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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
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第三章 『英霊館』殺人事件⑬

 その後、みことの〝ゲーム〟に身構える尊をあざ笑うかのように、何事も起こらず食事はすすんだ。もっとも、これは尊にとって、という意味だ。このとき、食堂の温度はほかでもない尊のせいで下がっているのだ。


 明香に関しても、尊に対する評価は地に落ちるどころか、地面を突き破り、地球の裏側にまで到達してしまったようだが、そんなことを気にする尊ではない。

 異変が起きたのは食後、綾辻が黒崎にレコードをかけさせたときだった。

 その〝声〟が、重く、低く、食堂に響いた。


『――お集りの皆様、どうかご静粛に願います』

 老若男女を問わない〝声〟。テレビやラジオから無差別に切り取ったような……不規則な〝声〟。

 尊は眉をひそめた。


『お楽しみのところ大変申し訳ありませんが、私は告発しなくてはいけません。いまから申し上げる方々は、過去に大罪を犯した罪人なのです。

 元警視庁公安部部長・綾辻青司様。

 元警視庁公安部参事官・三田村義彦様。

 元公安調査庁長官・案静義満様。

 以上、お三方です。

 ここで罪状を申し上げるような無粋は致しません。なぜなら、ご本人様方が一番ご存じのはずだからです。

 それでは、裁きの時を、いましばらくお待ちくださいませ……』


 尊は直感した。

 ――これだ。

 間違いない。いま、この瞬間、みことの言う〝ゲーム〟が開始されたのだ。

 突如、ガチャン! という音がきこえた。見ると、明香がティーカップを倒した音だと分かった。

「黒崎」

 館の主が執事に命じると、黒崎が後片付けを始める。

「さあ、お嬢様」

 メイドは明香の着替えのため、ともに食堂を出て行った。それから、綾辻が口を開く。


「単刀直入に訊こう。だれの仕業だ?」

「貴様じゃないのか?」

 尊が言った。まずはカマをかけてみようと思ったのだ。

「貴様がレコードを聴こうと言って、そこの召使に命じてかけさせただろう。こんなものをずっと探していたとは、なかなかいい趣味をしている。すくなくとも、征十郎よりはな」

「軽口はいい」

 綾辻が有無を言わさぬ口調で言う。こういうとき、彼の現役時代の敏腕さを知ることができる。


「ここには我々しかいないんだ。こんな悪趣味ができるのも、ここにいる人間にしかできないことは明白だ」

「部長、私ではありません」

 三田村が言った。

「私は今日の昼にここについたばかりです。そんなことをする余裕はありません」

 食事中は口数がすくなかったくせに、嫌疑がかかったとたんにこれだ。なんと分かりやすい人間だろう。あの男もこうなら、もっとやりやすいのだが。


「余裕はあるだろう。レコードを入れ替えるだけだぞ。ま、それでも貴様には荷が重いか」

 尊はまた面白い反応が見れるかもなと思い、煽ってみた。得てして、反論しようとしたのだろうか、三田村が口を開きかける。それを制するように、

「まったく可能性がないわけではない」

 と、綾辻は憮然とした調子で言う。

「だけど綾辻。それは君にも当てはまることだろう?」

 今度は案静だ。三田村と違い、その声色は普段とまったく変りない。


「僕は僕が犯人じゃないと証明できないけど、それは君だって同じはずだ」

「なら、これは一体、だれの仕業だというんだ?」

「そんなこと、僕に分かるわけないだろう? でもね、君の考えの問題点なら分かる。例えば動機だ。なぜ、僕たちがそんなことをしなくちゃいけないのか? 〝なにか隠された動機があって〟というかもしれないが、それにしたって、やっぱり君にも当てはまる」

「それに、我々だって被害者です。あの〝声〟に名前を呼ばれているのですから」


 ここぞとばかりに三田村が続いた。官僚たちによる流れるような犯人探しに言い訳合戦。はたから見ると、なんとも滑稽で、無意味な光景だった。したがって、思わず籠った笑い声をあげてしまったのは、尊にしてみれば当然のことであった。


