3.その後の湖畔 1/2
「まさかさ、こんな場所で干し肉かじる日が来るとは、思わなかったよ。やっぱ塩辛いな、硬ぇし……」
ちょっとした事故があったようだが、ほどなくして昼食の時間になった。
座りやすい草むらを探して、彼ら三名は円陣を組んで腰を下ろしている。水でふやかしてもまだまだ硬いその肉や、行軍しながらパティアが調達してくれた、果実や木の実がその主な食料だ。
「こっから先はヒュームのテリトリーだから注意してね。その分モンスターとかは減るから、その分安全っていえば安全なんだけど」
これまでの三日間は、彼らにとって大変な大冒険だった。何せスライムの谷を三度強行突破して、凶暴なオーク部族の縄張りをくぐり抜け、人間嫌いのトレントの森や、底無し沼までもが道を阻んだのだから。
まさにその地は、ノーマンズランドという名称が適切だった。無数の外敵や地形は、ごく限られた地域でしか人間の生存や征服を許さない。
「わかった」
「あ、このフルーツ美味しい、なんか洋ナシみたい」
「おお、じゃあ半分くれ」
「あ、あげないわよっ!」
間接キスを連想して、ウブなその子は林檎みたいに赤くなる。
「にひひっ、エルフの装備があるし、大丈夫だとは思うけどね~。あ、これ美味しいよトウイチっ」
「お?」
その少女の目の前で、パティアは食べかけの果実を少年に手渡した。ピーマンによく似た形の、鮮やかな紫色をしたものだ。
ケチなすみれに対する当てつけもあったのか、彼はその不思議な食べ物へかじりつく。
(ぱ、パティアちゃん……っっ、もうっ、もうっっ!!)
(私だって……っ、私だって……っ、ずるいよぉ……っ)
その果実はピーマンと違って内部に柔らかな果肉を持ち、甘くトロリとピーチゼリーみたいな味がした。
「うまっっ、これうまっっ!!」
「えへへ~~っ、でしょでしょっ! トウイチに食べてもらえるとぉ……なんか嬉しいっ、とっても、すごく♪!」
少年はもう一口小さくかじって、その食べかけをパティアへとお返しした。
それを何でもないのだと、ダークエルフの少女はすみれの目の前で無造作に頬張る。
(うううぅぅぅぅ~~~っっ!!)
それはもう恨めしそうに、すみれは冬一少年を不器用に睨んだ。食事に夢中で、彼女の様子に気づくことはない。
「あ、それでね、今のうちにいくつか話しておくね。あたしらエルフは~、ヒュームから魔族だーって思われてるの。だから仲良くとかは、ほぼ無理。そこんとこよろしくネ」
これも何事もないのだとパティアは断言した。複数種のナッツを、贅沢にまとめて口へと投げ込みながら。
「何度か聞く感じ、なんかやな連中なんだねヒュームって」
すみれは結局、彼へと果実を分ける勇気が出なかったらしい。今は諦めて、パティアの話へと興味を向ける。すみれはいかにもわかりやすい、ヒュームへの反感を顔に浮かべていた。
「にひひ、昔いろいろあったっぽいよ~。戦争とか……あったかな……あったかも?」
「どっちだよ……」
それでもパティアは陽気で脳筋的だ。
彼のツッコミがよっぽど嬉しいのか、ニヘラ~~っと笑いながら首をかしげている。
普通にしていれば結構なかわいい系美人なのだが……表情がそれとはほど遠い。
「……だからね、オババ様みたいな生まれの古いエルフは、そういうの今もすっごい引きずってるみたい。あたしは最近生まれたから、そんなのよくわかんないけど……。今も本気で反撃の機会狙ってるかんじかなー……」
「たまに採集に出かけたエルフが、人間に捕まったりもするし……。まっ、そんなわけで、仲良しじゃないってこと、理解しといてね」
つまりそれは、パティアからすればちょっとした事前通告だった。彼らがどう解釈するかはおいておいて、事前に事実を伝えておけば、ヒュームを斬りふせる事態になっても面倒ごとにならない。
「あ、でもヒュームの料理とかは好き。エルフよりおっぱい大きい人多いんだよ。うぷぷっ、めにゅぅが美味しいだけに!」
