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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
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第四章 『白虎地区』④

 ――時を少し遡る。


「どうしたんだろうね、東郷さん」

「ああ。思いつめた表情をされていたな」

 彼女の様子に、ここでは話せない、尊にのみ話したい……いったいなにを話そうというのだろう。凛香の脳裏に、〝告発〟の二文字がよぎる。

 でも、いったいなにを……いや、だれを? そこまで考えて、凛香は首を横に振った。よそう。自分が考えることではない。


「そういえば、この後ってどうするんだろうね」

 凛香の心中を察したのか、朱莉が話題を変えてきた。

「そうだな……」

 気を使わせてしまったことを申し訳ないと思いつつ、

「私はなにも聞いていないが、美神もそうなのか?」

「うん。尊くんって、いつも急なくせになにも説明してくれないから」

「ああ……」

 分かる分かる、と凛香はうなづく。要領を得ないからと聞き返したら舌打ちされるし。なんと理不尽な少年だろう。思い出したらムカついてきた。


 二人がちょっと分かりあっていると、

「? なんだ?」

 なにやらむこうが騒がしい。凛香は顔をそちらへ向ける。その間にも、騒ぎはどんどん大きくなっていった。聞こえてくるのは大きな物音と、警報……そして、悲鳴……?

 顔を見合わせる朱莉と凛香。その二人にむかって、「逃げろ!」という鋭い声が飛んできた。

 声のほうへ視線をやる。そこから、一人の男が走ってくるのが見えた。その手に握られているのは……

(ナイフっ!?)

 男は、一直線にこちらへむかってくる。男がナイフを振り上げた。その切っ先のむかう先は、

「美神!」

 叫ぶと同時、凛香は反射的に朱莉を自分の後ろに引きこみ、男の攻撃を受け流すと、そのまま床に組み伏せた。


 自分でも驚くほどスムーズに動くことができた。朝、尊が仕掛けてくる不意打ちのおかげだろうか。兄との戦いに備えていることが、こんなところで役に立つとは思わなかった。

「だ、大丈夫、華京院さん!」

 朱莉が驚いた声を上げた。

「ああ。私は大丈夫だ。君は?」

「うん。私も大丈夫」

「そうか。よかった」


 一度は笑いかけた凛香だが、すぐに表情を引き締めた。男の力はすさまじく、一瞬でも気を抜けばすぐに抜け出されてしまいそうだった。その後、近くにいた人たちも押さえつけるのに協力してくれ、また、まもなく警備員が駆け付け男の両脇をがっちりと固めて連行していく。その間も男は暴れており、場は緊張感に包まれていた。


 それから、鹿谷精神病院は数台のパトカーが来るなど、ちょっとした騒ぎになった。凛香もすこし検査を受けたあと、病院の別室に通され警察から状況を聞かれることとなった。

 二日連続で警察から事情を訊かれ、内心辟易していた凛香だが、それは胸の内にとどめて手っとり早く終わらせた。

 聴取が終わったとき、警官と入れ替わるように尊が現れた。


「また面倒ごとに巻きこまれるとは、なにかに憑かれているんじゃないか?」

 入るなり皮肉を飛ばされ、もはや耳を貸すことにすら辟易してしまう。この少年と比べて、警察の聴取のなんと楽なことだろう。

 もっとこう、大丈夫だったか、とか、ケガはないか、とか、そういったことは言えないものだろうか。だが、もし仮にそんなことを言われれば、二人は頭がおかしくなったのかと本気で心配することになる。


「だが今度はいいタイミングだな。おかげで解放された」

「? なんの話だ?」

「なんでもない。すんだならさっさと戻るぞ。長居は無用だ」

 そう言って歩きだす尊を、凛香が慌てて引き留める。

「待ってくれ柊! まだ姉さまの見舞いがすんでない!」

 すると尊はいやそうに舌を打ち、「覚えていたのか」と言った。

「ならとっとと済ませろ」


 この言葉に凛香は答えず、ご要望通りはやく済ませることにした。

 天音は前回とおなじように、ベッドに上体を起こして座っていた。その目は、相変わらず虚空を見つめていた。


「おはようございます姉さま」

 天音に微笑みかけると、凛香は姉の髪をすきながら話を始めた。

 しかし、前回同様、天音が反応を示すことはなかった。

 ほんのすこし悲しげな表情になった凛香を見て、朱莉は一歩まえに出た。

「ねえ、華京院さん、私もすこしお話していいかな?」

「話を?」

「うん。私、お姉さんに会うの初めてだから、挨拶しておこうと思って……」

「ああ、もちろんだ。姉さまもきっとお喜びになる」


 凛香は表情をやわらげ、ベッドの近くにイスを持ってくると、座るよう促した。

 それから朱莉は、天音に自己紹介をすると、とりとめのない話をした。学校での凛香の様子や、普段どんな話をしているかなどだ。

 そうしていると、扉がノックされ、二人の男が入室してくる。


「おや、あなたたちは……」

 凛香たちを見た男の顔にわずかに怪訝に染まった。

「帰ったんじゃなかったんですね」

 そう言いてすこし笑った男は、尊たちにも見覚えのある顔だった。

 内海に話を聞いているとき、応接間まで彼女を迎えに来た男である。

綿貫(わたぬき)さん」

 凛香が立ち上がって軽く会釈をした。

「柊、美神、こちらは綿貫誠(まこと)さん。内海先生の助手をしておられる人だ」

「綿貫です」

 しかし、差し出された手を尊は無論無視する。綿貫は鼻白んだそぶりもなく、今度は朱莉に手を出しだす。


「美神です。よろしくお願いします」

「こちらこそ」

「どうかされましたか?」

 凛香が眉をひそめて訊いた。その声色の奥には、不安の色がある。

「彼をここにお連れするよう、先生に頼まれたんですよ」

 そう言って後ろに目をやる。そこに立っていたのは、線の細い、しかし見る者すべてを容赦なく斬りつけるかのような、鋭利な存在感を放つ男……『騎士団』の団長を務める凛香と天音の姉・刀哉であった。