「フン。官僚共はこういうことになると饒舌だな」

 三田村から白い目で見られるも、尊は白けた表情で見かえした。

「兄さん……」

 唯が不安そうに手を握ってくる。尊はやさしく握り返すと、安心させるようにニコリと笑う。

「大丈夫だよ、唯。なにも心配はいらない」

 尊は唯の頭をやさしくなでると官僚たちに向き直る。


「おい、貴様ら。貴様らがどれだけ下らん犯人探しや、息をするように保身に走ろうが勝手だがな。唯を不安にさせるのだけはやめてもらおうか」

 官僚たちの視線が尊をとらえる。なかでも、三田村はまるで親の仇でもあるかのように尊を睨み付けていた。そんな中、なぜか尊はイスにふんぞり返っていた。

「貴様……さっきからその態度はなんだ? 貴様はいつもそうなのか?」


 その言葉を受けて、尊はまた皮肉な笑みを浮かべる。

 やはり、自分の見立ては間違っていなかった。

 プライドが高く、保守的、見栄っ張り、そして承認欲求が強い。尊敬という感情が、肩書という記号のあとに、無条件について回ると盲目的に信じ切っている人間だ。


 尊は笑みを浮かべたまま、

「貴様のようにエラそうな人間には特にな。俺は唯以外の人間にはなんの興味もないんだ」

「だったら、黙っていてもらおうか。いまは演説に構っている暇はないんだ」

「貴様らがもっと頼りになれば俺もそうできるんだかな」

 尊はわざとらしく肩をすくめ、

「狼狽えるまえにもっとやることがあるだろう。普段ふんぞり返っているくせに、肝心なときに役に立たん連中だ。もっと俺を見習え」

 と言って、イスにふんぞり返って見せる。


「貴様……」

「まあまあ。落ち着きなよ三田村君。柊君の言うことも一理ある。こういうときこそ冷静になるべきだ。まして、僕たちの前職を考えればね」

 ふてくされたように口をつぐんだ三田村を見て、媚を売るのも楽じゃないなと人ごとのように思った。

「いやいや、まったく悪い冗談だよ」

「冗談?」

 困ったように肩をすくめる案静に、尊があざ笑うように言った。


「冗談なのか? テープ曰く、大罪人なんだろう?」

「いたずらだよ。ちょっと悪趣味が過ぎるけど」

「いたずらね。それなら訊くが、なぜさっきの〝声〟は貴様ら三人を名指ししていた? なぜ、〝声〟は、貴様らが三人そろっていると知っていたんだ?」

「そんなこと、知るわけがないだろう」

 三田村が口を挟んだ。尊は嫌そうに舌打ちする。いま重要な話をしているのだから、無能は黙っていてもらわねば困る。


「口を挟まないでもらおうか。俺の質問はまだ終わっていない。これが本題なんだが、貴様らはなぜ、この館に集まっている? せっかくの休日だ。ゴマをするなりすられるなり、なにかしらやることはあるだろう」

「招待状がきたんだよ」

 三田村が口を開きかけたのを遮るように、案静が言う。

「〝どうしてもお話したいことがあるので、ぜひお越しください。綾辻様のご了解は得ておりますので〟ってね。それで綾辻に確認を取ってみたんだけど、彼はなにも知らないときた。

 でも面白そうだったし、せっかくだから来てみたんだ」


「で、貴様は?」

 三田村に目をやった。

「貴様には関係ない。なぜ貴様に話さねばならない?」

「フン。もっともな意見だ。で?」

 まったく、本当に教科書的な男だ。まあ、予想はつく。大方、三田村の元にも案静の言う〝招待状〟が届いたのだろう。

 案静が〝招待状〟の有無を訊くと、三田村は歯切れの悪い返答をした。


「フン。最初からそう答えればいいものを。それにしても、招待状に告発ときたか。クリスティーじみてきたな」

 尊が皮肉を言った。なるほどみことの言い方は正しいかもしれない。あの女言うところの〝ゲーム〟じみてもきた。

 尊がそれとは分からぬほど口角を上げていると、綾辻はぎこちない動きで蓄音機のもとへ行くと、レコードを確認する。


 このあと、くだらない問答があった。〝だれがレコードを入れ替えることができたか〟。そういったことだ。

 まったく、これほど無意味な時間もそうそうない。


「唯。そろそろ部屋に戻ろうか」

「兄さん……」

「これ以上ここにいても仕方がないからね。そもそも、兄さんたちには関係のない話だ。さ、行こう」

 連中だけで話をさせたところで堂々巡りになるだけだ。ここは一石を投じて話をすすめるのが手っとり早い方法だろう。

 尊は立ち上がって唯の手を取った。


「待て」

 それを制したのは、予想通り三田村だった。

「どうやら状況が分かっていないようだな。おまえたちも容疑者なんだぞ」

「状況が分かっていないのは貴様のほうだ」

 尊は極めて面倒くさそうに言った。ここにいる人間を挑発するように、挑戦的な視線をむける。


「俺と唯は今朝からずっと出かけていたんだぞ。俺たちは貴様以上にチャンスがなかった。気は済んだか? では失礼する」

「待てと言っているんだ!」

 三田村がとつぜん声を荒げた。そのとき、唯が小さく体を震わせたのを、尊は見逃さなかった。


「状況を理解しろ。いまこの状況で、出て行けると思うのか?」

「……一度だけ警告してやる。俺は寛大だからな」

 尊は吐き捨てるように言ってから、

「つぎに唯を不安がらせることをしてみろ。命は無いものと思え」

 三田村を射貫くように見据え、低い声で言った。

 尊は本気だ。唯に危害を加えるものはなんであろうと始末する。そう教えられて生きてきた。

 元参事官は今度こそ尊から完全に目をそらし、静かに着席した。


「案静の言う通り――」

 と、綾辻が口を開いた。

「柊君の言うことにも一理ある。まずは冷静にならなくては。突然のことで、私も動揺していたらしい。不躾な質問をしたことを、どうか許してほしい」

「いや綾辻。気にしなくていいんだよ。いずれはだれかが訊かなきゃいけないことだからね。憎まれ役をさせて済まない」

 その様子を、尊はフンと鼻を鳴らして見ていた。


「下がっても構わないな?」

 有無を言わさぬ口調で言う。十分に一石は投じた。みことはこれを〝ゲーム〟と言った。事件を解決する、とも。つまり、まずは事件を起こさせる必要がある。ここで解散させ、〝ゲーム〟を開始させる。そうしなければ始まらない。

「勿論だ。皆も、不愉快な思いをさせて済まなかった。今日はもう遅い。部屋に下がって、ゆっくりと休んでくれ。なにかあれば、黒崎か城津に申しつけを」


 その言葉で、食事はお開きとなった。

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