2.旅立って三日目
「あっ、ここらでお昼ご飯にしよっかっ♪」
亜熱帯性の道無き森林地帯を抜けると、そこは果てしなく広大な湖で、さざ波と水鳥だけが静寂を破る権利を持つ、美しくも神秘的な土地だった。
「うん賛成! 今日は結構歩けてるよねっ! 私お腹すいちゃった!」
パティアはその湖畔へと一直線に歩み寄り、すぐさま水筒を詰め替えてしまう。
深く深く瑠璃色に澄んだその湖水を、二人の目の前で直接両手へとすくう。その野生系エルフは衣服が濡れることもいとわず、頭の上へと湖水を掲げて、気持ち良さそうに顔面へとぶっかけた。
「ぷはぁぁ~っっ♪! ねえほらっ、二人もこっちおいでおいで! すっっっごく気持ちぃよっ、あーーーっ、涼しぃ~~っ!♪」
キラキラと、まるで川の水を浴びる犬っころみたいに、パティアはハツラツと水しぶきを立てる。犬の尻尾こそなかったが、その満面の笑顔が上機嫌で彼らを誘っていた。
「これって飲めるの?」
「もちろん! ここいらじゃ一番いい水だから、お腹タプタプになるまで飲んでも平気だよっ!」
「わ、そうなんだ……」
あんまりそれが気持ちよさそうなものだから、すみれもつられて皮ブーツを脱ぎ、浅瀬へと両足を下ろす。
「うわぁぁ~~、ほんとだすっごい気持ちいい……。はぁ、全身浸かりたい……」
「じゃあご飯終わったら一緒に水浴びしよっ! 汗臭のままじゃ潜入もできないし!」
一方、冬一少年は彼女らのタフな姿を眺めつつ、どっかりと土くれの大地へと腰を落としていた。
「ふぅ……」
潜入ミッションという性質もあって、騎イワトビによる行軍は一日目のみ。そこから先は里の民にイワトビを任せ、三日目の今日まで徒歩の旅だ。
(何やってるんだろな、俺)
それももうじき終わり。この先も予定通りに旅が進むならば、ついに明日エルフの聖地――今は人間の開拓地ラクリスへと到着する。
「わぁっ、いいねっ、そうしちゃおっか! あ……も、もちろん冬一は無しだからねっ?!」
「えーーー……」
「えーじゃないよっ! 男の子と女の子は……い、一緒に裸になっちゃいけないのっ、絶対っ!」
二人がこの世界にやってきたのが、3月28日。その一日目はエルフの里で、旅立ちの準備を進めることになった。翌日の29日に旅立って、それから三日の行軍。つまり今日は4月1日だ。……時の流れが同じならば。
元世界への帰還は、オババ様が転送呪文で何とかしてくれるそうなので、とにかくおっぱいとエルフの秘宝を取り戻して、春休みが終わる前に里へと帰らなくてはならない。
「にひひっ、ふ~~~ん♪」
「な、なによパティアちゃん……っ?」
「べっつにぃ~~?」
「うう~~っ、絶対変な誤解してるでしょ! そういう顔してるもん!」
一方の少年は荷物を置いて、泥の浮いてない岸へと水筒を沈める。それを渇きのままに一気飲みした。
「にひひーっ♪ あたしオババ様から聞いたよ。トウイチはすみれのモノなんだって」
「ぶふぅぅぅぅーーーっっ?!!」
夏場のビールのCMみたいに喉を鳴らして、彼の一気飲みは爽やかな1シーンとなっていたが……。
「きゃぁぁっっ?! 汚っっ、こっち飛んだじゃないバカぁっ!!」
パティアの天真爛漫な一言に、男は噴水となってしぶきを空へまき散らした。
「げほっげほっげほっっ!! ううっっ、げほっっげほっっ!!」
「にゃははははっっ♪! トウイチおもしろ~いっっ! ……んんっ?」
何か違和感を覚えたらしく、パティアは頬の水滴へと指先を伸ばす。すると人差し指と中指へと、ネチャリと粘液質な感触が走っていた。
「……おっ、おおぉ~っ?」
それは無色透明で、まるでローションみたいな粘液だった。パティアは面白そうに、これは一体何だろうとこね回している。
「ね、ネバネバするぅぅ~っっ!!」
「ちょっとっ、何すんのよアンタっ、うぅぅ~~っ気持ち悪いっっ!」
少年の保持するネバネバ魔法が暴走して、人間噴水は半ゲル状の液体を拡散発射していたのだ。
「あ、すまん」
気持ち悪そうにすみれは、その透明な液体をぬぐい取ろうとするが、手で取り除いてもしつこく糸を引き、ティッシュの存在しないこの世界を呪った。
「ううううう~~~っっ!!」
ぬぐえばぬぐうほど、彼女の両手はデロデロでいっぱいになって、しかも泡だって白くにごっていった。
「えへへ……なんかこれ……エッチぃかも♪」
「ぱ、パティアちゃんっ!!」
しかしゲル化していたところで、結局それはただの水に過ぎない。パティアは口元にもこびり付いていたそれを、ペロリと舐めとっていた。
(あ、フルーツジュースと混ぜると、意外とこれ美味しいかも……!)
しかも意外と美味らしかった。