「…………え?」
「……んっ、んんっ!?」
高度というより、相手に理解させる気がまったくないそのボケに、唐突さに、彼らはポカンとあっけにとられた。
「だーかーらっ! ほらっ、料理がね、メニューでねっ! それでそれで、おっぱいがお乳、にゅぅ! め・にゅぅ! 雌チチっっ!!」
ボケは強引で、プライドも何もない解説だった。本人は最高に面白いと思っているらしく、自信満々に表情は明るく楽しげだ。
「さ、さむ……っ、パティアちゃん……ごめん、さむっ……」
「うわ、高度だわ……うわ、雌チチ発言しちゃってるしこの娘さん……」
もちろん二人には不評だった。しかも結構な下ネタ路線だった。
「あれれ? あのね、だからね、これはおっぱいと、メニューが……」
「だぁあぁっっ、説明しなおさんでもわかるわーーっっ!!! この脳味噌御花畑エルフがっっ!!!」
説明の再開という、負のお約束に流れつつあったので、少年はシャープに激しくパティアの胸へとつっこみを入れた。
「はわわあっっ?!」
乳房はビキニアーマーにより保護されていたが、部位が部位なので、少年は自分でやっておいて勝手に純情に自爆した。
ボケの再説明に対して、自爆で返すという始末に負えない高等テクニックである。
「どこ触ってんのよバカぁぁっっ!!」
「ぺちーーんっっっ?!!」
触られたところで何ともないパティアに代わり、すみれの嫉妬のビンタが少年の頬へと命中していた。
「おおっ、これがボケとツッコミっ!! えへへっ、トウイチのツッコミ気持ちぃぃ~、もっとしてして♪」
「はぁぁぁ……まったくこの子は……もう、強敵過ぎ……」
最後の部分だけブツブツと音量を落として、すみれはパティアという存在そのものにため息した。
「……それはそうと、パティアちゃんてホントすごいね」
「え、なになに?」
「だってほら、パティアちゃんが拾ってくる果物とかって……。何でか全部食べごろじゃない?」
その彼女の視界に、パティアの拾ってきた果物が映る。だいぶもう減っていたが、毎食なにかしらの食べごろが調達され、青いものは一つとしてなかった。
「あーー♪ んーーー、すみれは不思議?」
「そりゃ……不思議に決まってるよ」
「実はね!」
その質問に、パティアはもったいぶるような態度を見せた。単純に調達能力が高く、だから良質の食材だけを入手している、というわけではないようだ。
自慢げにダークエルフの少女は笑い、機嫌の良い時の癖なのか月と太陽のイヤリングを揺する。
「実はーーっっ!!」
「きゃっ?!」
それから大胆に、距離10cm前後という息もかかる距離まで、すみれに顔面を近づけてきた。
「それにはタネがあるんだなーっ」
「た、タネ……?」
どこか気恥ずかしそうに、すみれはパティアへと視線を重ねる。
「そそそ、こんな感じのね~」
そのパティアは今度は一気に顔を引いて、ゴソゴソと自分の荷物袋を探り始めた。そこから3つの小袋を取り出し、円陣の真ん中へと置いて中身を見せる。
「……タネ?」
「……タネだな」
「タネだよ?」
少年も復活して、そのタネの中のタネを見下ろす。
それぞれの袋の中には種が入っていた。
一つは少し大きめの大豆らしきもの。もう一つはハートみたいな白模様の、黒く球状の種。最後の一つは、これも球状をした、画鋲のようなトゲを持った種だった。
「いや、これだけ見せられてもわかんないって……」
「うん……タネだから種見せたっていうボケ……?」
「ん~~~~……あはは、やっぱり秘密っ! そのうちわかるよっ!」
そこまで見せて、今度はいそいそと小袋をしまい始めた。忙しくて変な娘だ。けどそれは今に始まったことじゃない。だから二人は納得した。
「お前変」
「うん、パティアちゃん変」
「いひひっ♪」
とにかく、今はだらだらもしてられない。冒険者たちは食事にまた集中して、手元の食材全てを片付けることにした。果物やナッツは美味だが、腹持ちが悪かったからだ。