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女神大戦 ‐The Splendid Venus‐  作者: 灰原康弘
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世界で一番愛しい人へ②

 十七年前、まだこの国にウイルスが蔓延するよりまえのこと。政府は、とある計画に着手した。


 当時不穏な動きを見せていた新興宗教『アドラスティア』。彼らへの交渉材料として、『女神』の条件を満たす少女を創りあげる、という計画だ。

 しかし、『未来の女神』として宿ったのは、双子だった。BSL研究所で事故が起きたのは、その直後。

 ウイルスが蔓延し、『フレイアX』の存在まで確認され、政府中枢はひっくりかえった。

 どちらを『女神』の“器”にするかという議論のかたわら、『安全地帯』の“楔”についても考えられる。異常な状況のなかでも人々から支持されるカリスマ的存在。

『女神』が『女神』たる条件は、“人々から崇拝されている”こと。しかし、“唯一の存在”である『女神』と『君主』にとって、姉妹は不要。朱莉は“処分”されることになった。


「これに美神さんが選ばれたのは、本当に偶然でした。どちらがどちらになってもおかしくはなかった。だから私は主張したのです。これからさき、なにが起こるか分からない。『女神』計画は双子双方に対して行うようにと。その結果が、防衛省の研究施設を隠れ蓑にした孤児院というわけです」


 西園寺は告解をする罪人のように、重く低い声で言う。

 同時に朱莉は、宮殿での“しきたり”を思い出す。『君主』は昔はかなり厳しかったと言っていたが、あれはおそらく本当だろう。

 その時点では、まだどちらが『女神』かが分かっていなかった。また、彼らは『君主』を『女神』とするつもりで、朱莉はその“バックアップ”に過ぎなかったのだ。

 しかし、朱莉が『女神』の資格を有している可能性が非常に高いということで、『君主』の“『女神』が女神たる条件の教養”も甘くなったのだろう。


「最初は、あなた一人を守るための組織でしたが、表向きの研究が成果を見せ始めたために、朝桐が予算を増やしましてね。ならばと、十七年前とおなじ研究に着手し、結果孤児が増えた。彼女たちはみな、人工授精によって生まれた、『女神』候補たち。そして、あの孤児院は“女神養成施設”となったのです」

 西園寺は朱莉をまっすぐに見て、

「美神さん、どうか信じてください。『君主』は本当に、あなたのことを想っておいでです。そしてこれが、最後の仕上げです」

 いつかのように腰をかがめる西園寺。その刹那、彼の『銀狼』から一線の『ダークマター』が迸った。

 いや、違う。アレは西園寺のものではない。


 西園寺が繰りだした目にもとまらぬ攻撃を、尊が『銀狼』で相殺したのだ。


「……どういう、おつもりでしょう」

「それはこちらのセリフだな。大事な大事な主人に刀をむけるとは、気でもふれたか?」

 言われてようやく理解した。西園寺が攻撃したのは、朱莉でも尊でもない。

『君主』に対してだったのだ。


 理解したつぎの瞬間に、ふたたびおなじことが起きる。攻撃が『君主』に届く直前、尊のはなった斬撃がナニかを飲みこむようにして霧散していく。

 攻撃の応酬が行われているにもかかわらず、爆音は聞こえない。尊が、『ダークマター』を調節して、“音”さえ飲みこんでいるのだ。ほんのすこしでも調整をミスすると、“音”は部屋の外にまで届いてしまう。恐ろしく繊細な作業を、尊は顔色一つ変えずに、平然とやってのけている。


「西園寺さんっ!? やめてくださいっ! どうしてこんなことを……!?」

「よいのです」

 殺されかけている『君主』は、玉座に座ったまま言った。

「私が、そうするようにと命じたのですから」

「ど、どうして……」

 そうしているまにも、おなじ攻撃が繰りかえされる。


「フン、きりがないな」

 瞬きする間に距離を詰めると、西園寺の頭をつかんで床にたたきつける。

「貴様の攻撃は居合だろう? 切っ先に『ダークマター』を集めて斬撃として飛ばす。『銀狼』を鞘に納める瞬間を狙えば無防備だ。拘束することもたやすい」

「それはどうでしょう」

 西園寺は懐から一本の短刀を取りだすと、素早く一閃する。すんでのところで攻撃をよけ、尊は一度距離をとった。

「自分の弱点など、自分が一番分かっている。対策をしていないとでもお思いで?」

 優雅な仕草で短刀をふると、切っ先を尊にむける。

それを合図としたように、尊の頬から血がしたたり落ちる。どうやら、すこしかすっていたらしい。

「……ッ!?」

 出血だけではなかった。体がしびれて、うまく動かすことができない。

 これは――。


「神経系の毒を塗っておきました。しかし、生命を脅かすものではありませんので、その点はご心配なく」

「ちょ、ちょっと待って!」

 朱莉が叫んだ。

「どうしてこんなことしてるの!? それに、『君主』さんが、自分で頼んだって、いったいどういうことなんですか!?」

 いつかのように感情をぶちまける朱莉にかえってきたのは、ぞっとするような低く冷たい声だった。

「どうして、なんで。貴様といい朝桐といい、バカというのはなぜ自分で考えようとしないんだ? 貴様の頭にも脳というものが入っているだろう。それを使って考えてみるんだな」