「なぜ、あなた方がここに?」

「それはこちらのセリフだな」

 いままで部屋の隅で白けた顔をしていた尊が、にやにやと意地悪く笑う。

「貴様こそ、ここになにしに来たんだ?」

「私は内海医師に会いに来たのですよ。ただ、彼女はいま診療中でしてね。終わるまでの間、見舞いをするようにと言われたのです」

「それでわざわざお出ましか? 存外素直だな」

「そうすれば、長めに時間を取ると言われましてね。単なる交換条件です」

「フン。なるほどねぇ。おい朱莉、なにをしている? 兄上殿のお出ましだ。席を空けて差し上げろ」


「結構」

 刀哉が空虚な声で言った。

「約束通り、顔は見せました。私はこれで失礼します」

「お待ちください」

 兄を制したのは、妹の声だった。

 刀哉は足を止め、その切っ先をまっすぐに凛香へむけた。

 凛香は物怖じすることもなく、正面からそれを受け止める。


「前回、私の口から言えなかったことがあります。ですから、改めて言わせてください」

 そこで一度目を伏せる。感情を切り替えるかのように、一度息を吸ってから、すっと開く。その目には、覚悟の色が宿っていた。

「兄さま、私はあなたに決闘を申しこみます。私が勝ったら、いままでの姉さまへの発言を、すべて撤回し、華京院の家に戻すと、約束してください」

 その言葉に、刀哉はすこし伏せた顔の下で、ふっと笑ったように見えた。


「大した自身ですね。先日は、彼の言いなりだったというのに」

 妹はなにも言わず兄を見据える。

「その様子を見るに、まだ話は聞いていないようですね」

 刀哉はゆっくりと目を伏せた。

「なんの、話でしょうか……?」

「知らないなら結構。すぐに分かりますよ」

 言葉とともに、目に鋭い光が宿った。その瞬間、全身を駆け巡るたしかな悪寒。首筋に、切っ先を突きつけられたかのような、鋭い感触……。


「いいでしょう」

 口元に皮肉な笑みを浮かべて言った。

「お約束します。ただし、私が勝ったら、即刻学園を辞めなさい。それでよろしいですね?」

「はい」

「結構」

 では失礼、と部屋を辞そうとする刀哉の背に、今度は別の人物が声をかけた。尊ではなく、朱莉であった。


「なんでしょう」

 刀哉はすこし辟易したように言った。

「あなたは華京院さんのお兄さんなんですよね? なのにどうして、そんな態度をとっているんですか?」

 刀哉の目に、ふたたび鋭い光が宿った。しかし、切っ先をむけられてなお、朱莉の態度は揺るがなかった。


「美神朱莉さん、でしたね?」

「はい」

「質問の意味は分かりかねますが、いずれにせよ、これはわれわれ華京院家の問題です。あなたには関係のないことだ」

「いいえ」

 朱莉は確固たる声で言った。


「華京院さん……いいえ、凛香ちゃんは、私の大切な友達です。友達がつらい思いをしているのなら、私にも関係のある話です」

「ほう。それで?」

「凛香ちゃんを傷つけたりしたら、私が許しません」

 しばらく朱莉を見据えていた刀哉だが、

「肝に銘じましょう」

 刀哉はそれだけ言って、病室を辞した。

 それから数秒経って、朱莉はようやく肩の力を抜いた。


「だ、大丈夫か、美神?」

「え……?」

 言われて、朱莉は初めて自分が冷や汗をかいていることに気がついた。慌てて袖で拭いながら、

「う、うん。大丈夫……なんか、すごい人だね、お兄さん……」

 朱莉はどう言ったものか、考えあぐねている様子だった。

「肩書には威厳が必要だからな」

 尊が喉の奥でせせら笑うようにして言った。

 なんだかちょっとデジャヴだと思った朱莉だが、いまはそれを突っ込むほどの余裕はなかった。


「すまない……兄さまも、昔はこれほど攻撃的ではなかったのだが……」

 凛香はバツが悪そうに頬をかいた。

「うぅん、気にしないで」

 そう言って、朱莉は笑って見せる。

 しかし、凛香はまだ心配そうな顔をしていた。

「本当に大丈夫だから。それより、ごめんね。急に名前で呼んじゃって……」

「なに、気にするな。好きに呼んでくれていいぞ」


「おい小娘、用が済んだのならとっとと帰るぞ」

 尊が食いこませるようにして言った。すると、凛香はたちまち辟易したような顔になる。

「私が小娘ならお前は小僧じゃないか」

「貴様が好きに呼べと言ったんだ」

「お前には言っていない」


 二言三言交わしただけで疲れた様子の凛香だが、朱莉は知っている。尊は、はやく帰りたいだけなのだ。要するに、ただの八つ当たりである。

 本当は、凛香と一緒に白虎地区を見ていきたいところだが、いまは状況が状況だから、そう長い間出歩くわけにもいかない。

 ここは尊の言葉に従うしかなさそうだ。二人の言い争いが始まるまえに、朱莉が間に入ろうとしたときだった。


 それを見計らったように、尊のスマートフォンが鳴った。

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