴンに投擲する。
「ハッ!」
矢は過たず、炎のブレスを浴びせようと急降下してきたドラゴンの翼を貫通する。ドラゴンは驚きと怒りの声を上げて上昇し、敵の姿を探して旋回する。だがそれほどの痛手ではないようだ。
「うーむ、これでは小さすぎるな・・すまんがあれをもらうぞ」
ヤマモトは驚きで口も聞けない兵士に断ると、壁上にいくつもおいてある王国旗を回収していく。
旗を外し、金属製の旗棒だけを何本かまとめて束にする。旗棒は強風でも折れないよう頑丈に作られている。その束を旗で巻いて一纏めにする。
「これでいいか」
ドラゴンがバリスタを放ったヤマモトの姿を認め急降下してきたところに、ヤマモトは旗棒の束を槍投げの要領で投げつける。
「ハッ!」
旗棒の束はドラゴンに当たる直前に散らばって、ショットガンのようにドラゴンの頭部にいくつも突き刺さり、あるいは貫通していく。
「む、ほどけてしまったか」
威力は十分だったようで、意識がなくなったドラゴンは羽ばたきをやめる。だが急降下の勢いは止まらない。
「落ちてくるぞ!」
ヤマモトの声に壁上の兵士たちは慌てて逃げ出す。あんなものに巻き込まれたら命はない。
ドラゴンは街中に響き渡るすさまじい落下音と振動を立て、外壁の一部を崩して地面に墜落した。
ドラゴンは崩れた城壁の破片に埋もれ、濛々たる埃が舞い上がり、生きているのか死んでいるのかもわからない。
兵士たちが恐る恐る覗き込む中、ヤマモトは身軽に瓦礫を避けてドラゴンの頭まで降り立つ。
「これが仕事でな。すまんな」
そう言うと背中の大剣を抜き放ち、ドラゴンの首へと振り下ろす。
ドラゴンの首の太さの半分もないヤマモトの大剣が、一撃でドラゴンの首を切り離していた。
ヤマモトが放った斬撃の軌跡は線を引いたように、瓦礫も地面も、舞い上がる煙もすべて両断されている。
「やった、勇者様がドラゴンを倒したぞ!」
「勇者の力はこれほどなのか・・」
「見たか? 一撃でドラゴンの首を落としたぞ。すさまじく美しい剣技だ」
兵士たちがヤマモトの勝利に沸き返る。
ヤマモトがイヤリングに触れて場所を伝えると、しばらくしてミハエルが馬で駆けつけてくる。
首を跳ねられたドラゴンを見てギョッとする。
「ヤマモトさん、お怪我はありませんか?」
「何ともない。このドラゴンは終わりだ。一匹だけでよかったか?」
「ええ大丈夫です。本当に助かりました。しかし毒矢も使わずドラゴンを倒してしまうとは・・」
ミハエルや兵士の常識では、ドラゴンは毒矢で徐々に弱らせてから討伐するものだった。
「ああ、そういえば肉の問題があったな・・すまんが後処理は任せていいか?」
「もちろんです。火事も鎮火しつつありますし、あとはボクたちに任せてヤマモトさんは宿で休んでください」
「そうさせてもらおう。夜更かしは美容の大敵というからな」
ヤマモトは髪や体についた埃を払い、宿に戻っていった。