 尊は西園寺にむかっていく。最初は尊の動きに対処で来ていたものの、やがて西園寺の切り傷は目に見えて増えていく。尊の攻撃に、対処できなくなっている。いや違う。尊が徐々にスピードを上げているのだ。

 神経系の毒をうたれてなお、尊はスピードを上げている。体内の『ダークマター』を使って、解毒したのだ。


 それでも、西園寺は決して戦いをやめようとしない。

 なぜだ? なぜ彼は、ボロボロになってまで戦っている? いや、決まっている。『君主』のためだ。

 最初に会ったときから、彼はずっと『君主』のために動いていた。では、『君主』を殺そうとしているのも、『君主』のため?


 さっき『君主』は言っていた。

(――「私がそうするようにと命じたのですから」――)

 西園寺は言っていた。

(――「『君主』は本当に、あなたのことを想っておいでです」――)

 ここに来たとき、最初に『君主』はこう言った。

(――「また、私と入れ替わってもらえませんか?」――)

 まさか――。

 そこまで考えて、朱莉は脳が揺さぶられたような衝撃に襲われた。

「まさか……」

 理由など、一つしかない。


『君主』は朱莉(じぶん)のために、死のうとしているのだ……!


 計画を主導していた主な人物が失脚し捕らえられたとはいえ、いまの朱莉はとても危険な立場にいる存在だ。いつまた、利用されるか、命を狙われるか分からない。

 だから『君主』は、いまここで“美神朱莉”として死ぬことで、自分たちを永遠に入れ替えようとしているのだ。

 美神朱莉が“死ねば”、もう利用されることも、命を狙われる心配はない。だから――。

「だ、ダメです!」

 朱莉は脊髄反射で叫んでいた。

「私の代わりに『君主』さんが死ぬだなんて、絶対にダメ……うぅん、許さない! あなたが私の妹だって言うならなおさら……!

 柊くんっ!」

 いままでのものとは違う、強い決意を秘めた声。その場にいた全員が、彼女の声に耳を傾けていた。

「お願い! 西園寺さんを止めてっ! そして、私を妹のところに連れて行って! 命を粗末にするなって、ひっぱたいてやるっ!」

「フン、どいつもこいつも……俺に面倒事ばかり押しつける……言っておくが、俺の報酬は高いぞ」

「なんだってあげるよ。私があげられるものなら」

「その言葉忘れるな」

 ニヤリと笑うと、尊は西園寺に攻撃を浴びせていく。

 しかし、それでも、彼が倒れることはなかった。


「なかなかしぶといな。なぜ、そこまであの子娘に固執する? そこまで執着する価値が、はたしてあるのか?」

 尊の言葉が呼び水となり、西園寺の脳裏に、とある光景が浮かんだ。

 ベッドで眠る女。

 その横にいるのは生まれたばかりの双子の姉妹。

 鮮やかによみがえるのは彼女の言葉……。

 ――二人を、お願いね。


 西園寺は自嘲気味に笑う。その笑顔は、いままで尊と朱莉が……いや、『君主』ですら見たことのない、自然な、“西園寺克比古”という、ただ一人の男の笑顔だった。

「なんでもないさ。ただ俺は、俺の矜持に従っただけだ」

「そうか……」

 尊はほんの一瞬だけ目を細め、

「貴様の過去には興味はないが、肝心の相手があれではな」

 と憐れむように言った。

「自分が生まれてから守ってくれた者が近くにいるというのに、自分が守られて生きていることにさえ気づけない愚か者に、だれかを守るなどできはしない」

 吐き捨てるかのように言うと、今度は自嘲気味に笑う。

「自分が“守ろう”と思っている者ほど、たやすく障害を乗り越えて見せるものだ」


『君主』はハッとしたように顔をあげる。

 彼女の脳裏によみがえったのは、いままで西園寺とともに過ごした日々だった。

 西園寺はどんなときも、自分のそばにいてくれた。幼いころ、“しきたり”をうまくできずに叱られたときも。転んで泣いてしまったときも。寝れない夜は、眠るまでそばにいてくれた。

 どんなときもそばにいて、自分を見守ってくれていた。西園寺がいなければ、いまの自分はここにはいない。

 今回の件だって、西園寺がいなければ作戦を実行に移すことさえできなかった。

 当たりまえすぎて、とても大切なことを見落としていた。

「西園寺――っ!」

 じつの父のように見守ってくれていた、とても大切な人の名を呼ぶ。

 彼は、『君主』を見ると、やさしく微笑んだ。


 その直後、止めの一撃が浴びせられた。

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