41話 100人前の牛丼
遠征の旅は拍子抜けするほど順調に進む。
冒険者が満載の馬車を襲う盗賊などいるはずもない。
たまに出る魔物も冒険者の退屈しのぎであっという間に狩られてしまう。
誰が狩るのかで諍いになるほどだ。
昼食の時間になると短い笛が2回鳴らされ、それが列の前から後ろへと伝達し、全馬車が停車する。
列の中央付近で、地面にテーブルや椅子を並べた臨時の食堂が作られる。
希望者が臨時の食堂まで牛丼を食べにくる仕組みだ。
ファブレも当然のごとく食堂の手伝いに駆り出されている。
昼食は停車してから作り始めるため、調理は時間との闘いだ。
ファブレが入れるほどの巨大な釜で米を炊き、料理人たちが猛烈な勢いで牛肉と玉ねぎ、ショウガやニンニクなどを切る。それを釜と同じように巨大な鍋で煮る。
ファブレの小さな体では鍋をかき回すだけでヘトヘトだ。
「修行が足らんな小僧。料理は体力勝負だぞ!」
パッサールが豪快に鍋をかき回し、味を見ては調味料をビン一本分入れたり、ショウガを何個もドボンドボンと放り込んでいる。ファブレの料理の概念が崩されそうだった。
初日の昼は食べにくる人が多かった上に提供側も不慣れで、
昼食の予定時間を大幅にオーバーしてしまったが、
神経質なギエフが十分に時間の余裕を取っていたおかげで、何とか日が落ちる前に予定の宿場町にたどり着くことができた。
夕食と朝食は町の広場を借りて、昼と同じような野外の臨時の食堂を作る。
昼の反省を生かし、夜からは注文を聞き店員が持ってくる店舗形式でなく、
ご飯の釜と具の入った大鍋を並べ、食べる人が丼に好きなだけ盛ってもらうバイキング形式にした。
これで提供時間は劇的に改善された。
洗い場でパッサールから声を掛けられるファブレ。
「何事もやってみないと分からないことはある。小僧もいい勉強になったろう」
「はい。簡単な料理と思っていましたけど、人数が多いとこうも大変なんですね」
ファブレは自分の未熟さを痛感する。パッサールはファブレの倍の速さで丼を洗っていた。
街を出発して3日目の昼、提供側も余裕が出てきたと聞いたヤマモトが
ファブレとミリアレフを連れて臨時食堂にやってきた。
「おい見ろ、勇者だ。聖女もいるぞ」
「すげえ美人・・独身かなぁ」
「いやぁ、勇者様を見れて幸運だ。子供にみやげ話ができるぞ」
ギエフと同じように口を開けて固まっている者、ヤマモトに見惚れて女に頬を引っ張られてる男もいる。
ヤマモトは周りを意に介さず、皆と同じように丼を持って並び、ご飯と具をよそって3人で席につく。
「ではいただこう」
いつもの両手を合わせるルーティンの後、愛用のハシで食べ始める。
「ほう、ショウガの風味を効かせた味付けなんだな。これは美味い」
「ショウガは肉を柔らかくする効果があります。それに玉ねぎと合わせて血行と消化がよくなります。吐き気の防止にもなりますから、馬車の旅にはピッタリですね!」
とファブレがいつもより大声でヤマモトに教える。ヤマモトから教わったことなのだが。
「なるほど、まさに冒険者のためのメニューだな。素晴らしい」
一時的に記憶を無くしたヤマモトが大仰に頷く。
「へえ、美味しいだけじゃなくて更にそんな効果があるんですね!」
ミリアレフは素で驚く。やりやすい。
ヤマモトが完食し口元を優雅にハンカチで拭いたところで、パッサールがやってきてヤマモトに挨拶する。
「おう、どうだった?」
「美味かった。これなら間違いないだろう」
簡潔だが最大の賛辞にパッサールは満足そうな笑みを浮かべ、大声を張り上げる。
「勇者様のお墨付きだ! 牛丼は冒険者の味! みんな遠征から戻ったら店にも食べに来てくれよな!」
「おお、食べに行くぜ! ハマっちまった」
「低ランクだと割引があるんだって。戻ったら留守番組と一緒に行こうかな」
「ふーむ、単純に見えてそこまで考えられた料理だったとは・・」
食堂にいた冒険者たちは大盛り上がりだ。
その中をヤマモトは立ち上がり、皆に手を振って去っていく。
馬車に戻った3人。
「やれやれ、広告塔とはな・・。ギャラ、報酬はあるのか?」
ヤマモトの呟きにファブレが答える。
「パッサールさんが、ヤマモト様は無料にするから、いつでも店に食べに来てくれと言ってましたよ」
「宣伝に使われるばっかりじゃないか。まぁたまには食べに行こうか」
苦笑するヤマモト。
その夜、パッサールがヤマモトたちが泊っている宿の部屋にやってきた。
「昼間はありがとうよ。これなら成功間違いなしだ。戻ったらすぐ開店しようと思うんだが・・」
「何かあるのか?」
ヤマモトの問いにパッサールが頭を掻く。
「実はまだ店の名前が決まってねーんだ。俺もカンディルもいくつか案は出したがどれもイマイチでな。全部同じ店名だと思うと躊躇しちまう」
「正直、私もそういうセンス・・感覚は自信がない」
ヤマモトが固い豆腐に軍隊みたいな名前をつけたのを、ファブレは覚えていた。
「勇者様の発案で作る店なんですよね、勇者屋とか、ヤマモト屋とか」
「そういうのは勘弁してくれ」
ミリアレフの案はあっさりヤマモトに却下される。ファブレが案を出す。
「冒険者に関連のある言葉のほうがいいんじゃないでしょうか。冒険亭とか迷宮屋とか・・」
「そういう案も考えたが、完全に専門的だと他の客がちょっと入りづらいと思ってな」
ファブレは考え込む。冒険者の食事は野宿というイメージだ。野宿の中央にあるのは焚火・・焚火亭では店が燃えてしまいそうだ。
「かがり火亭とか、どうでしょうか?」
ファブレの発言にパッサールは膝を叩く。
「かがり火亭・・そりゃあいい! 冒険のイメージもあるし、温かい料理のイメージ、皆が安心できるイメージもある。最高だ!」
「な、なんて素敵な・・素晴らしいです!」
「うむ、それはいいな」
ミリアレフもヤマモトも絶賛する。照れるファブレ。
「気に入って頂けたならよかったです・・」
「よし、心配事が一つ消えたぜ! 小僧、ありがとよ! 戻ったら店の看板を見るのを楽しみにしててくれ! じゃあな!」
パッサールは慌ただしく部屋から去っていった。
「フフ、君の考えた名前の店が国中に広まりそうだぞ?」
「ボクは案を出しただけですから。でもなんだか大変なことをしてしまった気がします・・」
ファブレは店の看板を見たときの自分の反応を想像できなかった。誇らしく思うのか、恥ずかしくなるのか、後悔するのか・・。
「うーん、聖女屋はさすがに恥ずかしいし、天使亭・・神の雫屋とか」
ミリアレフはまだ一発逆転を諦めていなかった。




