何もかもうまくいかない気がする
多分短いと思います
「今日も暇ねぇ」
店の前の通りを掃き掃除しながら晴れた空を見上げる。
夏の日差しは容赦なく照り付け、私の麦わら色の髪が汗で額にはりつく。
今日もしっかり暑くなりそう。
海辺の町出身の元冒険者である父とその家の次女である私が営む「カモメ亭」は王都から辺境にむかう街道沿いの宿場町にある、小さな飯屋だ。
この宿場を出て、右手に進めばダンジョンの町クレイブルック、左手に進めば、父の出身地の港町コアザまっすぐ進めば辺境の地アーレブ。
そのアーレブよりずっとさらに向こうには、何と魔人の国があるという。
この宿場町を出れば、暫くは小さな農村がところどころにあるのみという訳で、そこそこな数の人が通るはずなのだが。うちの店には鳥がいるだけ。
…そうよ閑古鳥って奴ね!
ため息をつきつつ掃き集めたごみを塵取りに取っていると、ふいに聞きたくない声が後ろからかけられた。
「よう!リリアンナ!店の前で客引きか?色じかけとは品がない事だな!」
ちょっと、待て。
ただ店の前を掃き掃除してただけなのに、色仕掛けって何よそれ。
むっとして怒鳴りつけたいのをぐっと我慢する。
塵取りの中のゴミ、ぶちまけたろっか?
嫌味な言葉をかけてきたのはグレイブ。
冒険者3年目の赤毛の剣士で、私の…半年前までは恋人だった男だ。
どうやら彼のパーティメンバーも一緒らしい。
少し離れたところに彼の仲間の魔術師と弓使いと盾役の姿も見える。
彼らとも過去には交流があったのだけれど、こうなってしまうと関わり合いたくないのか、遠まきだ。
「相手をするのよしなさいよ。グレイブ」
彼の事を窘めつつも私を馬鹿にしたニュアンスが隠しきれていないのは彼のパーティの斥候役の少女だ。
所謂グレイブの今カノ。
グレイブの逞しい腕に自分の腕をからませ、昼間っからお熱い事だ。
彼女のお腹はまだ目立ってはいないが、妊娠していると聞いた。大事な時だろうにまだあんな露出の多い服装でまだ冒険者活動もしているようだ。
相手をするのもバカバカしい。
私は怒りでぶるぶるする手を抑えつつも、店の中に入りぴしゃりと扉をしめる。
なんであんな男と付き合っちゃったのだろう。私の人生至上最悪の汚点だわ。
くやしくてぎりぎりと歯を食いしばる。
言い返したいけど、そんな風に気の強い若い女性はこの世では歓迎されない。
街道にはいろんな人の目がある。隣近所からのただでさえ少ない好感度をこれ以上下げたくはないから我慢する。
グレイブに捨てられた娘と、ただでさえ風聞が悪いのに。
「意地でも泣かない。それで最後には玉の輿に乗って高笑いを決めてやるんだ」
目から湧き出てくる汗をエプロンでぐいと拭くと、台所へ行って雑巾を絞ってテーブルを拭く。
調理場の父はそんな私の顔を見ると布を投げてよこした。
「テーブルより先に顔を拭け」
「これは、汗だもん。正統なる労働の結果の…貴重な水分なんだから」
「目が晴れて不細工になるぞ」
「…冷やしてきます」
そんな日常。
ただ自分の恋愛事だけが最大の悩みで、日々を小さな喜びや悲しみで笑ったり泣いたり、そんな小さな一市民の女がとんでもないの事態に自ら飛び込むまであと2日。
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そもそもグレイブとここまでこじれてしまったのは、グレイブの性格がほっんとーに悪いから、だけじゃなく私も頑固だったから。
グレイブは幼馴染だ。
彼らの家族がカモメ亭のむこう2軒隣に引っ越してきてからずっと、私の青春は全てグレイブ一色だったと思う。
お互い知りすぎたゆえにお互いの弱点も知りすぎている。
ひとたび、ソリが合わなくなればお互いに一番言われたくない事を口にするようになる。
そもそもの発端が誤解からだとは言え、グレイブは私の一番嫌がる事を言って私を非難してやりこめた。
私も我慢できず売り言葉に買い言葉が重なり、とうとう顔を合わせれば憎まれ口を叩かれるようになってしまった。うん私が。
つい私も反論してしまったのだから同罪なのだろうけど。
町民学校の卒業パーティで一番結婚が早そうなカップルって言われていたんだよ。信じられないねー。
見習いからやっと一人前の冒険者になったグレイブ本人からプロポーズも受けていたんだ。
それなのに。
泣くものか。泣くものか。
顔を洗って、鏡を見ると、ハニーブラウンの瞳の持ち主の女の子が目のふちを赤くさせてこっちを睨んでいる。
「やっぱり冷やさないとダメかー」
最近使えるようになった氷の魔法で桶にためた水を冷やして布を浸してよく冷やして水を絞って目の上に置く。
私は看板娘なのだから、笑顔でいなくちゃね。
『ねぇリリアンナちゃん、うちの子とはもうだめなのよね?ほらうちによく遊びにくるグレイブのパーティ仲間の女の子。どうも子どもが出来たらしいのよね。たぶんうちの子のだと思う。ずっとリリアンナちゃんがお嫁に来るのを楽しみにしていたんだけどね…。ごめんね』
そんな事をグレイブのおばさんから聞いたのが、たとえ今朝の事だったとしても。
私は笑って店に出ていなくちゃ…。
私が看板娘なんだもの。